9. 2019年3月31日(日)④
「以上の仕事を行うと、家屋とその周辺の状態はそのようになります【図10】。
それがまさに当初、我々、いや世間が認識していた現場の状況です。実に巧妙です。シルバさんによって鍵をかけられた扉が、鍵がかかったまま『Bの部屋』に移り、そして、最初から鍵がかかっていた扉も立ち入り禁止の札がある東側に移るんですから。それに、カメラもシルバさんによって施錠された扉を撮影したまま、部屋と一緒に回ります。
中央の部屋が回転したときもちろん、ナンバー4さんは編集作業に集中していました。日中であれば、バレたかもしれませんね。回転の最中に当然、中央の部屋の天窓から入る光の加減が変化するでしょう。ですが、これが起きたとき、陽は完全に沈んでいたので、仮に回転中、ナンバー4さんが天井を見上げたとしても、さほど違和感を覚えなかったわけです。回転は極力音が出ないよう慎重に行われたのは、想像に難くありません。
密室構築の過程はこのように実に凝っていて完全に思えますが、犯人にとって想定しなかったことも起きました。もう、言うまでもありませんね。ナンバー4さんの指輪です。ナンバー4さんは、中央の部屋が回転する前、図の左側のトイレ【図10④】に指輪を忘れて来ました。今言ったように、自分の居た部屋が知らないうちに回転すれば、指輪がなくなったと思いますよね。食事の後、指輪なんてあるはずのない方のトイレ【図10③】に行ったんですから」
「ちょっと、顔洗ってきていいですか」
〈キャプテン〉は丸多の返事も聞かず、立ち上がり、バスルームへと歩いていった。その足どりには力が入っておらず、丸多は後を追おうとしなかった。飛び降りては困るな、と心配するうち、〈キャプテン〉は戻ってきた。腑抜けた顔に変化はなく、逆上して飛びかかってくる気配もなかった。丸多は落ち着きを取り戻し、続きの話をした。
「あなたがた四人は買い出しから戻って来ました。犯人も、そうでない者も家屋へ続く正規の小道、つまり、今まさに警察によって規制線が張られているあの小道から入りました。犯人がそのように誘導したのだと思われます。また最初に入った脇道を通れば、中央の部屋を回転させた意味がなくなりますからね。
それから、少しの間和やかな時間が流れました。食事の時間です。今言ったように、ナンバー4さんが『指輪がなくなった』と訴えてから、その場の緊迫感が急に高まりました。覚えていますね。キャプテンさん、あなたは一旦外に出て、窓など確認してから戻って来ました。そして、ニックさんと協力してシルバさんの部屋の扉をこじ開けました。その先、つまりBの部屋にシルバさんの死体が転がっていました。
その後、どのように建物に火をつけたのかは、ぜひ犯人に聞いてみたいところです。正直、どのような仕掛けで家が燃えたのか、私にはまだわかりません。
次に事件は終幕を迎えます。ナンバー4さんがたいそう気味悪がっていたあの『青い火』ですが、昨夜警察が来る前に、事件現場でこんな物も見つけたんです」
丸多はまたスマートフォンを〈キャプテン〉に向けた。
「スプレー缶とライターです。あの『青い火』は映像では、家屋の後方の『自殺者の林』あたりで確認されました。ナンバー4さんも私もそのように認識していました。しかし今では、『自殺者の林』などなかったことは火を見るより明らかです。地元の学生もそのように証言していました。まさか、あれは鬼火なんかでは決してなかったわけです。
私はこれらスプレー缶とライターを、現場東側の斜面で発見しました。奥寺さんの日用品と思われる品々が捨てられていた場所からは若干離れていました。傾斜が意外ときつくて大変でしたが、何とかこれらが落ちているところまでたどり着きました。映像の記憶から、斜面上のどの位置かは見当がついていましたから。
東側の斜面上であの『青い火』を放った意図も、犯人に訊いてみたいですね。私としてはこのように考えているんですが、犯人には、家を燃やし、そして遠くから不気味な炎を見せつけることで、現場に誰も近づけさせないようにする狙いがあったのではないでしょうか。そうすれば、犯人にとっては好都合なんです。なぜなら、家屋周辺の林には奥寺さんの所持品の他に、犯人が隠したかったトイレの便器【図10④】が捨てられていました。回転ユニットの部品らしい金属球もありましたね。犯人には、救急隊が来る前に、現場から無関係の者を遠ざけ、これらのものを大急ぎで隠す必要があったのでしょう。もちろん、あの家に特殊な仕掛けがあったことを知られないために。きっとナンバー4さんの指輪も、そのとき一緒に捨てられたんです。不要になった便器の近くで私は、その指輪まで発見しましたからね」
「さて」丸多はスマートフォンを置き、二人の顔を見た。「以上の、悪知恵に富んだ事柄を全てやってのけたあと、犯人は満を持して救急隊、警察、マスコミを現場に迎え入れたわけです。繰り返しますが、指輪も林の中に捨てるという手落ちがあったにせよ、巧妙と言わざるを得ません。犯人が全ての仕事を終えた後、マスコミは焼け跡の写真を撮りました。轍のついた小道から入り、東側にレンズを向けて。その写真の背景にも確か、青い山々が映っていました。部外者からすれば、密室で殺人が起きたこと以外、不自然な箇所はないように思えますよね。事件後に部外者は当然、正規の入り口である小道から入り、そこで入り口を正面に向けた燃えた家の残骸を見ることになるわけですから」
丸多の喉はすっかり乾いていた。散々喋り散らしたが、まだ言いたいことが少し残っている。言葉を切っても、〈キャプテン〉は話し出そうとしなかった。