3. 2019年3月9日(土)⑤
「皆さん、その家に着いてから」丸多は話題を変えた。「当然中に入ったんですよね。そこでの様子というか、皆さん中でどのように過ごされたのか、お聞かせいただけませんか」
「最初は楽しかったよ」〈モジャ〉が言う。「家の周りは今言ったように、汚くて気持ち悪かったけど、中は意外ときれいでさ、割と快適に過ごせたよ。ニックとモンブランなんかは、はしゃいで相撲とってたし。蚊が鬱陶しかったから、スプレーでやっつけたけど」
「そう」〈ニック〉も口を開いた。「遊んでたら俺ら、シルバさんに怒られた」そう言う〈ニック〉の顔にはわずかな笑みが浮かんでいた。
「んで」再び〈モジャ〉。「玄関入ってすぐの扉から真ん中の部屋に入ってさ、撮影の準備して、そして、俺たちは左の部屋に荷物置いて、すぐに車で買い出しに行ったよ。ナンバー4だけ留守番で残ってもらって。ほら、何もないところで一泊するわけだから、水とか食料とかその他諸々の物が必要だったし。四人でもう一回街まで降りて行って」
「あの」ここでも丸多の疑問が湧く。「シルバさんは、そのときどうしていたんですか」
「ん?編集」〈モジャ〉は即答した。「しないといけない編集作業が溜まってるとか言って、真ん中の部屋に撮影用のカメラをセットしたあと、自分から右の部屋に引っ込んだ。その後のことは知らない」
ここを「大まかな説明」で済まされたくない。今日の会合において最も重要な点と言っても良い。丸多は、今にも自分を見限らんばかりの〈モジャ〉に、なおも食い下がった。
「シルバさんは自ら部屋に閉じこもったんですか」「そうだよ」〈モジャ〉が言う間、丸多は三人が座るソファーの前の床に、先ほどの図面を置いた。
「この質問は」丸多が改まった口調で言う。「報道機関含め各方面からされたと思うんで恐縮なんですが、シルバさんはその右側の部屋で、遺体で発見されたんですよね【図3a】」
「そう」〈モジャ〉がそれだけ答え、他のメンバー二人は黙ったままだった。丸多が続ける。
「シルバさんは午後5時以降のある時点から、部屋に鍵をかけて一人で数時間閉じこもった。そして皆さんが何らかの方法で右の部屋に入ったとき、死んだ状態のシルバさんを発見した」
丸多は一旦間を置いたが、誰も言葉を発しないので、思い切って事の核心をついた。
「これって密室殺人ですよね」
言った瞬間、丸多は後悔した。この発言を歓迎する者がそこに一人もいないことは明白であった。このとき部屋の凍りついた空気を吸うことで、喉に凍傷が起きるのではないか、と思った。
「驚いたなんてもんじゃなかった」場を執りなしたのは〈ニック〉だった。「俺らが買い出しから戻って来ても、シルバさんまだ部屋に閉じこもったまんまで、変だなと思ったけど、特に構わず、買ってきた弁当喰ったりしてたの。それで、まだ出て来ないし、午後8時くらいだったかな、俺ら中にいるシルバさんに声かけて、それでもシルバさん答えないから、これはさすがにおかしいってなって、それでドアを無理やり壊すと、中に」
ここで〈モジャ〉が横から腕を伸ばし、〈ニック〉の喋りを辞めさせた。そして言った。「丸多さんは何が言いたいの?」
丸多は瞬間的に北原の方を向こうとしたがやめた。もはや〈モジャ〉の射すくめるような視線に対して、ある程度の耐性が出来上がっていた。
「いえ、まるで超常現象のようだと思いまして。シルバさんが部屋に入り鍵をかけてから一体何が起きたのか、単に知りたいだけです」
「別に何もなかったよ」〈モジャ〉の様子はそれまでと変わらなかった。「言った通り、シルバさんが部屋に入ったきり出て来なくなって、あまりにも出て来るのが遅いから俺らでドアを壊したの。そしたら中に、息をしてないシルバさんが倒れてた。それ以外変わった様子はなかったよ。丸多さんはこう聞きたいんでしょ。『死体発見時、シルバさんの部屋の窓の鍵はかかっていたか』。そうだね」
もちろん、この「質問」は、今〈モジャ〉が勝手に出したものだが、丸多は特にそのことについて指摘せず、耳を傾け続けた。
「どうだった、ニック」〈モジャ〉は横を向いた。
「窓の鍵は」〈ニック〉はそう言って考える素振りを見せ、そのすぐ後、余計な間を作らないためか〈モジャ〉が一言、「蚊が飛んでいたから」と呟いた。
「そう、蚊が飛んでたから」〈ニック〉はそれを聞いて、まさに思い出したようなことを口にした。「窓は全部閉めたままでいたんだ。シルバさんも蚊が嫌だって言ってたから、入って来ないように自分の部屋の窓を閉めてたよ」
「シルバさん発見時はどうでした」と丸多。そして〈モジャ〉が言う。
「確かキャプテンがシルバさんの部屋の扉を壊す前に外に出て、窓をチェックしてた。あいつ、ああ見えて一応リーダーだからさ。そのとき、あいつ『窓には内側から鍵がかかってる』って言ってたはず。
それから、部屋に突入したあともあいつ、誰かが入った形跡がないか一通り調べてた、窓の鍵も含めて。その様子は俺ら四人も、真ん中の部屋の扉近くから見てたよ」
「それで右の部屋に誰かが入った形跡は全くなかった、と」
「なかった」
ここまでの彼らの死体発見時についての話を振り返り、丸多は頭の中で報道との矛盾がないことを確認した。そして、気を利かせたつもりで置いた紙片を回収し、新たに湧いた疑問を一点口にした。
「この、真ん中の部屋の黒く塗った扉は何ですか【図3①】」
「ああ、それ」〈モジャ〉はいつか見たような、人差し指で後頭部を掻くしぐさをした。「そこも鍵がかかってて開かなかったんだよ」
「ということは」丸多が言う。「その先がどんな様子だったかは、皆さん確認しなかった」
「うん」〈モジャ〉の面倒くさそうな態度は変わらない。「気にはなったけど、滞在したのは数時間だったし、シルバさんの死体を見つけてからは、当たり前だけどそれどころじゃなくなって、結局開けずに終わった」
それ以上話そうとしない〈モジャ〉の様子を確認して、丸多は紙片に未練がましい視線を投げながらも、それを鞄にしまった。
「それで、まだあるんですが」丸多は申し訳なく思う素振りを見せながら、再び連中の顔を眺めた。三人が嫌気を示し始めるのではないかと思ったが、いまだに飄然とする彼らの態度を確かめ、さらに話を進めた。
「シルバさんの死が発覚した後、家が突然燃え始めた、と聞きました。これはどういう」
ここでもやはり、〈モジャ〉が答えた。「倒れてるシルバさんを見て、俺らはまだ死んでないと思ったわけ。当たり前だよね、さっきまでいつもと変わらない会話をしていた人が、いきなり死ぬなんて思わないもん。それで、何が起きたかもわからないうちに」
「いきなり、窓の外に火の手が見えて」〈ニック〉が割り込み、さらに〈モジャ〉が説明を続ける。
「そう、シルバさんの部屋の外がオレンジ色に光って、急に焦げ臭いにおいがし始めて。それでこれはやばいってなって、シルバさんを担いだのはキャプテンとニックだったかな。二人がシルバさんの体を運んで、他の奴らも急いで外に出て、燃え上がるのは本当に一瞬だった。あのとき逃げるのが遅れてたら、俺らもどうなってたかわからない」
「今さら陳腐なことを訊いて恐縮ですが」と丸多。「出火原因は何だったんでしょうか」
〈モジャ〉が呆れたように息を長く吐いたあと、言った。「知らないよ。俺らタバコは吸ってたけど、それ以外の火の元は一切使ってないし。そもそも内部じゃなくて、外部から燃え出したんだよ」「未知の力でも働いた、と」
「さあね、そうかもしれない」
挙手でもしそうな勢いで、丸多がさらに問い詰める。「さっき、私が『超常現象のようだ』と言ったとき、たしかモジャさんは『別に何もなかった』と」
ここで、それまで黙っていた〈ナンバー4〉が言い出した。「家が燃え出したとき、救急車を呼ぶために、キャプテンたちは一旦街に降りるため、現場を離れたんです。現場周辺だと電波が届かなくて。俺とモンブランがシルバさんの様子見るためにそこに残ったんですけど」
「ただいま、お前たち」声がして、長身の〈キャプテン〉が入ってきた。後には小柄な〈モンブラン〉も続く。二人が加わることで、場の空気は一変した。
「あれ、遊矢じゃん」〈キャプテン〉は遊び道具を見つけたような顔をしていた。「お前、何やってんの」
「遊矢じゃん、久しぶり」〈モンブラン〉は言いながら、口の開いた板状ガムの包みを取り出した。「遊矢、ガム食べる?おいしいよ」
北原は愛想笑いを浮かべながら、差し出されたガムの一つに触れた。次の瞬間、北原は「痛っ」と叫びながら、素早く手を引っ込めた。それを見た〈東京スプレッド〉の一同は、遠慮なく笑い声をあげた。丸多はその光景を見て、それがガムなどではなく、触れた途端に電流が流れる古典的な玩具であることを知った。
「そうだ、遊矢」今度は〈キャプテン〉が卒なく言う。「カレー食べない?昨日のカレー余ってるんだけど」
すると〈モジャ〉が「カレーはさっきやったよ」と言い、〈キャプテン〉が「え、もう食べさせたの?」と間の抜けた声で返した。このやり取りの合間にも嘲笑の声が渦巻く。
「それの動画観る?」〈モジャ〉は先ほど撮影で使用したハンディカメラを取り上げた。
「観たい、観たい」〈キャプテン〉が言い、メンバーはハンディカメラを持つ〈モジャ〉の周りに集まった。
「最後まで観ろよ。ちゃんとオチあるから」〈モジャ〉が言ったあと、少しの静寂が流れた。そして数十秒後、再び爆笑が起こった。動画を観ない丸多にも、連中が動画のどの時点で笑い出したのか容易に想像できた。
「遊矢、ホントに吐くんじゃねえよ!」〈キャプテン〉は嬉しそうに叫びながら、腹を抱えて、そこら中を笑い転げた。そして、続けざまに〈モンブラン〉も大声をあげる。「そういえば、入った瞬間、何か臭いと思ったら、遊矢、お前か」




