14話目 無自覚な罪人
廊下を歩く背の高い女子生徒が、楽しそうに話をしているのであろうツクヨとイオリを見ながら通りすぎていく。
黒のショートヘアの彼女がにやりと笑う。
「木下にしては意地悪なことをするね。ヒトミにもちょうど良い刺激になっているから邪魔するつもりはないから安心してよ」
アテラとの事情を聞き、納得をしたらしいイオリがツクヨの背中を叩く。
「どうせなら本気で才藤ちゃんにほれたら良いのに胸も大きくて相性も良さそうな感じだしさ」
「さっきも言っただろう。アーティスちゃんは目的があるから偽装カップルを演じているだけで」
「アーティスちゃん?」
イオリが首を傾げた。ツクヨが、しまったというような顔をする。
「友達じゃん、隠しごとはやめようよ」
観念をしたのかイオリにアテラのニックネームについて、ツクヨが簡単に説明をした。
「ふーん、アーティスちゃんねえ。ヒトミの前では間違ってもそのニックネームで才藤ちゃんのことを呼ばないほうが良いかな」
個人的には見てみたい気もするけど……と言っているイオリに対して。
「笑えないな」とツクヨがつっこむ。
「ちなみに才藤ちゃんとヒトミ、どっちの胸が好みなの? やっぱり大きいほうが良いのか」
「デリケートな質問はノーコメントだ」
わたしもわりと大きいんだけどな、イオリが自分の胸を触っている。ツクヨが顔をそらした。
「おれを誘惑するなんて目的でもあるのか」
「単純に木下の好みを確かめておきたいだけだよ。友達ポイントを加算してもヒトミが女の子としての魅力で才藤ちゃんに勝てそうなところがないし」
本当に友達なのか、なんて言いたそうなツクヨの表情に気づいてか「わたしほどヒトミを大事にしているやつもいないかと」とイオリは続けた。
「なにもかも足りてないのがナツの一番の魅力なんじゃないか」
「アンダードッグ効果的なやつ?」
「負け犬が好きなんじゃなく、欠点だらけなところが好きなだけだろう」
「歯切れが悪いな。本当に才藤ちゃんのことを好きになってきているんじゃないの……無自覚にさ」
「だとしても絶対に成就しない。生きものとしてのステージとかレベルが違うっぽいし」
ふーん、とイオリが相槌を打つ。
「よくわからないけど、そんなハイレベルな女の子が偽装カップルまでしてくれるということは」
んむ……と正面からツクヨに右手で口をふさがれイオリが身体をびくつかせる。黒のショートヘアの彼女が不安そうな目つきで銀髪の彼を見上げた。
「頼む。それ以上は聞かないでくれ」
真剣な表情をするツクヨの気持ちを察知してか、口をふさがれたままのイオリが首を縦に動かす。
「知り合いでもこわいもんだね、口をふさがれたりするのは」
イオリの声が震えていたからかツクヨが謝る。
「言葉だけじゃ誠意は伝わらないな」
「どうしたら、ゆるしてもらえるんでしょうか」
「アーティスちゃんとの予定がない時にでも、弟と遊んであげてよ。男の子同士でしか話せないこともあるかもしれないし」
「わかったよ。持っていくおやつはしょっぱい系が良かったんだっけ?」
「最近は甘い系もほしくなっている感じ。そのうち大人の味も求めんじゃない」
けらけら笑う、イオリの姿を見てツクヨが安心をしたのか表情がやわらかくなった。
銀髪の彼と目が合い、黒のショートヘアの彼女が笑うのをやめる。
「木下が納得しているのならどうこう言うつもりはないよ。好きな相手が変わるのなんて当たり前なんだから」
今までヒトミ一筋で我慢をしまくっているほうが不健全だと思っていたぐらいだしさ、と怒ったようにイオリが言う。
「言っただろう、アーティスちゃんとは付き合えるとか以前の問題だって」
「ツクヨが一方的に才藤ちゃんとの恋人関係を望むのは自由でしょう。誰かに迷惑かけるわけでもないんだから」
なんならわたしでも良いよ、妄想ならハーレムもゆるされるだろうし……なんてイオリの言葉に。
「竹中も女の子なんだからそんなこと言うなよ」
とツクヨが注意をする。怒っているのか銀髪の彼の声はいつもよりも低かった。
「だとしたらイオリちゃんじゃないの? わたしも女の子だって思ってくれているのなら」
「竹中ちゃんで勘弁してくれ」
「そんなに真面目な木下が偽装カップルなんて考えもしないだろうし。やっぱり才藤ちゃんの提案?」
「正解。というか、おれってそんなに真面目か」
地毛なのに銀髪だから、先生たちに目をつけられないように勉強をがんばっている木下は誰よりも。
途中で唇を動かすのをやめたイオリを、ツクヨが見下ろす。
「どうかしたのか、竹中ちゃん」
「んーん、自分の新しい一面を発見しただけ」
「なんかよくわからないけど、おめでとう」
「ありがとう。そもそも木下だったら偽装カップルなんてえぐいことは考えたりしないか」
「えぐいか?」
ツクヨの驚いた姿が自分の想像をしていたものとまったく同じだったからかイオリがにやつく。
「挫折を知らなさそうなヒトミにとってはね。木下に対して無自覚にエゴイズムな接しかたをしていたツケでもあるんだけど」
「悪いが、わかるように説明をしてくれ」
「真面目な木下がわざわざ知る必要ないよ」
手を振って、自分の所属している教室に戻ろうとするイオリの肩をツクヨがつかんだ。黒のショートヘアの彼女が顔だけを振り向かせている。
「教えてあげても良いけどさ、わたしが性格悪いと思われそうなんだもん」
「今更だろう」
「ひどいなー。わたし以外なら絶交されているよ」
「竹中ちゃんだったらゆるしてくれるし。偽装カップルのえぐさについてもわかりやすく教えてくれるはず」
「女の子のよろこばせかたを覚えやがって……才藤ちゃんに教えてもらったの?」
「デリケートな質問はノーコメントだって、言っただろう」
偽装カップルのえぐさについて教えてあげるからそのまま肩をもんでよ……とイオリに言われツクヨは文句を口にせず、したがう。
「さっそくで悪いけど、ヒトミにとって木下はおもちゃの一つぐらいの認識でしかないんだよね」
「言いすぎじゃないか。一応、おれとナツは幼馴染なんだが」
「関係性はでしょう。幼馴染とはいえ自分にとって得があるとかないとか、ヒトミも考えてはいるはずだよ。自覚があろうとなかろうとね」
ツクヨの力が弱まっていると感じたからかイオリが「もっと強くもんでくれても良いよ」と伝えた。
「ナツが無自覚におれをおもちゃだと思っているのかもしれないのは理解をできたが、エゴイズムうんぬんまでは」
「自覚がないほうが悪い。わたしの立場から見れば木下の恋心をもてあそんでいるのと同じようなことエゴイズムでもまだ」
「ストップしておいてくれ……竹中ちゃんとはまだ友達でいたいし」
チャイムが鳴り、ツクヨがイオリの肩をもむのをやめた。
あいさつを交わして、ツクヨがイオリを見送る。
肩が軽くなって機嫌が良いのか口笛を吹きつつ自分の教室のスライドドアを黒のショートヘアの彼女が開けた。
きちんとスライドドアを閉めて自分の席に戻ろうとするイオリがヒトミのそばから離れていくカケルを見てか動きをとめる。
「ヒトミとなにを話していたの?」
隣の席のイオリにとつぜん声をかけられ、反応が遅れたがカケルはすぐに笑顔をつくった。
「常夏さんにサッカー部の雑用を手伝ってもらったことがあって、そのお礼に遊びに誘っただけだよ」
「デートのお誘いですか」
イオリが茶化すように言う。
「お礼だって。心配だったら竹中さんも一緒に」
「せっかくだけど弟とのデートで忙しい。ヒトミも風間と二人で遊ぶものだと思っているだろうしさ」
教室に入ってきた担任が黒板の前に立つとカケルとイオリはだまってしまった。