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9. 2019年3月31日(日)①

「飛んだ災難でしたね」

 丸多は助手席の方をちらと見た。眠りかけていた北原は丸多の声により薄く目を開けた。


 二人は夜明けまで警察の現場検証に立会い、そのまま一睡もせず高速に乗った。今度は真正面から朝日を浴びなければならない。休日の早朝で、道が空いていることだけが救いだった。


「北原さん、お疲れのところ悪いですが、今日はまだ一つ仕事が残っています」

 北原は「はい」と言い、開きかけの目をこすった。


 彼が聞いていようがいまいが、丸多にはどうでも良かった。事件の合理的な説明を完全なる一本の線にできたことで、丸多の口は自慢話でもするようによく動いた。

「私はあいつらを逃がしません。よくあんなことを思いついたな、と感心はしますがね。策士ですよ、奴らは。危うく、無実の仮面をつけたまま、のうのうと活動するのを許すところでした」


 丸多は北原を引っ張るようにして、〈東京スプレッド〉のマンションに入っていった。インターホンを押すと、珍しく〈キャプテン〉が扉を開けた。

「朝早く失礼します」丸多は開いた扉のノブに手をかけた。「どうしても、今日、皆さんとお話がしたくて」


 〈キャプテン〉は起きたばかりであるためか、やや朦朧(もうろう)とした印象を与えた。

「先ほど、いきなり連絡をしてすみませんでした」丸多がさらに言った。「ただ、火急の用事なんです。もしこの後予定がなければ、是非お付き合い願いたいのですが」


 〈キャプテン〉は一瞬ためらった後「どうぞ」と言い、リビングへと戻って行った。丸多は遠慮する様子もなく靴を脱ぎ、部屋に上がった。眠そうな北原も後に続いた。


 リビングで〈キャプテン〉は一人、ソファーで呆然として座っていた。朝食を取りに動き出す様子もない。奥の部屋からは〈モンブラン〉と〈ナンバー4〉の声が聞こえ、丸多はそちらを向いた。その二つの後ろ姿を確認してからすぐ、リーダーに視線を戻した。


「あいつらは今編集してるんで、手が離せないんです」〈キャプテン〉の声はぐずついていた。

「モジャさんとニックさんは」丸多が訊いた。

「あの二人は外に出てます。いつ帰ってくるかはわかりません」

「そうですか」


 〈キャプテン〉からアポイントメントを取ったのが約十分前。二人はもう逃げたか。やはり少々不躾になっても、連絡なしで押しかけた方が良かったかもしれない。丸多はそう思いながら唇を噛んだ。


 丸多らは促されないうちにまた、テーブル備え付けの椅子に座った。〈キャプテン〉はそれを見ても、特に何も言わなかった。


「キャプテンさん」丸多が声をかけた。「面倒でも椅子に座っていただけませんか。大事な話なんです」

 〈キャプテン〉は体を泥のように引きずりながらテーブルに向かった。丸多らはただ黙ってその動作を眺めた。やがて彼は北原に近い席に落ち着いた。


 若干の沈黙の後、丸多が切り出した。

「事件の謎が解けたんです」

「ほお」〈キャプテン〉は丸多の顔を見ずに言った。

「順を追って言いましょう」丸多は鞄を引き寄せた。


「ついさっき、私は北原さんとまた、山梨の現場に行ってきたんです」

 家屋跡付近の林で腐乱死体を発見したことまで話した。〈キャプテン〉は何も言わず、手を股の間で組みながら聞いていた。


「それは、あの家の持ち主、奥寺健男さんの死体でほぼ間違いないということでした。まだ鑑識が調査している途中でしょうが、あの後、死体付近に落ちていた身分証を警察と一緒に発見しました。そこには奥寺さんの名前が記載されていました。また、警察がその先の集落で、応急的に身元の照会をして回りました。結果、本人である可能性が極めて高い、とのことでした。

 正確に死後どのくらい経過していたかは、現時点ではわかりません。これも警察の発表を待つばかりです。ただ腐敗の進み具合は甚だしく、素人目から見ても数年以上経っているのは明らかでした」


 丸多は鞄から、あの何度も見た「建物図面」を取り出した。また、相手が逃走しないかも横目で確認した。〈キャプテン〉の放心したような様子はまだ続いていた。


「事件の流れの頭からお話しします」丸多は淡々としている。「今から約二週間前、私は、やはり北原さんと一緒に車で現場に行きました。そこで、事件とは全く関係のない、現場付近の住人である男性に声をかけられたんです。その人は部外者である我々に生活の平穏を破られたとして、随分怒っていました。それは不当な言いがかりであって、大した問題ではなかったんですが、その人は去り際に『騒ぎが静まったと思ったらあれだ。全く嫌になる』と捨て台詞を残しました。もう一度言います、『騒ぎが静まったと思ったらあれだ。全く嫌になる』です。奇妙な言い回しだと思いませんか?この場合、『あれ』とは何でしょうか?私は最初、その男性が『シルバさん殺害事件の後、我々が来て、それらを煩わしく思った』のだと思いました。ただ、『あれ』に当たる事柄が、『シルバさんの事件』だったとしたら、どうなるでしょう。男性は『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』と言った、と解釈できないでしょうか。そうだとしたら、事件前に『ある騒ぎ』が現場付近であった、と言えます」


 丸多は手を伸ばし、「建物図面」を〈キャプテン〉の見える位置に置いた。彼はそれに触れず、無感情な目だけを向けた。

「それは前に申し上げた通り、私が独自に法務局で取得した公的な書類です。なので間違いはないんですが、()()んです。こういった話は、冒頭から全て私の推測に過ぎません。直接的な証拠も裏付けもありません。ただ、一貫していると断言できるので、どうか聞いてください。

 その図面に載っている家屋は取り壊され、そこに新たな別の家が建てられたんです」


 〈キャプテン〉の眉がぴくりと動いた。北原は「そうだったんですか」と、調子はずれな声を出した。丸多は北原に反応せず、自説を述べ続けた。

「あの現場に通じる細い小道には、くっきりと轍がついていますね。ということは、家屋の位置まで車両で乗り入れることが可能だと言えます。なので、そこに載っている建物を取り壊すための重機も運び入れることができたはずです。

 あの付近住人の男性が言っていた『騒ぎ』とは、建物の取壊し及び建て替えを意味していた、のだと推測します。時期は不明ですが、きっとシルバさんが『心霊スポット探索』に行く、と言い出した頃には、元のものとは別の新しい家屋が完成していたんだと思います。

 おそらく犯人、ここで事件を企図(きと)した者、あるいは者たちを『犯人』としますが、犯人があの建物のあった土地を犯行に使おうと考え、そこを物色したとき、奥寺さんが中で亡くなった状態で発見されたんでしょう。孤独死です。山奥のさびれた家の中で、人知れずひっそりと息を引き取ったんです。

 これは、周りの林に日用品が散乱していたことから説明がつきます。さっきお話しした通り、家屋を囲む藪の中に皿などの道具が点々と落ちていました。さらに探すと、風呂桶など大型の物まで見つかりました。

 考えてみれば、映像で見た建物の内部はおかしいところだらけでしたね。直前まで人が住んでいたのであれば、台所や風呂など生活に必要な設備が一切ないのは、何故でしょうか。犯人が全て周りの林に捨てたんです。奥寺さんの遺体もろとも。

 そして犯人は、犯行を行いやすいように建物を作り替えました。具体的な工程はわかりませんが、高層マンションを建てるよりは遥かに簡単でしょうね。古ぼけた木製の小屋なんて、日本全国至るところに放置されていますから、それを壊して建材として持って来たのかもしれません。または、元の家を丁寧に解体して、建材をそのまま再利用することだって不可能ではありません。

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