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8. 2019年3月30日(土)②

 〈シルバ〉が眠る墓を見つける前に、北原の姿が目にとまった。仁那(にんな)寺という寺の裏手にある小さな墓所。彼の家の近所でもあり、早く着いたのだろう。彼岸(ひがん)が明けたばかりで、辺りには他に誰もいない。


「北原さん、今日は家にいてくれて良かったんですよ」

 丸多が声をかけると北原が振り向いた。「ああ、丸多さん。よくわかりましたね」


 「中田家」と彫られた墓石はくすんでいるが、それ以外に退廃を示す点は見当たらない。一平方メートルほどのその区画はよく整理されていて、むしろ清潔な印象を与えた。


 丸多は二段ある石段を上がり、墓前に立った。横に置かれた墓誌の端に、白い字で「銀 二十六才」と刻まれているのが目に入った。


「これ、北原さんが持ってきたんですか」丸多は供物台を指差した。そこには、買ったばかりと見られる缶ジュースや果物が置いてあった。

「いいえ。僕が来たときからありました」

「じゃあ、シルバさんの家族か、ファンが置いていったんですね」


 二人は線香も何も持ってこなかった。手を合わせてから、一度お辞儀をした。彼らがうっすらと覚えている最低限の供養の仕方であった。


 しばらく二人は立ったまま黙っていた。丸多は墓石に触れようと手を出しかけたが、すぐ引っ込めた。〈シルバ〉が語りかけてくることはない。〈シルバ〉は人生を閉じる直前に何を見たのか、それが知りたかった。報道の通り、何者かに首を締められ殺されたのか。または、それ以外の方法によってこの世を去ったのか。


 丸多が顔を上げると、北原もそうした。その場で事件の話はしなかった。二人で石段を降りると、墓地の隅で若い女性数人が固まっているのが見えた。彼女らの視線を感じ、丸多は少しの間ばつが悪い思いをした。しかし考えた後、すぐに事態を飲み込めた。

 きっと、あの人たちも〈シルバ〉の墓参りに来たのだろう。

 そうとわかると丸多は、北原を連れて足早にその場を離れた。


「北原さん、これ見てください」

 寺の駐車場の脇で、丸多はスマートフォンを差し出した。画面上で、〈シルバ〉の動画チャンネルのページが開かれている。


「何ですか」北原は言いながら、画面に並ぶ多数のコメントに目を移した。しばらく読みふけった後、彼は携帯電話を返した。


「実は、先週の日曜」丸多は、〈シルバ〉のコメント欄で、「チャンネルをより多くの人に知ってもらえるよう」呼びかけたことを話した。

「だから急に、コメントがこんなに増えたんですね」


 二人が話す間にも、新しいコメントが次々と届いた。

「シルバさんが念願だったスタークリエイターになれますように」

「シルバさんの動画大好きでした」

「みんなで百万人突破させよう」

「今でも彼の動画を観ます。死んでしまったのが信じられない」

「彼にはスターになってほしいって思ってた」

「本当に惜しい人を亡くしたと思います」

「生きてたら、今頃美礼に追いついてたのになあ」

……


「さっき、お墓にいた人たちも」丸多は穏やかに言った。「シルバさんのファンでしょうね。もしかしたら、コメント欄の盛り上がりに触発されて、今日ここに来たのかもしれません。そうでないかもしれませんが」


 北原は自身のスマートフォンを取り出し、もう一度そのコメント欄を眺め出した。そして「凄い、もう登録者四十万人超えてる」と感嘆の声をあげた。


「そこで、北原さん」丸多はそのままの口調で言った。「お願いがあります。北原さんには確か、SNSフォロワーが五千人ほどいましたよね。北原さんも、シルバさんのチャンネルを盛り上げるよう、人々に呼びかけてみませんか」

「もちろん、そうします」


 丸多は北原の横に立ち、メッセージを打つ彼の指の動きを観察した。

「みんなでシルバのチャンネルを盛り上げよう」

 シンプル過ぎる文が気になったが、すぐにそれが思い過ごしであるとわかった。送信した直後の反響には目を見張るものがあった。


「やっぱり、五千人もフォロワーがいると反響の大きさが違いますね」丸多は北原のスマートフォンの画面を覗きながら言った。「いいね」などの通知が、紙束を弾いてめくるように続々と押し寄せた。


 丸多が運転席に座り、北原は助手席に座った。二人ともシートベルトをしてから、一瞬間が空いた。直後、車内に二人の笑い声が響いた。


「すいません、いつもの癖で助手席に乗ってしまいました」北原は恥ずかしそうに笑みを浮かべ、シートベルトを外そうとした。

「いいですよ」丸多は北原にそのままでいるよう、身振りで示した。「乗っててください、せっかくですから。確かに今日この後、何かする予定は立てていませんでしたけど、このままどこかへ行くのも無意味ではないでしょう。北原さん、この後予定は」

「特にないです」

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