15話目 恋愛だけじゃないヤキモチ
「ヒトミと風間くんがデートをするらしいのですが邪魔をしなくても良いのですか?」
授業が終わり、校舎の近くにあるサッカーコートに向かう途中……隣を歩くアテラの言葉に動揺してかツクヨの表情が変わったがすぐに元に戻る。
「いつぞやのサッカー部の雑用のお礼とかでは」
いじめがいがないですね、とアテラがつぶやく。
「理由はどうであれ。年齢の近い男女が一緒に行動していれば好みではなかったとしても、自分と相性の良い異性なのでは? と勘違いをしてしまう場合もあるかと」
自分となんの関係もないサッカー部の問題を解決するよりも意中の相手であるヒトミと目の上のたんこぶの風間くんを見守るほうが、ツクヨくんに得があるはずとアテラが続けた。
「おれはナイトですから……個人的に目障りだったとしても風間がナツを幸せにしてくれるのなら本望ですよ」
「都合の良いナイトはイエスマンと同じでは。主に嫌われたとしても危険から身を守るのが本来の願いではありませんか?」
「風間がナツに手を出すことなんて」
「ツクヨくんは風間くんではないのに、ずいぶんと自信があるようで。もしくは女の子として未完成なヒトミだから安心をしているんでしょうか」
どちらにしても楽観的だと思いますが、とアテラがにやついた。
「わたしとしてはどちらでも良いんですよ、結果的にヒトミが弱体化さえしてくれれば。ツクヨくんはできるだけ後悔しないほうを選ぶべきでしょうが」
「苦い経験もナツのためになると考えています」
「ヒトミにとって必要な痛みかわかりませんがね。相手が大好きな人なら、ほろ苦さも甘さに変えられそうですけど」
会話が途切れ、しばらくするとツクヨとアテラはサッカーコートに到着した。出入り口の鍵は白髪の彼女があっさり解錠してしまった。
「どうですか?」
「学校から発生した悪いものがこちらに流れてきているようで。説明は終わらせてからにしましょう」
黄色の水晶を出現させてアテラが呪文を唱える。
アテラのスクールバッグも持つツクヨは身の危険を感じてか白髪の彼女から距離をとった。
「思っていたよりも多かったですね」
アテラがなにもないはずの空中を見上げていた。
「なにか見えているんですか」
「一般的な女の子なら驚いたり、こわがったりするような見た目のものが浮いていますね。わたしには白銀の一切があるのでまったく問題ありませんが」
きん……と音がした。風が吹き、ふわりとアテラの夕日に照らされた白髪がなびく。
「終わりましたよ。アフターケアもしておいたので誰かが意図的に悪いことをしなければサッカー部の方々もこれ以上ケガはしないかと」
あぜんとした様子のツクヨを見てかアテラがくすくすと笑う。
「さてと、次は」
「本当にもう解決したんですか。おれがそちら側のものが見えないからとそれらしいことを言っているだけで」
「では、今回の原因を一緒に見に行きましょうか」
安心をしてください。原因はツクヨくんのような一般人の方が仕掛けたものなのできちんと見ることができますよ、とサッカーコートから出ようとするアテラが口にしていた。
「ここに原因があったようですね」
楽しそうに笑うアテラとは裏腹に、ツクヨは苦々しそうな表情をつくる。
「あえて、説明をする必要はないかもしれませんがチームプレーが重要なはずのサッカー部員がこんなことをするとは」
「一種のヤキモチだったのかと」
「わたしには明確な敵視や殺意にしか思えません」
サッカー部員のロッカーの扉の裏、グラビアアイドルのポスターで見えないようにしてあった魔法陣をアテラがにらみつけていた。
「このロッカーをつかっているサッカー部員をどうにかできませんか」
「改心させろということですか。根本的な解決にはならないと思いますが。こちらのサッカー部員さんはレギュラーに選ばれたいからこんなことをしたんでしょう」
望むものが明確なところだけはツクヨくんよりもわたしは好きですよ、とアテラがにやつく。
「とはいえ彼氏役のツクヨくんの頼みですからね。どうにかしてあげます……風間くんがケガをされる可能性もないとは言えませんので」
嫌な気配を感じたからか、ツクヨがアテラの肩に触れる。
「命を奪ったりとかはしないよな」
「もちろん、こちらも目立つことをするわけにいきませんからね。このサッカー部員さんのまじないに関する記憶を消すだけなのでご安心を」
きん……とサッカーコートで聞こえたのと同じ音がした。
「終わりましたよ」
「本当ですか? ここには本人がいないのに」
「気持ちはわかりますが、所有物から本体をたどることもできるんですよ。証拠などを見せてあげられないのが残念ですけど」
ところで、やはり男の子は胸やら尻の大きい女を好みやすいのでしょうか。とツクヨに聞くアテラの視線の先には鋭利な刃物で半分に切られたであろうグラビアアイドルのポスターがあった。
「個人によるかと」
さっきまではグラビアポスターは切れてなかったはずとでも考えているのかツクヨが首を傾げる。
「こちらのポスターの女の子のようなポーズは?」
近くにあった肌触りの良さそうなやわらかな素材のロッカールームベンチの上で、恥ずかしげもなくアテラがポスターのグラビアアイドルと同じポーズをとる。
「興奮をしますか」
四つん這いのままで、恥ずかしそうな様子もなくアテラがツクヨに声をかけていた。
「なんの冗談でしょう」
「真面目な話をしているつもりなんですがね。以前にも言いましたが、わたしは男の子に興味があるんですよ」
考えかたやら異性のどういう行動に気持ちを高揚させるのか……アテラが自分の唇をなめる。
「正直にツクヨくんの趣味嗜好に興味があると言うほうが教えてもらえたりするのでしょうか」
「おれはナツ一筋だと言っているはずです」
「ツクヨくんが自分のことを完璧に把握をしていると思えませんがね。一番の好みであるはずのヒトミが風間くんとデートする話を聞いても、ダメージがなさそうですし」
デートではなくて風間なりのお礼だと理解をしているからではないですか、とツクヨが返事をする。
「だったら別にかまわないのですが。ヒトミを手に入れられた時に思っていたものとは違ったと後悔をしないようにだけは」
「アーティスちゃんは悪人じゃないんですか」
思わぬつっこみだったからか、アテラが目を丸くしていた。すーっと目つきが元の状態に戻る。
「たまたま悪人のような行動になっているだけですよ……ツクヨくんが正義の味方側だと信じてそうなニア先輩もなかなかの食わせものですし」
「どういう」
「問題を解決してあげたんですから、今度はツクヨくんが約束を守ってくれる番ではありませんか」
にっこり笑っているがアテラは詳しい説明をしてくれないだろうと判断してかツクヨはだまる。
ソファーから立ち上がったアテラがツクヨの顔を見つめた。
「今日はツクヨくんも疲れてそうですし。例の約束は後日にしてあげます。ヒトミのことも気になっているでしょうから」
アテラがツクヨからスクールバッグを受けとる。
「そんなことは」
「嘘が下手ですね。気づいてましたか、ツクヨくんは左目がびくつくんですよ。わたしに対してなにかをごまかしたい時は」
ツクヨが自分の左目を手で隠すように触れる。
「ツクヨくんは反応が素直で助かりますね」
サッカー部の更衣室から出ようとしているアテラの背中を見つめながらツクヨは文句を言いたそうな顔をつくっていた。