10. 2019年3月31日(日)②
「どうせなら、密室でやらない?」
「それいいね」
「密室に毒ガスを充満させる」
「古典的www」
「司法解剖したら死因が即判明する。毒ガスは手間の割に足がつきやすい」
「刺した後、窓から出て、窓のクレセント錠につけた紐を外から引っ張って密室完成」
「だから古典的だっつってんだろ」
「部屋の一部が回転するってのは?」
「機械仕掛け?」
「いや、手動でいける」
「詳しくよろ」
「まず、左右に同じ型の部屋があって」……
「この頃に」〈ナンバー4〉がこの文言の辺りを指差した。「あの建物の構造の大まかな案が出たみたいです」
さらに下へスクロールすると、コメントの中にリンクが現れた。それをクリックすると、手書きの雑なイラストが表示された。それは丸多が先ほど描いた家屋の図【9章図5】と酷似していた。ただし、玄関や窓など、細かい部分はまだなく、中央の回転する部屋の両脇に同型の部屋を置いただけの簡素なものであった。丸多は図を閉じて先を読んだ。
「これだと回転対称だって、すぐばれない?」 「ばれないだろ」
「勘のいい奴は気付くかも」
「山奥でこんな家見つけたんだけど、使えないかな」
またリンクがあり、それを開いた。荒れた草むらの中に一軒、見慣れない木造の古い小屋が建っている。他にも、ところどころ雑草が伸びたままである点など若干の違いはあったが、そこは丸多が何度も近づこうとしたあの事件現場に違いなかった。
「この小屋、上から見たら長方形の形してるじゃん。これを潰してさ、これに見せかけた家を新しく作ればいいんじゃない」
「つまり?」
「つまり」……
次のリンクでは、さらに発展した図案が出現した。それは詳細な家屋の設計図で、丸多の手書きとは比べ物にならないほど精巧だった。中央の部屋、その両側に位置する一対の部屋、玄関、洗面所、トイレ、さらには中央の部屋の回転機構、その回転を可能にする二重の天窓までもが、意匠に富む直線、曲線により正確に描かれている。明らかに熟達した者の手による仕事だった。
「ここまで来るともう、悪ふざけでは済みませんね」丸多はため息混じりに言った。
「はい」と〈ナンバー4〉。「この建物の設計図が出る前は、確かに遊び感覚でコメントを寄せる奴らが大半だったように思えます。だけどこの辺りから、シルバさんに対して本当に殺意を持っていた者たちが集まってきたみたいです。この英数字の羅列、丸多さん、何かわかりますか」
〈ナンバー4〉の指の先に、アルファベットと数字が数十文字、ランダムに並んでいる。丸多が見て考えるうち、〈ナンバー4〉が正解を言った。
「これは暗号通貨[*2]アドレスです」
言われて丸多は、いつか何かの支払いでそれを見たように思った。しかし、〈ナンバー4〉がすぐさま続けた。
「このとき、建物の詳細な設計図を提出した者が、報酬として暗号通貨を要求したんです。確かに寸法も細かく決まっていて、誰が見ても正確な図です。でも、だからといって、それを見た人がお金を払わなくたっていいじゃないですか。丸多さん、次のコメントも見て下さい」
「図描いた人、グッジョブ!」
「これでGNにスターになってもらえる」
「すぐやろう」
「こんな図面渡されて建てないわけがない」
「ガチで出来る気してきた」
「設計図を作成した人は」丸多は言葉に軽蔑を込めた。「おそらく報酬を受け取ったんですね」
「はい。千円か、一万円か、十万円かわかりませんけど、話の脈絡からして、お金を払った人が何人かいたのは確実でしょうね」
以降、似たような軽薄な文言が続き、それらを流しながら読み進めた。その中で、次のコメントがマウスを握る丸多の手を止めた。
「中に死体あったんだけど」
すぐ下のリンクにカーソルを合わせつつ、丸多は躊躇した。〈ナンバー4〉に視線を向けると、彼は「閲覧注意です。見たければ見て下さい」と静かに言った。丸多はクリックし、リンク先の画像を表示させた。
昨夜の光景が蘇る。携帯の光で照らされた奥寺健男の死に顔。まだこの頃の腐敗の進みは軽度で、くぼんだ眼窩や半開きの口の形状など確認することができる。屋内で一人その時を迎えたのだろう、服を着たまま仰向けで臥せる姿勢は、疲れ果てまどろむ人のそれと変わらなかった。
「奥の林に捨てとけば」
「むしろ好都合じゃない?死んでて」
「家財道具も全部捨ててさ、小屋潰そう。そこにすぐあの設計図通りの家建てれば、ばれないよ」
言語道断のこれらのやり取りを、丸多は歯がゆい思いで眺めた。その後も、いくつかのコメントにリンクが埋め込まれる構成が続いた。順にリンクの画像を開くと、コマ送りのように、取り壊されていく小屋の様子を見ることができた。
それに従い、暗号通貨アドレスも目に見えて増えていった。現場に赴き、実際に小屋の取り壊しを行った者たちもいくらかの報酬を得たのだ。奥寺の死体を隠し、家財道具も捨て、さらに小屋一棟を潰すには一人の力では無理だっただろう。そこでは数人の胡乱の者たちが暗躍したはずである。
画像には崩れゆく小屋と瓦礫しか映っておらず、人間の姿を垣間見ることは出来ない。連中は顔を隠して作業を行ったのか、またそのさなかにある程度の会話がされたのか、今となっては確認する方法はない。
[*2]: インターネット上で決済手段として用いられる、電子データの形態を持つ通貨。2009年に世界初の暗号通貨「ビットコイン」の運用が始まった。
しかし課題は多く、2018年、日本の暗号通貨取引所が保有する「NEM」約580億円分が不正に流出した。ダークウェブを介して盗まれたとされ、犯人は未だ(2019年の時点で)不明のままである。




