11話目 いやがらせのコツは手を抜かないこと
「じっくりもなにも……わたしとツクヨくんが偽装カップルになるかどうかだけで話は終わりでは」
窓の外を見ていたツクヨが、アテラのほうに顔の向きを戻す。とつぜんの呼び名の変化に動揺してかコーヒーを飲み干した。
「ナツがおれに対してヤキモチなんて」
「鏡で自分の顔を見たことがないんですか? 自己肯定感が低いんですね。ヒトミ本人も気づいてなさそうなので仕方ないのかもしれませんが」
通りかかった男性の店員を呼びとめて、アテラがリンゴジュースのおかわりを注文する。
スプーンののった皿やコーヒーカップを男性店員が持ち帰った。
「こちらはかまいませんが、才藤さんはおれと偽装カップルになることに抵抗は」
「ツクヨくんみたいなイケメンさんと偽造カップルになれるのを嫌がる女の子はいませんよ」
ツクヨが嬉しそうにしないことが不満だからか、アテラが両手で頬杖をつき銀髪の彼をにらみつけるように見た。
「イケメンだとしても、ほれるかどうかは別では」
「本命の男の子ではなかったとしても誰かに取られたくないという気持ちはありますよ。自分の目の前に最高級のショートケーキがあるにもかかわらず、隣の席の人間が食べているティラミスがほしくなるのと似たようなもの」
これまで幼馴染だと思っていたかっこいい男の子が転校生と仲良くしているのを見て、嫌な気持ちになるのは一般的にヤキモチと呼ばれるものでは? と頬杖をつくのをやめたアテラが問いかけるように言う。
「ヤキモチの方向性が恋愛ではなく、友情では」
「否定はできませんが、ヒトミがツクヨくんをほしがっているのは事実」
アテラがリンゴジュースを飲み干し。ストローを親指と人差し指で挟み、くるくるといじっている。
「手放したくないだけでしょう」
「わたしからすれば似たようなものですよ。ヒトミを純粋無垢な女の子だと思っていたいツクヨくんには受け入れがたいかもしれませんが」
「女子への幻想は男だけの特権らしいので」
うらやましい特権ですこと、とアテラがあきれたような表情をつくっていた。
「そもそもナツに効果があるんですか? 精神的な攻撃やら弱体化として」
「ツクヨくんが思っているよりヒトミには繊細そうな部分がありますし、まったく効果がないとも言い切れない」
これからもヒトミをサポートするためにもツクヨくんが男の子だと認識させる必要もありますから、アテラの言葉が腑に落ちなかったのかツクヨが首を傾げる。
「ナツを守れるなら、ナイトは男である必要はないような」
「ナイトどうこうは建前であってツクヨくんの本音はヒトミがほしいだけのことでは」
鳴上さんがツクヨくんにわざわざモルテプレディオンに関する情報を伝えたのもサポートするための明確な理由を与えてくれたからだということに……アテラが口をつぐむ。
気分を害した様子のなさそうなツクヨを見てか、アテラがほっと息をつく。
「恋路はさておき、ヒトミからモルテプレディオンを奪ってほしいとツクヨくんが願うのならわたしと付き合うべきではありませんか」
「ナツにヤキモチを抱かせたいのであれば、本命の風間と才藤さんが偽装カップルになるほうがはやいような」
「鳴上さんから聞いていませんか? ヒトミが失恋をすると不都合があるとか。わたしも直接的に風間くんを口説くのはできることなら避けたいですし」
「風間がもう一人の指名手配犯とか」
「だとしたら、わたしがツクヨくんと偽装カップルなどせず協力者である風間くんにヒトミを口説かせます」
ヒトミは好きな男の子に対してはとことんダメになりそうなタイプですから、というアテラの言葉に対してツクヨが笑う。
銀髪の彼のリアクションが想像をしていたものと違ったようで白髪の彼女がきょとんとする。
「幼馴染として欠点を教えてあげないんですか?」
「おれがナツと付き合うことになった時にその欠点がなくなっていたら、もったいないでしょう」
「意外と意地悪ですね。好きな女の子の弱点をつくのにためらいもなさそうですし、偽装カップル成立と考えても」
アテラが首を傾げ、ツクヨと目を合わせていた。
「今のおれにできそうなのは才藤さんとカップルになることだけらしいので」
「本当にありがたいナイトさんですこと」
アテラが窓の外をちらりと見ていた。電柱の後ろに隠れているつもりなのであろうヒトミの姿に白髪の彼女が目をかがやかせる。
「ツクヨくんは友達から愛されていますわね」
なにかしらの冗談だと判断をしたようでツクヨがアテラに相槌を打つ。
「さっそくですけど、外も暗くなってきているので家までエスコートをしてもらえますか?」
わざわざ席を移動してまで、甘えるようにくっついてきたアテラの行動を不思議に思っているらしくツクヨがあぜんとする。
「名演技ですね。ナツがいないのに」
「なにを言っているんですか。わたしはツクヨくんの彼女なんですから甘えるのはとうぜんでしょう」
注文したリンゴジュースを運んできてくれた女性の店員に見られながらも、アテラは平然とツクヨの左腕に抱きついていた。
「メロンはどこに売っているのでしょうか」
などと聞かれつつツクヨはアテラを送り届けた。
自分も家に帰ろうとしてかツクヨが振り向くと、月明かりに照らされたヒトミが立っていた。
銀髪の彼と目が合い、赤髪の彼女が舌を見せる。
「道に迷っちゃって」
「エスコートをしましょうか? ナツの家はすぐ隣ですし」
「お願いします」
顔を見られないようにするためなのかツクヨの前をすばやくヒトミが歩く。銀髪の彼が追い抜こうとすると赤髪の彼女もスピードを上げた。
「エスコートの意味を知っているか」
「エスカレーターの仲間みたいなものだから案内をするとかそんな感じじゃないの」
「案内をしてもらう女の子が前を歩くのは正しいのかと聞いているんだが」
「なんとなく、ばつが悪くて」
ヒトミの声は小さかったがツクヨの耳には届いたのか返事をするように鼻を鳴らす。
「尾行をするからだろう。気になったのなら堂々と合流すれば良かったのに」
「アテラと付き合うの?」
「ヤキモチか」
「はん……まさか。気になっただけ、付き合うことになったら幼馴染のわたしも遠慮しないといけなくなってくるし」
ツクヨが隣に並ぼうとして歩く速度を上げたのを感じ取ってか、ヒトミが走り出す。
「転ぶなよ」
「そっちが追いかけてくるからでしょう」
「家が同じ方向なんだから仕方がないだろう」
しばらくしてツクヨが追いかけるのをやめると、足音が聞こえなくなったからか振り向いたヒトミもゆるやかに動きをとめた。
「ストーカー」
「そんな安い挑発にはのってやれないな」
「ツクヨは知らなかったと思うけど、女の子は意外と追いかけられたい習性があるんだよ」
「中に入らなくて良いのか」
ヒトミが自分の家の中に入るのを待っているのかツクヨが門扉を開けようとしない。
「わがままなんだろうけど、明日もツクヨと一緒に学校に行きたいと思っているから」
「別に問題ないんじゃないか。おれとナツは幼馴染なんだから言いわけする必要なんてないし」
「ツクヨは良いかもしれないけどさ。アテラのほうは気にするよ、多分」
「ナツほど子供じゃないから大丈夫だよ。話はそれだけか」
ヒトミがうなずき、自宅の扉を開けて姿を消す。
「やりすぎたかな」
そう口にしつつもツクヨは後ろめたい快感を気に入ったようで嬉しそうにしていた。