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10. 2019年3月31日(日)⑤

「もう全て打ち明けます」黙っていた〈キャプテン〉が口を開いた。見ると、その両目は真っ赤に腫れていた。

「僕たちはシルバさんの高校の後輩だと言っていましたけど、実は違うんです」

 丸多は「知っていた」とは言わず、そのまま彼に話を続けさせた。


「僕とモジャ、そしてニック三人は沖縄出身で、高校が一緒です。年上の僕たち三人は、高校卒業したばかりの2017年4月に、揃って東京に出て来ました。理由は前に話した通りです。シルバさんに弟子入りして、有名な動画クリエイターになるためでした。当時は当然お金もなくて、生活のために仕事も探さなくてはなりませんでした。僕は金属加工の工場、モジャは不動産会社、ニックは運送会社に就職口を見つけました。僕の工場では頭髪も自由で、兼業も許されたんですが、二人の会社ではそれが禁止されていました。それをシルバさんに相談したときに、『俺の後輩だということでしばらく本名を隠して活動して、有名になってきたら会社を辞めて、視聴者に本当のことを話せばいい』とアドバイスを受けたんです。

 なので、外に出るときも僕たちは出来るだけ、東京スプレッドだとばれないように気を配っていました。事件の日、レストランの駐車場でこそこそしてたのもそのためです。丸多さんは、こんなことまでわかってましたね。確かにあのとき、僕らは車二台で買い出しに行きました。全て事前にシルバさんから指示されたことです。僕たち三人でファミレスに行き、モンブランはもう一台でコンビニに行くということでした。理由を聞いたら、『モンブランは周辺の地理に詳しいから、三人は弁当だけ買って、その後は駐車場で待機して、モンブランと合流する』ように言われました。僕らは、それ以上は聞かず、盲目的に従いました。シルバさんは先輩でしたから。今、丸多さんも読んだ記録によると、それも裏でモンブランが吹き込んだんでしょうね。もう、そんなこと考えても、後の祭りですけどね」


「なるほど」丸多が言った。今にも声を詰まらせそうな〈キャプテン〉を見て、代わりに話す格好であった。「待機しているとき、キャプテンさんとモジャさんは、ニックさんの運転する車の後部座席に乗っていた。そして、男子高校生に姿を見られそうになり、慌てて首を引っ込めたんですね」


「そういうことです」〈キャプテン〉は鼻まで真っ赤にしていた。「生意気な言い方かも知れませんけど、僕とモジャはどうしても目立ってしまうんです。人気があるとまでは言いませんが、僕はリーダーで、そして、モジャは動画内で突拍子もないことをよくするから、どうしても二人の注目度は上がってしまうんです。だから、特に二人は外で出来るだけ写真撮影など控えるようにしているんです」


 丸多が黙って首を縦に振ると、〈キャプテン〉はさらに言った。

「ちょうど去年の今頃、僕たちようやく自分たちのチャンネルを開設して、本格的に動画クリエイターとして活動を始めました。それまでにノウハウをシルバさんに教わったんです。その直後にナンバー4とモンブランが加入しました。ナンバー4は沖縄にいた頃から知っていて、編集してくれる奴を探してたんで入れました。モンブランはそのとき、東京出身だって言ってましたね。あいつと面識はなかったんですけど、差し入れにケーキのモンブランを持って来ましたし、いい奴そうだったんで入れることにしたんです。まさか、シルバさんを殺すつもりで入ったなんて、予想もしませんでした」


「モンブランさんのニックネームは、お土産のケーキから来てたんですね」

 丸多が言うと、〈ナンバー4〉が答えた。「はい。僕は四番目に入ったんでナンバー4、ニックさんはぜい肉の『肉』からとってるんです。単純ですよね」


 丸多はそれを聞いても笑わなかった。空気がそうさせなかった。

 モンブランの話になり、一同の視線が彼の亡き(がら)に集まった。

「いい奴だったのになあ」〈ニック〉の目はかすかにうるんでいた。


「あいつ」〈キャプテン〉の声も震えだした。「事件の後、相当苦しんでたんだと思います。あいつ、あの事件から体調崩すことが増えて、病院に通いだしたんです。僕が付き添って送り迎えしてました」


「あいつは」〈ナンバー4〉も言い出した。「殺意をなくした後に、きっとシルバさんの死を間近で見たんです。ダークウェブの奴らから脅されてるのも同然でしたし、精神状態は限界だったんだと思います。

 あいつだけ給料貰ってなかったんですよ。僕は毎月キャプテンたちから、生活費を貰ってるんですけど、あいつは断ってたんです。きっと、ダークウェブの奴らから集めた金を生活費に当ててたんでしょうね。それを使い切ってしまって、キャプテンの腕時計を持ち出さざるを得なくなってしまったんだと思います」


 〈ナンバー4〉もいつか支払いで暗号通貨を使っていた。きっと〈モンブラン〉の影響で、と考えていると、〈キャプテン〉の涙声が聞こえた。


「もう、あんな物どうでもいいです。何もかもうんざりです。動画の広告収入も増えてきて、それに貯金を合わせて買った物ですけど、惜しくありません。とてもそんな気分になれないです」


「何で」〈モジャ〉ははっきりと涙を流していた。「何で、こんなことになっちまったんだよ」

 〈モジャ〉が泣き出す姿を見て、他の者たちの言葉が一斉に止まった。

「俺、シルバさんを尊敬してて、本当にこの人みたいになりたい、って思って、それで東京出て来ただけなんだよ。本当にただそれだけなんだよ。なのに、何でこんなことになっちまうんだよ」

 他のメンバーの涙も自然と流れた。見ると北原も泣いていた。


 このとき、世界中のどのような言葉も陳腐であるように思えた。「東京スプレッドの皆さんは悪くありません。事情を話せば、きっと世間を納得させることはできます」

 丸多は思ったが、言えなかった。今、軽々しい言葉で彼らを慰めることは出来ない。


 涙は不思議であった。さめざめと泣く彼らの姿が、丸多の涙をも誘った。

 ただ純粋で、ただ誤解されやすい者たちが傷つき、そうして流れた涙は丸多の心に抵抗なく染み入った。

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