10話目 色々と恥ずかしいお年頃
「寝不足だとか言ってましたけど。本当はもう一人の指名手配犯と内緒で会話をしている間は無防備になるんじゃないですか」
ファミリーレストランの店員に案内をされた席に向かい合わせに座ったツクヨの言葉を聞いてか……ソファーにもたれかかるアテラがにやついている。
「確かに、木下くんの背中はとても眠りやすかったので指名手配されている彼女と会話をしやすかったですね。またお願いできますか?」
「かなり危ないのでは」
アテラの冗談を無視するようにツクヨが言う。
「時と場合と場所を選んで彼女とは会話するようにしているので。例えば、だまされやすそうな思春期の男の子とのデート中とか」
「才藤さんの目的はなんですか?」
もう少し優しくしてくれても良いのでは、とでも言いたそうな顔をアテラがつくる。
「本題の前に、こういうにぎやかなお店では男の子が女の子に食べものやら飲みものを献上をされると聞いたことがあるのですが……本当なのでしょうか?」
腹から大きな音がしたがツクヨに聞かれても問題ないようでアテラはまるで動じていない。
「なんなりと。お金ならそれなりにありますから」
「お優しい殿方で。注文はどうやるんですか」
「そこにある丸いもののでっぱりを押したら、ここの店員さんが注文を聞きに来てくれます」
電子式の呼び出しベルの近くにある、立てかけてあるメニュー表を開いたツクヨがアテラが見やすいようにテーブルの上におく。
「木下くんは食べないんでしょうか」
メニュー表から目を離そうとしないままでアテラが質問をしていた。
「女子が幸せそうに食べる姿を見られれば、こちらとしては満足です」
「わたしが常夏ヒトミではないのにですか?」
「友達と楽しくおしゃべりとかをするのに、好きな相手とかどうとか関係ないと思いますが」
友達ですか、とツクヨには聞こえないほどの音量でアテラがつぶやく。
「これから互いに下心がたっぷりの取り引きをする予定なのに……実はこちらの毒気を抜くための木下くんなりの作戦だったりして」
「おれとしてはナツの安全が保証されるなら相手が誰でも良いだけですよ。才藤さんでもニア先輩でも指名手配犯でも確実に達成してくれるのであれば」
アテラが電子式の呼び出しベルを押す。
厨房から来たのであろう女性の店員にアテラがオムライスを注文する。ケチャップで好きな文字を書けるサービスがあると聞かされ、白髪の彼女は。
「記念日と書いてもらえますか」
と女性の店員に伝えていた。
オムライスのほかにもリンゴジュースとコーヒーの注文を受けつけるとツクヨとアテラの顔をちらりと確認をしてから女性の店員は離れる。
「カップルだと思われてしまったようですね」
ソファーにもたれかかりアテラがにやりと笑う。
「かまいませんよ。なれてますから」
「木下くんの大好きなヒトミとですか?」
「そろそろ本題の話をさせてくれませんか。こんなにぎやかな場所で年齢の近い女の子といるのは恥ずかしいので」
ツクヨの視線の先には、両親と外食に来ていると思われる小学生ぐらいの男の子と女の子が横並びで歩いていた。
「あらためて聞きますが才藤さんの目的は?」
「最終的な目的ではありませんが……とりあえずはモルテプレディオン。ヒトミが持つ大きな鎌を奪い取ることですよ」
「ナツを消したいわけではないんですよね」
表情に変化はないがツクヨの声が普段よりも荒々しくなっている。
「あの鳴上という女性からも聞いていると思いますが。ヒトミはあくまでもモルテプレディオンに選ばれただけの存在なのでこちらとしても命を奪い取ることはやりたくありません」
どちらかというと命を奪われそうなのはこちらのほうですけど、とアテラが笑みを浮かべる。
ツクヨは唇を真一文字にしたままだった。
「直接的ではないにしても、おれに協力をする形でナツへの精神的な攻撃や弱体化を才藤さんは狙っている」
「それは前提の話で。本命としてはモルテプレディオンに選ばれる条件をしらべているが一番正しいのかもしれませんね」
「ナツからモルテプレディオンを奪うために」
「ヒトミ以上の後継者となるためのほうが正確なんですけど、信じてくれなくてもこちらに問題はありません」
「信じますよ。これから協力をするんですから」
ツクヨの力強い言葉に気圧されたからかアテラがあっけにとられたような表情をする。
「なんですか」
「いえ……そこまでまっすぐな言葉を伝えられるとだまさないほうが良さそうだと思っただけですよ」
「だますもなにも。才藤さんがモルテプレディオンをナツから奪い取ることに対して、おれが反対する理由がないですし」
「言われてみればそうですね」
と口にしながらもアテラはどこか納得ができないといった顔つきをしていた。
お待たせしました。という声とともにさっき注文を聞きに来たのと同じ女性の店員がアテラとツクヨの前にリンゴジュースとコーヒーをおいていく。
女性の店員が自分たちの声が聞こえない位置まで離れていくのを見てから、アテラがリンゴジュースをストローで飲む。
自分が納得できていなかったことについての答えがわかったのかアテラの表情がやわらかくなる。
「一方的に利用されてしまうかもしれないと不安になったりしないのですか? わたしの持つ日本刀は見えてないようですし」
なにも持ってないはずのアテラがまっすぐに右腕を伸ばしているだけのはずなのに……なにかしらの危険を感じてかツクヨが顔に汗をかいていた。
自分の首元のほうにツクヨが視線を向ける。
「利用するにしても今の段階でおれの命を奪う行為は才藤さんもリスクが高いかと」
「いじめがいのない」
アテラが白銀の一切と呼ぶ日本刀をおさめたのを感じ取ってかツクヨが肩の力を抜く。
「交渉で解決をできるのであれば才藤さんも暴力的な方法をわざわざ選んだりはしないかと」
「木下くんも楽観的な殿方のようですね。わたしもヒトミと同じ特別な力があるんですから、一方的に有利な交渉もできますよ」
「どうして、才藤さんはそういう強引な交渉をしないんですか?」
「木下くんがこちらのお店で食べものや飲みものを献上してくれましたからね。すでにわたしのほうが立場は上なのだと、暗に伝えてくれていたのではありませんか」
「ありがとうございます」
「そもそも木下くんに感謝されるようなことはしていませんよ」
リンゴジュースを半分ほど飲み、アテラが窓の外を見ていると注文をしたオムライスが届いた。
「それでは文字を書かせてもらいますね」
ケチャップで記念日と書くとアテラが女性の店員にお礼の言葉を伝える。白髪の彼女の奇麗な顔立ちに心を奪われてか頬を赤くし、厨房のほうへ戻っていった。
「さっきも聞きたかったんですけど、腹とかすくんですね」
オブラートに包むようなツクヨの言葉を、アテラはとくに気にしてないようでオムライスを見つめたままでいる。
「ベースは人間ですので。エネルギー補給に食事は最適で楽しいという利点も」
オムライスを一口、食べたからかアテラの動きがとまる。向かい合わせに座るツクヨの存在も忘れたかのように一心不乱にスプーンを。
からっぽになった皿の上にケチャップでよごれたスプーンをおき、満足そうな顔をしているアテラがソファーにもたれかかり自分の腹を触った。
眠くなってかアテラがまぶたを閉じかけたが……ツクヨがいることを思い出してか白髪の彼女が姿勢を正す。
「失礼。うっかりしていました」
「おれは後日でもかまいませんよ。遅い時間なのでじっくりと話せなさそうですし」
すでに太陽が完全に沈んでしまったからか店の外を歩く人間たちは寒そうにしていた。