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7. 2019年3月24日(日)②

「まだ、あります」〈キャプテン〉が言うと、丸多は「ですよね」と返し続きを待った。


「まだ、美礼さんが事故を起こした車が残ってました。いつまでも庭に置いておくわけにもいかず、自分たちで解体しようという話になって、それで明日美さんがシルバさんに頼んで、後輩を大勢呼んでもらい、二日がかりで解体したそうです」


「個々に分けた部品は裏庭の鉄格子の中に隠したんですね」丸多は自然とそれを口にした。

「はい。丸多さんはわざわざそれを見に行ったんですよね。鉄格子は急遽、明日美さんがネット通販で購入したんだそうです。大型動物を閉じ込めるための巨大な物だった、と聞いてます」


「よくそこまでやったな」ここで〈ニック〉が言った。彼は喉の奥で、呆れからくる笑いを押し殺した。〈キャプテン〉は〈ニック〉の方を向いて「素人が車一台分解するのって、滅茶苦茶しんどいよね」と応えた。雑談の始まる気配がし始め、空気も幾分柔らかくなった。適当な隙を見て、丸多が口を挟んだ。


「また一つわかったことがあります。皆川家に駐車場が一台分余ってたのは、本来あるはずの美礼さんの車がばらばらになって、裏庭に保管されていたからですね」

「そうでしたか」〈キャプテン〉が言った。

「はい。私が幕のすき間から見たときは、有り合わせみたいな家具が放り込まれてましたけどね」


 それを聞いて〈キャプテン〉をはじめ、〈東京スプレッド〉の面々は「家具?」と言い、意外そうな顔つきをした。

「きっと、こういうことでしょう」丸多が言った。「私と北原さんが一回目に皆川家に行ったとき、私はハンカチをわざと家の中に隠してきました。もちろん、結果的に鉄格子だと判明した、あの直方体の物体が何なのか確かめるためでした。だけど、そんな子供じみたやり口はすぐばれたみたいです。

 明日美さんは、我々が二度目に訪問するまでにそれを見つけて、アイロンまでかけていました。ただ、あの人を動揺させることには成功したのかもしれません。彼女は私が忍び込むのを予想して、我々の一度目の訪問の後、どこかであの鉄格子の中身を処分したんでしょう。おそらく鉄屑(てつくず)屋に頼んで、引き取ってもらったんだと思います。

 それで足がつきましたね。裏庭の奇妙な鉄格子に車の残骸が隠されていて、しかもボディに事故の痕が残っていれば、業者は不審に思うはずです。その後、通報を受けた警察が明日美さんに事情聴取を行い、今朝のニュースが報じられた、という運びでしょうね。

 それで、言ってませんでしたが、彼女は一回目の訪問のときに、あの直方体の物体には『家具が入っている』と私に言いました。何やら銀座で開かれる展示会のために、自分でデザインした家具を保管していたらしいですが」


 そこまで聞いて一同が一斉にどよめいた。

「絶対嘘でしょ」〈モジャ〉は茶化すように言った。「明日美さんは確か無職だったはず。美礼さんの家で家事手伝いしてた、ってシルバさんから聞いたことある。少なくとも、明日美さんが家具のデザインをしてたってのは、絶対嘘だよ」


「私もそう思いました」丸多が抑えた声で言った。「空っぽになった鉄格子に、どこかでわざわざ買ってきた家具を自分で入れたんでしょうね。その上で、見つからないと信じていた私を、何も気づかない振りをして迎え入れたんです。しかし、何で『銀座で展示会を開く』なんて、すぐばれる嘘を平気でつくんでしょうね」


「明日美さんは」〈キャプテン〉が訳知り顔で言った。「初対面の丸多さんに、少しでも良く見られようとしたんじゃないですか」

 丸多は乾いた笑い声をあげた。初めて会ったとき、すでに虚栄の幕で身を守っていた女の様子を思い出し、悲しくもなった。


「あれですね」丸多は椅子に深く腰かけ直した。「美礼さんが亡くなったときも、明日美さんは警察に自分ででっち上げた嘘を言ったんでしょうね」


 一同は丸多がたじろぐほど静まった。彼は、自身の想像に確信に近いものを感じていたので、そのまま続けた。

「明日美さんが自分の携帯であの『暴行動画』を上げたのだとしたら、美礼さんが死亡した後に、警察からそれについて説明を求められたはずです。今のキャプテンさんからの説明からすると、こういうことじゃないでしょうか。美礼さんが怪我をしたあの日、シルバさんと美礼さんは酔っていて、二人でふざけ合っていた。それを自分が撮影して、面白がって投稿した、とでも言ってごまかしたんでしょう。あくまで美礼さん死亡の件とは無関係だとして」


「そのようですね」また〈キャプテン〉が答えた。「美礼さんが亡くなった後、シルバさんと明日美さんは別々に警察署に呼ばれたそうです。あとUMOREの人も何人か説明を求められた、って聞きました」

「あと、俺もね」北原が自身の顔を指差した。

「ああ、そう。あと遊矢もか」〈キャプテン〉は指を折って数えるしぐさをした。「明日美さんは、とにかく美礼さんの飲酒運転を隠すために、本人の言葉通り『階段から落ちた』と証言したらしいです。丸多さんが今言ったように、シルバさんも明日美さんに合わせて『暴行はなかった』と言うようにしてたみたいです。実際に暴行はなかったですし。UMOREの人に関してはよくわからないですけど、『暴行があった』と証言したにせよ、そうでないにせよ、本人と、一番近くにいた明日美さんそれぞれが『階段から落ちた』と言っていたわけだから、そっちの方が有力と見なされたんでしょう。

 おそらく、事務所も『トラブル』を公表して事を大きくしないために、『暴行があったとは聞いてない』みたいなことを言ったんじゃないでしょうか」


「非常によくわかりました」丸多はテーブルに肘をついた。「結局、美礼さんは、飲酒運転と事故を隠そうとして、怪我の後も病院に行こうとしなかったわけですね」

「はい」〈キャプテン〉に迷いのある様子はなかった。「以上が、美礼さんの事件の真相です。さっき答えた通り、大体17年の8月頃に今の話をシルバさんから聞きました。美礼さんが亡くなった後でしたけど、やっぱり彼女の飲酒運転が原因で起きたことで、少なくとも自分たちの安易な判断で世間に公表するってことはしませんでした。シルバさんからはっきりと口止めされたことはないですけど、それでも気安く扱える話題ではなかったんで、今まで自分たちからは言わないようにしていました」


「なるほど」丸多はそこでひとまず口を閉じた。事件を覆う氷は確かに溶けていった。しかし、核心は近づくどころか、遠のいていくように感じられた。覆いが取れたはずの氷塊は、前よりも一層分厚く見えるのだった。

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