表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/65

1. 2019年3月2日(土)④

 (くだん)の〈美礼〉の動画とは別に、まるで並行世界からこぼれ落ちてきたような奇妙な動画がある。丸多は再び「美礼 シルバ 喧嘩」で検索をかけ、出てきた動画を開いた。


「やめて」ガラスを切るような女の声。白を基調とした屋内、金髪の男が無言で女の髪を片手でつかみ、そのまま床に力任せに組み伏せる。

 動画の長さは、さらに短く八秒。この映像に映っている男女はそれぞれ、〈シルバ〉と〈美礼〉であるように見えるが、何しろ画質が悪く断定はできない。


 誰かのいたずらだろうか。あるいは、この動画が示すように、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということになる。

 単なる若いカップルの痴話喧嘩であれば、これは注目すべき動画ではない。しかし、二人の男女が結果的に死を迎えている以上、無視することはできない。


 この短い映像は2018年10月に投稿されているが、きっと何度も転載が繰り返されたのだろう、この悶着の起きた具体的な日時は不明である。また、誰によって撮影されたか、出どころも定かでない。


「後ろぉ、手振って」突如〈美礼〉の声が聞こえ、丸多は体をびくっ、と震わせた。

 空耳ではない。現実の声だ。


 瞬時に丸多は、いよいよ自分も天国か地獄か、あるいはその他異世界から電波を受信するようになったか、と一種の諦念(ていねん)を抱いた。

 しかし、タブレットの画面を見直すことで、それが誤解であることを確認した。自動再生機能により、「関連動画」が勝手に始まっていたのである。


 タイトルは「美礼さんのオフ会に、デビュー前の東京スプレッドの姿が」。

 ちょうどいい。丸多も次にこれを観ようと思っていたところであった。これは動画サイトも示しているように、正に〈シルバ〉及び〈美礼〉の事件に深く関連している。少なくとも、丸多にはそのように思える。


「後ろぉ、手振って」ステージ上の〈美礼〉がマイクで声をかけると、観衆の中の後方に位置する人々が歓声を上げながら、手や光るサイリウムなどを振ってそれに応じる。

 見事な集客力ではある。

 自分には絶対にない才能だと、この(たぐい)の動画を観るたび丸多の心に感服と呆れの入り混じった感覚が走る。


 どこのイベントスペースかは明らかにされていないが、画面の中で千をくだらないであろう客たちがひしめいている。

 男女の比はほぼ半々で、やはり全員が年端(としは)も行かない中高生のようである。少なくとも、くたびれた背広姿の中年男性や、髪を紫に染めた年配の女性などは動画の中で確認されることはない。

 常にエネルギーを放射状に放つ彼らは、激しい化学反応のごとく、女王の一言一言に対し敏感に反応する。


「真ん中ぁ」〈美礼〉が叫び、中盤の群衆が同様に沸き返る。以降、「前列ぅ」「最後、全員」と幼い信奉者らを十分に盛り上げたあと、何の合図もなくかかったテンポの早いBGMに合わせて、〈美礼〉はねずみ花火のように踊り始めた。


 きっと音声加工ソフトによる音楽だろう、歌い手は気の抜けるような声で歌う機械の女性で、〈美礼〉ではない。〈美礼〉はあくまで音楽に合わせて、小刻みに踊るだけなのだが、その動作の根底には、観る者を安定して惹きつける熟練が備わっている。


 このイベントが行われた日、〈美礼〉は終始この調子で客を沸かせ続けたはずだが、動画の構成は途中からテキストと静止画のみに切り替わる。

 この動画はタイトルにもある通り、〈美礼〉の表現者としての資質に視聴者同士で感心し合うために、アップロードされたのではない。あくまで「あの集団」がこのイベントに足を運んでいた、という事実に焦点が当てられている。


 丸多は画面に触れ一時停止させ、映された一枚の画像を改めて睨んだ。これまで、他の事件関連のデータと共に何度となく眺めた()だが、今回も見飽きたと感じることはない。

 コンサート会場などで必ず見られる、ステージと観客を隔てる柵に沿って、最前列に陣取る〈東京スプレッド〉の面々が映っている。


 手前から赤髪の〈キャプテン〉、アフロヘアの〈モジャ〉、巨漢の〈ニック〉、そして、三人の後ろに小柄な〈モンブラン〉。もう一人、〈ナンバー4〉と名乗る人物が〈東京スプレッド〉のメンバーに含まれているが、今ここにその姿は収められていない。


 四人は揃って例外なく、化学発光した棒を持ち、有り余る精気を柵に押しとどめられながら、念願の玩具を初めて与えられた子供のように、光り輝く顔をステージへ向けている。


 丸多は再び動画を進めながら、事件に関連する事柄を今一度脳内で整理する。そして、それらの繋がりを初めて知ったときの、天啓による恍惚(こうこつ)にも似た刺激の残滓(ざんし)を感じつつ、一人頭の奥でつぶやいた。


 そう、こいつらが〈シルバ〉が殺されたとき、最も近くにいた知人男性(・・・・)らなのだ。


 この後動画が流れ続け、〈東京スプレッド〉のメンバーそれぞれの顔が、マウスドラッグで描かれたようないびつな円で囲われていく。そして、次の簡潔な文章が、フェードエフェクトにより現れては消えていく。


「今最も勢いのあるクリエイター、東京スプレッド」

「彼らの動画デビュー前の初々(ういうい)しい姿」

「憧れの美礼さんを前に、このはしゃぎよう」

「やんちゃな彼らにも、こんな一面があったと考えると」

「なんだか微笑(ほほえ)ましいですね」


 丸多はそこで動画を止め、再生画面下部の説明欄に目を移す。

 この動画自体の投稿日は2018年7月とあるが、そのすぐ下に「2017年4月に行われた、UMORE主催の美礼さん単独オフ会にて」という記載が見られる。


 丸多は一旦動画サイトを最小化した。そして、〈シルバ〉の事件が起きて以来何度も反復して行ってきた作業であるが、頭の中に構築された事件に関わると見られる出来事の連なりを、時系列の順になぞってみた。


 まず、2017年4月、〈東京スプレッド〉の連中が〈美礼〉のオフ会に姿を現す。次に、2017年5月、〈美礼〉が怪我をする。もしかすると〈シルバ〉が彼女に暴行を加えたのかもしれない。その一ヶ月後、彼女は腹部の怪我により息を引き取る。そして2018年8月、〈シルバ〉は山梨県山中で帰らぬ人となる。


 ―――メールだ。北原からだろうか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ