6. 2019年3月23日(土)②
高速を降りると、素朴な街並みが広がった。オフィス街を縦に圧縮したような小ぶりな建物が、午後の日差しを浴びてのどかな空気を放っている。
前回の夜に沈んだ景色と比べると、行き交う人々の顔も穏やかに見えそうであった。丸多は駐車場のあるコンビニを探し、そこに車を停めた。
「高速使うと、やっぱり早いですね。先週の半分くらいの時間で着きました」
丸多は言いながら車から降りた。すると、北原も促されないうちに助手席から滑り出た。
「何か買うんですか」北原が訊くと、丸多は簡潔に「何か買うんです」と答えた。
北原が飲み物や菓子パンなど物色する間、丸多は日用品が並ぶ一角をずっと眺めていた。
「シルバさんの遺品の中に」北原が横に来たとき、丸多が尋ねた。「ちょいすさんの私物が残ってたんですよね」
「はい」
「それって歯ブラシでしたっけ」
「はい。でも、今はもうないと思いますよ」
丸多は北原の話を受け流すようにして聞いた。そして考えた後、洗濯用洗剤と油性ペンを手に取った。
買い物が済んだ後、丸多が下げる袋を見て北原が訊いた。
「丸多さん、食べ物買わなかったんですか」
「ああ、そういえば忘れてました」
丸多はそう言ったが引き返そうとはしなかった。彼はそのまま後部座席の扉を開け、そこに荷物を置いた。北原は棒立ちで、その様子を不思議そうに見守っていた。
橋井工務店の前に車を停めたとき、北原は「そういえば、ここも来たなあ」と、用のない卒業生のような声を出した。丸多は後ろの荷物を取って車から降りた。
「これで北原さんまでいれば、十分でしょう」
北原も助手席から出た。「ちょいす、俺を覚えてるかなあ」
丸多が先に外付けの階段をのぼり、その後に手ぶらの北原が従った。前回目にした禿げた塗装の扉はそのままであった。この扉の改築はこの店の優先事項の圏外にあるらしい、と再び丸多の頭に余計な事柄が浮かんだ。ただし、それは十分に日差しを照り返していて、初回に感じた禍々しさはいくらか薄らいでいた。
丸多は迷いない動作でインターホンを押した。それから、遠くを飛ぶ鳥が見えなくなるほどの時間で扉が開いた。不審者を迎える橋井まどかの態度も前回のままであった。
今回、ドアのチェーンは外されていた。
「何度も押しかけてしまい、すいません」丸多が言った。
「何ですか」マスクをかけた〈ちょいす〉が不機嫌そうな声で言った。
「シルバさんの遺品を整理してたら、ちょいすさんの私物が出てきまして」
丸多はそう言って、先ほど買ったばかりの洗剤を袋から取り出した。〈ちょいす〉は極めて緩慢な動作でそれを受け取り、何の興味もない様子でそれを眺めた。
その時間は、飛んでいた鳥がやがて卵を産み、しかもそれが孵化するのではないか、と思えるほど長く感じられた。
「これ私のじゃないです」〈ちょいす〉は紛れもない事実を口にした。
「裏を見てください」丸多は手を伸ばし、箱を裏返すのを手伝った。「ちょいすさんの名前が書いてあります」
それは、直前に丸多が書いたものだった。手書きの「橋井」という文字を見てすぐ、〈ちょいす〉は扉の外に箱を放り投げた。しかし、箱には封がされていて、中身は飛び散らなかった。〈ちょいす〉のその行動を見て北原が笑った。
「ちょいすさん、お時間は取らせません」丸多は全く気にしない様子で箱を拾う。「シルバさんのことで、少しだけお話を聞かせていただけませんか」
丸多は改めて事件と自分たちの関わりを説明し、さらに〈ナンバー4〉から事件当日の動画を観せてもらったことまで打ち明けた。
「ちょっと待っててください」〈ちょいす〉は静かな足取りで、一旦家の中に引っ込んだ。丸多はその背中に、「今日の予定なんてありませんよね」と言いかけたがやめた。やがて、上下スウェットの上に紫のウィンドブレーカーを着て、〈ちょいす〉は戻ってきた。
「裏にお客さん用の駐車場があるんで、車はそこに停めてください」
「ありがとうございます。助かります」
丸多は言われた通りに車を移動させてから、二人を連れて近くの公園へ向かった。




