6. 2019年3月23日(土)⑥
急激な血流の変化により、丸多のこめかみはまだうずいていた。
「丸多さん、大丈夫ですか」
「大丈夫です」丸多は運転席でまだ放心している。
明日美はあれから「何をしているか」も問わず、しとやかに二人に退出を促した。門の自動扉が閉じられるのを外で眺める二人は、まるで突然寝床を奪われた情けない居候のようだった。
「裏庭に」隣の北原が訊いた。「怪しい直方体の物体があったんですか」
「はい」丸多はこのままではいけない、と姿勢を正した。
「中に何が入ってたんですか」
丸多は空気を大量に吸ってから答えた。「おしゃれな家具がいっぱい入ってました。透明なプラスチックの椅子やら、真新しい木材でできた棚やら」
「丸多さんは何が入ってると思ったんですか」
「いや、正直わからなかったです。わからなかったからこそ、どうしても見ずにはいられませんでした。あの人は前回の帰り際、あの幕で覆われた鉄格子を隠すようにして、カーテンを引いたんです」
丸多はシートベルトをして、のろのろと車を発進させた。すっかり気力を抜かれた持ち主の態度は車にも伝わるらしい。それは一方通行の路上で一度エンストした。
東京駅周辺に戻ると日没を迎えた。
「気を取り直して、何か食べますか」この時点で少しずつ、丸多は精気を取り戻していた。
「この辺でですか」北原が訊き返す。
「今日この辺は空いています。良かったらどこかに寄りませんか。エリートサラリーマン御用達のレストランが沢山あります。美味しそうでない店を探す方が難しいくらいです」
東京の見栄を総結集した駅直通の巨大ビル。その地下駐車場に車を停め、二人は降りた。
「また世話になったんで、北原さん何かおごりますよ。二万円の松坂牛なんかは無理ですけど」
「いやあ、いいですよ。自分で払います」北原は楽しそうに歯を見せて笑った。
一階のエレベーターホール脇。各店舗の自慢げな写真が並ぶパネルの前を、スーツ姿のカップルが何組も通り過ぎていく。
「しかし、今日は予想外のことが色々ありました」丸多の顔に、疲労と達成感が半々ずつ現れていた。
「本当ですね」北原が答える。「女の表向きの皮を剥いだら、怖いってことがわかりました」




