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8. 2019年3月30日(土)③

 遮蔽(しゃへい)物のない高速道路上、傾いた弱い陽射しが日の入りの気配を与えていた。丸多は運転席のサンバイザーを下ろした。


「また山梨に行くんですか」北原が訊いた。

「そうです。正直何かを期待するわけでもないんですが、今日空振りだったら、もう打つ手はなくなるでしょうね。八方塞がりです」


 弱気な丸多の言葉を聞いて、北原は沈黙した。丸多は「終わり」の予感をはっきりと鼻先に感じていた。どのような結末を迎えるのか、現時点では全く予想できない。孤島の館に容疑者を集め、「犯人はあなたです」と切れ良く名指しすることになるのか、それとも、「わからない」と結論付け、事件の傍観者の一人に戻るのか。


「情報は集め切ったつもりなんですけどね」心の声が漏れた気がしたが、丸多はそのまま続けた。「シルバさんの伝記を書けるくらい、彼については調べ尽くしました。だけど事件を解くとなると、それらの情報が、わざとこちらを混乱させようとしてるんじゃないかと思わせるほど、自由に飛び回るんです」

「力になれなくて、申し訳ないです」

「何を言ってるんですか。北原さんはとてつもない力になってくれました。北原さんがいなければ、東京スプレッドはあれほど喋らなかったでしょうから。まだ早いですがね、北原さんには本当に感謝してるんですよ」

 北原はそれを聞いて、「いやいや」と照れ臭そうに手を顔の前で振った。


 市街地でカーナビに優しく指図されながら、丸多はアクセルを踏み続けた。着いたコンビニに見覚えがあったらしく、北原が言った。

「ここに来るのは二回目ですね」

「そうです、空気のような扱いをされなければいいですが」


 夕食前の時刻でもあり、中には数人の客がいた。丸多は客足が途切れたのを見計らい、レジ前の店員に声をかけた。

「以前この近くで起きた事件について、こちらで働いている方と連絡を取ったんですが」


 その従業員は、十日前丸多にアプリで情報を寄越(よこ)した男子高校生ではなかった。白髪混じりの初老の男で、胸に付けられたネームプレートには「店長代理」と書かれている。


 丸多が、事件発生からそこで名刺を渡すまでの経緯を説明すると、男は心得た様子で何度も頷いた。従業員である男子高校生が丸多に目撃情報を提供したことまで、既に把握しているようだった。


「ご存知であれば、話が早いです」丸多は北原も男の視界に入るよう、背後につかせた。「もう半年以上前ですけど、東京スプレッドというグループのモンブランと名乗る人が、ここのお店に水や飲み物を買いに来たそうです」

「ええ、そうらしいですね」男はかすれた声で言った。

「お聞きしたいんですが、モンブランさんはここに一人で来ましたか。他のメンバーはいませんでしたか」

「いやあ、覚えてないですね」


 丸多は男がそう答えることを予期していた。男子高校生の名を告げようと、スマートフォンを取り出したとき、奥から若い男性従業員が出てきた。


「シルバさんの事件について調べている方ですか」従業員が丸多に訊いた。

「はい、そうです。私に連絡をくれた方ですか」

「いえ、違います」


 聞くと、若い男性は丸多に連絡をした高校生の友人らしく、その視線に好気と意欲が感じられる気がした。丸多は「店長代理」にしたのと同じ質問をした。

「多分、一人だったと思います」

「車で来ていましたか」

「いや、そこまでは覚えてないです」

 二人はそれぞれペットボトルの茶を買ってから、礼を言った。


「あまり多くの情報はくれませんでしたね」助手席の北原が言った。

「まあ、私たちは警察じゃないですから、しょうがないです。あんなものでしょう。まさか、控え室に案内されて、当時の防犯カメラの映像を見せてもらうことまでは期待してないです」


 次に二人はレストランに向かった。北原もその日のルートに合理性を見出し、「ここも二週間振りですね」と納得した様子で言った。


 ここでは、九日前に連絡をくれた女子高生に会うことができた。

「この前は連絡をして頂いて、ありがとうございました」と丸多。

「いえ、そんな」店員の女子高生は突然の二人の訪問に対し、終始一歩引いたような態度でいた。丸多が近づけば、銀の盆で顔を隠してしまいそうであった。


 客席に通されそうになるところを、丸多は手で払って断った。

「いえ、すぐ済む話なんで」

 丸多が話し始めると、背後の扉から親子連れが入ってきた。店員は優先的に客を先導して、奥へと行ってしまった。


「混む時間帯ですからね」北原の顔には諦めが現れていた。

「この場合、北原さんの方がいいかもしれません。私よりも有名ですから」丸多はそう言って、北原に耳打ちをした。そして、丸多だけ先に店外に出た。


 戻って来た北原に、丸多から声をかけた。

「どうでした」

「さっきの子は、今日20時に上がるそうです。その後、店内で話をしてくれるそうです。だから、あと一時間くらいありますね」

「上出来です。次に行きましょう」

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