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2. 2019年3月2日(土)②

「しかし、来てくれてありがとうございました。北原さんが現れて安心しているところですよ」丸多は礼を言うのが遅れたと感じたが、北原は気にしていない様子だった。


「いえ、全然構いません。もし二人で捜査を進めて、それで解決でもしてしまったら凄いことですしね」

「まぁ、あまり期待はしないでください」丸多はそう言うと、口元だけで笑みを作った。


「正直なところ」と北原。「最初は迷いました。丸多さんから初めてダイレクトメッセージが送られてきたのが先月だったと思いますけど、事件を本格的に解いてみようという発想は持ったことがなくて」


「シルバさんの事件が起きた後、こっちで独自に調査をしていたんですけど、一人で続けることに限界を感じ始めて、それで先月北原さんにダイレクトメッセージを送ったんです。ほとんど助けを求めるのに近い感覚でしたよ。それはそうと北原さん、そもそも私のこと覚えてました?」

「ええ、有楽町で撮影に協力してくれた丸多さんだっていうことは、すぐに思い出しました」 


 卓上には二杯のコーヒーの他に、何枚かの紙片が並んでいる。もちろん北原が席に戻ってくるまでに、丸多が用意しておいたものである。もうそろそろいいかと思うと、丸多は軽く咳払いをして語調を整えた。

「それで本題なんですけど」

「丸多さん、すごいですね。こんなに一人で集めたんですか」テーブルに並ぶ紙片を眺めながら、北原が言った。


「まあ、あれです」丸多は、過度に得意げになるまいと平静を保つ。「決して興味本位で近寄ったわけじゃない証拠、とでもしておきましょうか」

「これらって、事件現場の不動産に関係した書類ですか?」

「そうです。シルバさんが殺されてから、二ヶ月くらい経ったときですかね、自分で法務局に申請して取得しました」


 一枚目の紙片の左上には「建物平面図」と表記されている。それを北原に差し出しながら丸多が言った。

「これは、シルバさんが殺された現場となった家屋の図面です【図1】。山梨県の山中にあったことは、もはや言うまでもないと思います」

挿絵(By みてみん)

「こんなにしっかりとした図面を見たのは初めてです」北原が紙面に刺す視線には、あからさまな感心が伴っている。


 丸多はそれを聞いてわずかに眉をひそめた。友人が殺されたというのに、事件現場の建物の図面さえ見たことないのか、と糾弾(きゅうだん)するための文言が頭に浮かんだ。しかし、そういった負の感情を抑えつつ、あくまでそれまでの調子のまま丸多は続けた。


「見ての通り簡素な平屋です。北原さんは事件前にこの現場に行ったことはあるんですか」

「いや、ないです」

「事件当日、シルバさんたちは確か『心霊スポット』の動画を撮るためにここを訪れていたはずですが、北原さんは撮影者として同行されなかったんですか」

「いや、僕はその日、あいつらにはついて行かなかったんです。その頃は学校の夏季実習があったんで」


 当てが外れた。丸多はがっくりと肩を落とす自分の姿を想像した。ようやく招くことができた客人の前で、落胆の気持ちをさらけ出すことはしなかった。ただし、数分前までの、北原と対面を果たしたことで得た高揚感は、すっかり薄らいでしまった。


「すると」北原さんは何も知らないんですね、という直接的な発言は控えつつ、丸多は丁寧な態度を崩さずに言葉を重ねた。

「事件について詳しいことはあまりご存知ない?」

「はい、知らないです。すいません」

「いえ。じゃあ、シルバさんは密室で殺されたらしいのですが、そのときの詳しい状況とかも」

「知らないんですよね」


 北原は照れくさそうに笑いながら、コーヒーを一口すすった。丸多は、事前に期待したほど北原が潤沢に情報を持っていないことに気づき始めた。それに伴い、この会合を無駄にしないための方針が、丸多の脳内に新しく構築され始めた。


 北原から壊れたスロットマシンのように、必要な情報がとめどなく溢れ出てくる、ということはなさそうだ。ここは一つ、この目の前の虚弱そうな男に対し、敢えてこちらから積極的に講釈を垂れてみるのも良いかもしれない。

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