10. 2019年3月31日(日)①
「今朝、車の中で首を吊ってたんです」〈ナンバー4〉の語気には冷えた鉄のような重苦しさが込められていた。「きっと、丸多さんが事件の核心に近づくのを見て、ばれるのは時間の問題だ、と観念したんじゃないでしょうか」
「モンブランさんが殺してないとは、どういう」丸多が言い出すと、〈ナンバー4〉は「とりあえず、みんな座りませんか」と、引き続き暗い口調で言った。〈ニック〉、〈モジャ〉がいつものソファーに腰を下ろし、丸多、北原も元の椅子に収まった。
〈ナンバー4〉はPCを床に置き、その場であぐらをかいた。そして、黙り込む全員の姿を眺めてから言った。
「丸多さんのお話を、さっきからずっと隣の部屋で聞いてました。これを見ずに、事件をあそこまで見透かすのは本当に見事です。誠意を持って事件を追っていただけはあります。ただ、90点ですね」
「90点?」丸多はおうむ返しに言った。その口調には、理解を深められない者特有のいら立ちも含まれていた。
「はい、90点です。建物の特徴は丸多さんの言った通りのようです。ただ、モンブランはどうやらシルバさんを殺してないみたいです」
ここまで聞いても、丸多は〈ナンバー4〉の言葉を全く理解できないでいた。「言った通りのよう?殺してないみたい?わかりやすく説明していただけませんか」
「はい」〈ナンバー4〉が答えた。「もちろん、そうするつもりです。これはモンブランのノートPCなんですが、今までメンバーの誰もこの中を詳しく覗いたことはありませんでした。さっきも言いましたが、モンブランが死んだのは今日の明け方です。下の駐車場でキャプテンが発見しました。遺書もなく、最初僕たちは何が起きたのか全くつかめませんでした。やむを得ず死体をここまで運んで、このノートPCを調べてみました。PCのロックを解除するのに、あいつの指紋が必要でしたから。そうする間に丸多さんから連絡が来たんです。そこで、またメンバーで協議して、一旦彼の死体をスーツケースに隠すことに決めました」
「モンブランさんとそこで会話していたのも、偽装だったんですね」丸多が言った。
「はい。ですが無駄でしたね。人体模型にあいつの服を着せて、残っていた日常会話の音声まで再生しましたけど、丸多さんにはあっさり見破られてしまいました」
「それで、ノートPCには何が残っていたんですか」
「丸多さんが来る間に、今言った偽装を済ませてから、メンバーでこれを隅々まで調べてみました。すると、こんな記録を発見しました。百聞は一見に如かず、ですから。丸多さんも見てみてください」
丸多と北原は立ち上がり、ノートPCの両脇にかがみこんだ。そこには、無機質なテキストが何行にもわたって表示されていた。先頭にはこう記されている。
「GNに本気でスターになってもらうスレ」
「何ですか、これ」丸多が訊いた。
「何行か読んでみて下さい」と〈ナンバー4〉。「そのときに『スターになる』を『死ぬ』に置き換えて読んでみてください。いわゆる『胸糞注意』ってやつです。気を付けて読んで下さい」
それを聞いたとき、これまでの記憶の一つ一つが、根元から先端まで蠢く突起となり、一斉にざわつき始めた。同時に、感じたことのない寒気が背筋を一気に貫いた。
「GNに本気でスターになってもらうスレ 2017年9月27日
去る6月×日、GNから暴行を受けた女性クリエイター美礼が帰らぬ人となった。また過去に奴は生放送配信者ちょいすに言い寄り、彼女の体を弄んだあげく、廃人にした。
ここ数年におけるGNの傍若無人な振る舞いには目に余る物がある。
にもかかわらず、奴は数々の悪行を棚に上げ、『スターになる』などと妄言を吐きながら、堂々と動画投稿活動に励んでいる。
そんなにスターになりたいのなら、スター(星)になってもらおうじゃないか。
奴をこのまま好き放題させておいていいはずがない。
したがって、GNに本当にスター(星)になってもらうべく、この板で同志に参加を促す次第である」
「賛成。GNに天誅を下そう」
「GN見ていて本当に腹立ったわ」
「何であいつが捕まらないのか納得できない」
「GN調子に乗り過ぎだ」
「一人の人格を壊し、もう一人の命を奪った」
「しかも、自分だけいい思いをしたあげく」
「あいつはもう地上にはいられない。魂を浄化させ、スターになってもらうわけだ」
「これはダークウェブ[*1]の掲示板のコピーですね」丸多が言った。
「そうです」〈ナンバー4〉が言おうとすると、北原が横から口を挟んだ。
「ダークウェブって何ですか」
丸多よりも一瞬早く〈ナンバー4〉が口を開いた。「簡単に言えば、一般的なインターネットと違って、ダークウェブユーザーのアクセスは高度に暗号化されていて、追跡できないんだよ。だから、この掲示板にコメントを寄せたのが誰か、プロバイダーも警察も特定できない。つまり、ここにコメントしたのが男か女か、老人か青年か子供か、名前は何ていうのか、どこに住んでいるか、全てが何もわからないってわけ」
丸多は歯を食いしばり、ぎりぎりと鳴らした。我々は知っているではないか。もっと凶悪で卑劣な「胡乱の者たち」を。決して姿をあらわにせず、ネット上に悪意だけを撒き散らすあの者たちを。
そういえば、こいつらは確かにいた。「スターになる」を「死ぬ」に置き換えた途端、不吉な意味を持つようになるコメントがいくつもあった。悪意を巧妙に隠しながら、まるで愉快犯のように善意の人々に紛れていたのだ。
こいつらには動機もある。俺だって最初、〈ちょいす〉、〈美礼〉の動画だけで〈シルバ〉を疑ってしまった……
「人が死ぬことを」〈ナンバー4〉が丸多に顔を向けた。「『お星さまになる』って表現することがありますよね」
「ええ、もうわかります。『GN』も『スターになる』も、ダークウェブ上で使われる隠語だった、というわけですね」
丸多はやられた、と思い、片手を床についた。両肩にやりきれなさがのしかかってくるように感じた。
「ちょっと長いですけど」〈ナンバー4〉が横でぼやくように言った。「読めば、実際に事件に至った経緯が見えてきます。丸多さん、良ければゆっくり目を通してみて下さい」
丸多はマウスを貸してもらい、殺伐とした文字を拾い読みしていった。
[*1]: 専用のソフトウェアでなければアクセス出来ないネットワークコンテンツの総称。ダークウェブユーザーのアクセスは階層的に暗号化され、その匿名性は非常に高くなる。ダークウェブ上のコンテンツの多くは無害であるが、違法薬物の売買など、犯罪に使用されるものも一部存在する。




