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6. 2019年3月23日(土)④

 〈ちょいす〉はかなり長い間机に顔を伏せていた。その間丸多は、スマートフォンで時間を計っていた。彼女が再び顔を上げるまで、実に一時間かかった。

 子供たちはいつの間にか姿を消していた。丸多らは特に何を話題にあげることもせず、黙って辛抱強く待機していた。


「帰ってなかったんですか」起きた後の〈ちょいす〉の第一声はこれであった。

「ずっとここにいました」丸多は何事もなかったように言った。


 〈ちょいす〉から腰を上げようとはしなかった。三人を奇妙な静寂が覆っていた。そこにもはや緊張はなく、軽くて乾いた空気が流れていた。


「もし」丸多は言った。「あの半裸の動画が未だに上がっていることを気にしてるんであれば、心配しなくてもいいですよ。きっと裁判所に言えば消してくれます。未成年者の動画であればなおさらです」


 丸多は意図的に性的な話題を避けた。〈ちょいす〉が黙っていた一時間、どのような言葉をかければ良いかずっと考えていた。彼女の心を崩壊させた出来事を掘り起こしたところで、覗き穴から覗く男の印象を与えるだけである。丸多は彼女が起きる数十分前に、そう結論づけていた。


「何はともあれ」丸多は立ち上がった。「とても有益な話を聞けたと思って、感謝をしています。本当はこんな新聞勧誘みたいなやり方は好きじゃないんですが、これをあげます。使わないことはないでしょう、是非持って帰ってください」

 机を回り込んで〈ちょいす〉に近づいた。


 砂のついた洗剤の箱を膝に置くと、彼女は拒まなかった。そして丸多は言い続けた。「それはプレゼントと言えばプレゼントですし、ただのその辺に売っている洗剤だと言えば、それ以上のものではなくなります。ただし一つだけはっきりさせたいのは、それは決してちょいすさんから受けた情報の対価ではない、ということです。『気持ち』という言葉も安易に使いたくありません。しいて言えば、『今、我々とちょいすさんとの間にあるもの』でしょうか。今日三人が出会い、我々とちょいすさんの間にあったものがたまたま、そのありふれた身近な商品であった、ということです。それが特に何か意味を持つかというと、誰にもわかりません。あまり深く考えないでください。いつかまたどこかで会うでしょう。根拠はないですが、そんな予感がします」


「ありがとうございます」

 〈ちょいす〉は言うと、箱を抱え、いかにも倒れそうな様子でよろよろと歩き出した。二人は細い背中が家々の影に消えるまで、じっと見守っていた。


「ほとんど北原さんの言う通りでしたね」丸多はシートベルトをしながら言った。

「何がですか」北原はいつものように、釣り上げられた魚のような顔でいる。

「ちょいすさんが、あの半裸の動画を上げた理由です」

「ああ」

「本人があんな形相で語っていたんで、きっと間違いないでしょう。彼女は高校卒業間近に、同学年の輩から悪質な被害を受け、そして年度が変わるか変わらないかの頃にあの動画を上げたんでしょう。後先を考えることもできず、錯乱した精神の勢いによって。上げられた正確な日付までは聞けませんでしたが、まあ大体の月日がわかればいいです」

「ちょいす、かわいそうだなあ」北原がフロントガラスを見つめながら言った。

「そうですね、進学も就職も考える余裕がなかったでしょうから」

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