2. 2019年3月2日(土)③
「北原さん」丸多は鞄からさらにボールペンを取り出し、話し出した。「この図面だけだと、この家屋の間取りが正確にわかりませんよね」
丸多は言いながら、建物図面に簡単な線を書き込んだ【図2】。
「建物には当然、このようにいくつかの部屋がありました。玄関を入るとまず、横長の廊下に出ます。そして、すぐ見える扉はリビングらしい中央の部屋へと繋がります。他の部屋や扉、また窓の位置関係は残念ながらまだ詳しくはわかりません。
事件直後の新聞記事やネットの情報を複合的に照らし合わせましたが、これ以上詳しい間取りを載せた記事を見つけることはできませんでした。北原さん、この事件現場の家のこういった間取りについては、知っていましたか?」
「ええ、まあ。部屋がいくつかあったことは知ってます」
もはや、やり取りの随所に見られる北原の頼りなさに関して、丸多は何の感想も持たなくなっていた。それを、あくまで自然界に存在するありふれた現象の一部だとみなし、さっさと会話を進めた方がよっぽど効率が良い、と丸多は考えたわけである。
「シルバさんが発見されたのは」丸多は図面右側の部屋をペンで示した。「この部屋です【図2a】」
「中央の部屋の右側に位置する部屋ですね」
「はい、この部屋でシルバさんは死んだ状態で発見されました。直前に部屋のドアにも窓にも鍵がかかっていた、とこれも様々なメディアで報道されました。つまり、シルバさん殺害は密室で行われたということです」
「シルバが密室で殺されたのは僕も知ってました。当時、新聞やネットニュースを読みましたから」
「それから」丸多は二枚目の紙片をつまみ、客に示した。「これは事件現場となった家、と思われる建物の画像です」
「思われる、ということは、違う可能性もあるということですか」
それもお前に聞きたいんだよ、という台詞を丸多は咄嗟に思いついた。現時点で、それまで丸多が持っていた事件関連の情報は一切更新されていない。
ただし、と丸多は思い直す。あくまでこれも「現象」である。このことは後で怒りを爆発させるための伏線ではなく、丸多には未来永劫、自分の望む反応を示そうとしない相手に腹を立てるつもりはない。
それに、北原は〈シルバ〉が殺害されて以来、むやみに質問をしてくる輩を嫌い、事件に積極的に関わることをやめたのかもしれない、と丸多は思い始め、やはり不躾過ぎる言い回しは避けることにした。
「ええ、ネット上の画像をプリントアウトしたもので画質も悪く、この画像の家がシルバさん殺害の現場となった、という確証はまだありません。事件について言及したサイトの中から最も信頼できそうなものを選んだだけです。北原さんはこの家屋を直接見たことは」
「ないです」
「ないですね」
丸多はため息を飲み込み、さらに続ける。
「私が事件現場に行ったときは、すでに警察によって規制線が張られていて、目的の場所に近づくことができませんでした」
「丸多さん、現場に行ったんですか」
「ええ、ちょうど事件から一週間くらい経ったときですかね。真夏の山中に車を止めて、最も近づけるポイントまでは行ってみました。だけど、家屋に通ずる小道の入り口から通行止めされていて、建物の残骸はおろか、周囲の状況すら確認することができませんでした」
北原は首肯し、丸多が続ける。
「まあ、行った時期が悪かったのかもしれませんけどね。事件が起きて間もない頃でしたから。きっと今なら通行止めは解かれているはずです」
「ネットのビュー機能を使えば」
「駄目です。その小道はどうやら私道らしくて、私もビュー機能で事件現場周辺を確認してみましたけど、細い小道の向こう側までは見ることができませんでした。それで」
丸多は改めて建物の様子を映した紙片に目を落とす。すると、それにつられて北原もそれを見始めた。丸多が話し続ける。
「この家がシルバさん殺害の現場だと仮定しましょう。外観の印象を一言で言ってしまえば」
「立派な鶏小屋みたいですね」
「そうですね。基礎石の上に、ただ置かれるようにして建てられています。古い板張りで、非常にシンプルな作りです。かなり老朽化しているのは明らかですよね」
「本当にこんな寂しいところに、人が住んでたんですかね」