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1. 2019年3月2日(土)②

 丸多はこの日の出来事を今でもよく覚えている。去年の4月中旬、しつこい寒気がようやく去り始める頃だった。

 この動画はやらせでも何でもない。少なくとも丸多にはそう断言する自信がある。


 丸多はこのとき、東京有楽町の交差点で、偶然撮影中の〈シルバ〉に声をかけたのだった。カメラを持っていたのが北原だったのだが、丸多はこの撮影者の存在には全く気づかなかった。

 休日に必ず訪れる抵抗し難い脱力感をまといながら赤信号にさしかかり、ふと左に目をやると、そこに背中の奇妙な状態をさらした〈シルバ〉の姿が飛び込んできた。最初は、その人物が動画クリエイターの〈シルバ〉であることに思い至らなかった。そもそもこの時点で、動画クリエイターとしての〈シルバ〉の存在を正確に認識していたか、丸多はよく覚えていない。


 ただ、背中が汚れていることを教えて彼が振り返ったとき、もしかして知名度の上がりつつある動画クリエイターの(なにがし)ではないか、と思い、当てのない期待感を覚えたことは、うっすらと記憶として刻まれている。


 その直後の〈シルバ〉らとのやり取りは、先のスナック菓子三つ分程度の刺激を(はら)む動画が示す通りである。交差点でクリエイターらと別れる際、年齢や職業など互いのパーソナリティに関わる短い会話をした。動画撮影を担当していた北原が、丸多の出演に関して丁重に礼の言葉を述べていたのも印象的であった。


 これが丸多と〈シルバ〉の時間軸上における唯一の接点であり、この動画クリエイターはそれから四ヶ月後、山梨県山中で死体となって発見された。犯人は未だ捕まっていない。

 何の前触れもなく出現した次のネットニュースは、丸多に少なくない衝撃を与えた。



 M新聞 2018年8月14日 15時44分

 動画クリエイターの男性、山中の家屋において変死体で見つかる


 山梨県警は13日午後9時頃、同県()()峠の中腹に位置する家屋で若い男性の遺体が発見された、と発表した。

 被害者の中田(ぎん)さん(26=東京都=)は、いわゆる動画投稿により広告収入を得る「動画クリエイター」で、知人男性らとともに、「心霊スポット」をテーマとした動画を撮影するために当該場所を訪れていたという。

 中田さんはハンドルネーム「シルバ」を用いて動画投稿活動をしていて、そのチャンネル登録者数は今年5月の時点で三十万人に届いていた。


 最初に遺体を発見したのは、知人男性らのうちの一人で、「懸命に蘇生を試みたが、息をふきかえすことはなかった」と話している。


 検死の結果、死因は(けい)部圧迫による窒息と判明。県警は凶器として「細いひも状のもの」が使われたとみている。また死亡から遺体発見まで一、二時間ほどが経過していた。


 さらに知人男性らは、「被害者は事件発覚直前まで家屋内の一室に、内側から鍵をかけて閉じこもっていた」、なおかつ「遺体発見直後に家屋から出火し、やむを得ず遺体を外に搬出した」とも証言している。


 実際に当該家屋は半焼しており、県警は今後、出火原因を含め殺人事件に至った経緯を詳しく調べていく。



 〈シルバ〉と直接会ってから丸多は、自分が映っている動画が一本含まれていることもあり、彼のチャンネルを中心に動画を再生する機会を徐々に増やしていった。そんな中、突然この事件を知り、丸多は類似の記事を(むさぼ)るように読んだ。〈シルバ〉が残した多くの動画も、それまでの心持ちとは全く異なる心境で()直した。

 〈シルバ〉と一度しか会ったことがないとはいえ、動画を開くたびに真相解明への情熱が、制御できない腫瘍(しゅよう)のごとく膨らんでいった。そのようにネット上の情報をすくっていくうちに、過去に〈シルバ〉の周りで起きた、数々の奇怪な出来事にも詳しくなっていった。


 ただし、世間の反応は丸多の気の高ぶりときれいに反比例していて、素っ気なかった。事件の第一報から三日間だけは各メディアも、青年の非業(ひごう)の死にわざとらしい嘆きを添えた。その間だけ〈シルバ〉は「高校時代、弓道で全国大会進出を経験した、前途有望な若者」などと表現された。


 成り上がりのクリエイターの突然死よりも、多くの視聴者数、閲覧数を稼げる話題が出現したあとは、急速に事件関連の記事は減っていった。犯人が捕まらない上、世間にはまだサッカーW杯の余熱が残り、さらに世界を主導するはずのアメリカ大統領がいつまでも酔っぱらいのように暴言を()き散らすとあっては、それは無理もないことであった。あくまで国内で有名になりかけた人物が殺害されたことを、世間がいつまでも気にし続けるはずはなかったのである。

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