4. 2019年3月16日(土)③
時刻は正午。丸多は市街地に戻り、近場のレストランの駐車場に車を停めた。
「また、先週みたいに御飯にしますか」と北原。
「それでもいいですよ。北原さん、ここで昼食取りたいですか」
「僕はどっちでもいいですけど」
通された席に着くと、丸多から話し出した。
「ここは、さっきの現場から最も近いレストランなんです」
「そうなんですか」
「はい、直線距離で大体十キロメートル離れてます」
北原は丸多の言葉から言外の意味を取り出せず、ぽかんとしている。
やがて、主婦らしいウェイトレスが注文を取りに来た。二人は「野菜たっぷり日替わりランチ」を注文し、さらにドリンクバーをセットでつけると百五十円お得になるということで、それも追加した。
ウェイトレスが注文を復唱してから去ろうとするとき、丸多が呼び止めた。
「お忙しいところ申し訳ありませんが、この人たちを知っていますか」
丸多が差し出したスマートフォンには〈東京スプレッド〉の五人が映っている。中年のウェイトレスは小さな画面を覗いた後、やや迷惑そうに知らないと言った。しかし丸多が、〈シルバ〉の事件と五人について手短かに教えると、彼女は手で口を抑えながらはっと息を呑んだ。
「ここには」丸多はいたって平然としている。「学生さんのアルバイトも何人かいるでしょう。事件当日、彼らを見たと言う従業員がいたら、後日でもいいのでこの番号に連絡を下さい」
丸多は常備している名刺を一枚渡した。その裏には、彼のメッセンジャーアプリのQRコードまで印刷されている。そして最後に、こう付け加えた。
「安心して下さい。変なナンパなんかじゃありません。向かい側の彼は、殺されたシルバさんの友人の北原遊矢さんです。本物です。嘘だと思ったら休憩時間にでもネットで調べてみて下さい。彼の顔も検索すればすぐ出てきますから。改めて、お忙しいところ、大変失礼しました」
ウェイトレスが行った後、ウィンクでもしそうな丸多が言った。
「一般人がむやみにこういうことをやるのは、本当はあんまり良くないですけどね。特に、お昼どきはお店の人たちも忙しいでしょうから。さて、ドリンクバーを頼んだから、ジュースでも注ぎに行きましょう」
北原は、丸多がウェイトレスと話す間ずっと、曲芸でも眺めるような、感心のこもる顔つきをしていた。
それから丸多は、レストランのときと同様、事前に調べておいた付近のコンビニ数軒でも名刺を配った。その場ですぐ目撃情報を得ることはできなかったが、やはり行く先々で北原の顔は捜査に合理性を持たせるのに大いに役立った。




