16話目 選ばれた存在ではあるけれど
「まさかアーティスちゃんがこんなに派手な人助けをしてくれるとは思わなかったな」
サッカー部の更衣室の扉を閉めるツクヨのほうをぼんやりと見つめるアテラの背後に、いつの間にかニアが立っていた。
「胸と一緒で、器が大きいのかな」
胸を持ち上げるように触られ、びっくりしたのかアテラが叫ぶ。顔全体を真っ赤にした銀髪の彼女が慌てて離れていく姿を見てかニアがにやけた。
「あなたが彼女をここに」
アテラがサッカー部の更衣室の扉の前に立ちつくしたままのツクヨをにらみつける。
「ツクヨくんはなにも関係ないよ。サッカーコートであれだけ派手に洗浄をしておいて気づかれないと本気で思っていたの?」
てっきり自分の実力をわたしたちに見せつけたいからやってくれたんだと考えていたのに……とニアが続ける。
「わたしをつかまえるために来たのですか」
「話をしたいと思っただけだよ。ツクヨくんが想定よりも有能だったおかげで、アーティスちゃんとも交渉をできそうだと」
とつぜんニアが頭を下げたのと同時に、アテラの姿も消えてしまい廊下全体に突風が吹く。
アテラのかついでいたスクールバッグが床の上に落ち、大きな音がする。
「こっちはアーティスちゃんとバトルをするつもりなんかないってば」
ニアが身体を動かすたびに風を切りさかれるような音がした。アテラがすばやく振り回す日本刀を、茶髪の彼女が注意深く見ている。
「信じられません」
「ごめんね。いきなり胸を触っちゃったりして」
「ふざけないでください。そんなことは」
縦横無尽に振り回している白銀の一切の刀身にはりつけられていた無数のお札に気づいてかアテラの動きがとまってしまう。
「ようやく信じてくれたのかな?」
風がやみ、アテラとニアの姿が見えた。どちらかに声をかけようとしてかツクヨが口を開けている。
「どうしてつかまえないんですか。それほどの実力があれば簡単に」
「根本的な解決にならなさそうだから。アーティスちゃんとトーリちゃんの願いごとに関してはこちらもわかっているつもりだし」
トーリちゃんはどうか知らないけど、アーティスちゃんは新しい目的を見つけ……とニアが言い切る前にアテラが白銀の一切の刀身を茶髪の彼女の首元に近づける。
抵抗するつもりがないようで、ニアがバンザイをした。
「わたしはともかく、ノコミまで指名手配犯にするような連中と話をするつもりなんてありませんよ」
「だからこそ仲介人として、ツクヨくんがいるんじゃない。アーティスちゃんの彼氏役でもあるんだから」
「後日、彼から話を聞くのでわたしは」
自分でも理由がわからず、へたりこんでしまったからかアテラは困惑をした様子。
手をふるわせて白銀の一切も握れなくなると目の前に立つニアの顔をアテラがにらみ上げた。
「悪いんだけどアーティスちゃんをお姫さま抱っこしてあげてくれないかな」
「鳴上さんの言う……んんっ」
アテラがしゃべれないようにかニアがクロス状にお札をはりつけた。
「ツクヨくんもこちら側やアーティスちゃんたちのことについて知りたいと思っているんでしょう」
「ナツのためになるのなら……でもお姫さま抱っこする必要性はないような」
「全身の力が抜けているからさ、お姫さま抱っこのほうがアーティスちゃんを運びやすいと思うよ」
それとも男の子だからおんぶしたいのかな? とニアが笑いながら言う。ツクヨがまったく笑わないからか茶髪の彼女が唇をとがさせた。
「ここではダメなんですか」
「わたしがアーティスちゃんをいじめているみたいだから場所を変えたいだけ。移動しながらでも話はできるし」
せっかくだし、屋上で良いかな? ツクヨくんもアーティスちゃんをいじめているような状況で話はしたくないでしょう……とニアに聞かれてツクヨがうなずく。
「失礼します」と声をかけ、ツクヨがアテラをお姫抱っこする。表情は変わらないが白髪の彼女が顔をそらしていた。
「さて、いこうか」
刀身に無数のお札をはりつけられたままの白銀の一切とスクールバッグを拾ったニアとアテラをお姫抱っこしたツクヨは屋上へと向かう。
「なにから聞きたい」
白銀の一切を無造作に持つニアがツクヨを見た。
「アーティスちゃんとトーリさんは人間という認識で良いんですか……さっきのニア先輩の話だと違う生きものみたいに」
おや、本人から聞いてないのかとでも言いたそうな顔をニアがする。
「ベースは人間と一緒だけど……生きていく目的が違うと言うべきかな。サッカーコートでアーティスちゃんがしたこと、ツクヨくんには見えてなかったよね」
「洗浄でしたっけ」
ツクヨがニアの持つ白銀の一切を横目で見る。
「お察しの通り……ナツちゃんにも同じことをしてもらっている。最近はアーティスちゃんたちのせいで形式が変わっちゃったけど基本的には一緒だよ」
「世界平和のために?」
「平たく言えばね、個人的には世界全体の空気洗浄機みたいな存在だと思うんだけど」
アテラが自分をにらみつけていることに気づいたからかニアが口をつぐんでしまう。
「とにかくアーティスちゃんたちも今のナツちゃんと同じことをしてもらっていたんだけどさ。色々とあってね」
「おれに教えてくれるつもりはあるんですか」
予想外の返事だったようでニアが首を傾げた。
「ナツちゃんのナイトなのに興味があるのかい」
「アーティスちゃんの彼氏役でもあるので、事情をできるだけ聞いておきたいだけですよ」
「優しいことで。アーティスちゃんがだまってお姫さま抱っこをされているわけだ」
アテラが鼻を鳴らし、目をつぶる。
「わたしは世界全体の空気洗浄だと考えているんだけど、アーティスちゃんたちは使命と思っていたり誇りを持っていたんだろうね」
「一般人からすれば救世主みたいな存在ですから、当たり前の感情なのでは」
「気持ちはわからなくないし、プライドを持つのは別に悪くないが。今回は裏目に出てしまったという感じかな」
アテラの反応をうかがいながらニアが口にした。
「とうぜんの話だが、アーティスちゃんたちも年をとる。全盛期をすぎてしまえば次第に、世界全体の空気洗浄もつらくなってくる」
「特別な存在とはいえナツも同じなのでは?」
「だからこそ……こちらの偉い人たちは世界全体の空気洗浄の自動化を考えているんだよ」
ニアの話を聞いてか、ツクヨが不思議そうな顔をする。
「良いことなのでは。アーティスちゃんたちも使命に縛られるもなくなり、楽になれるんですから」
「ナツちゃんはよろこぶかもしれないが。世界全体の空気洗浄に対して誇りを持って、存在意義としていたアーティスちゃんたちからすれば死刑宣告だ」
そもそも自分たちと違う、人間であるナツちゃんがモルテプレディオンをつかって同じように使命を果たせているだけでも相当なショックだっただろうしさ……とニアが続ける。
心配そうにツクヨがアテラの顔を見下ろした。
「どうしてアーティスちゃんたちは、ナツのモルテプレディオンを?」
「単純に自分たちの力をこちらの偉い人たちに証明したかったんじゃないかな。モルテプレディオンも自動化のための実験の一つでもあるから、能力比較のダシにつかうのはそこまで変でもない話だし」
アーティスちゃんたちのような存在ではなくて、普通の人間にもつかえる武器の生成。今のところはナツちゃんのような選ばれたものしかあつかえないが最終的には誰にでも簡単に使用できるように……ニアがのどを触りながら咳をしている。
「ナツは実験のために選ばれた?」
「わたし的には考えかたによると思うけどね。実験とはいえ、ナツちゃんは特別な存在として選ばれたことに違いないんだし」
「でも、実験のことをナツは知らないんでしょう」