0.3秒の運命の選択肢
徒歩十分があっと言う間に感じられた。
もう学校か……。
俺はいつの間にワープしたんだ?
樋笠さんとどんな会話を交わしたのか――記憶にございません。では、なくて本当に覚えていない。緊張のあまり、俺は昨日見たニュースを喋っていたような。
「も、申し訳ない。時事ネタなんてつまらないですよね。謎の失踪者の話なんて」
「ううん、そういう事件とか知っておくべきだと思う。というか、やっぱり霧島くんは真面目なんだね」
嫌味を感じない柔らかい笑み。
単純に尊敬しているよという眼差しだった。
そう思いたい。
教室へ辿り着くと、あとはいつもと変わらない日常が始まった。
ホームルームが始まり、授業が続いていく……。
特別だったのは朝だけだったのかもしれない。
それでも十分すぎる貴重な経験をした。
きっともう樋笠さんは俺に話しかけてくることはないだろう。
勝手にそう思っていると……昼休みになり、樋笠さんがこちらをチラチラ見ていた。なにか言いたげな……そんな表情だ。
ま、まさか……俺と?
いや、俺ではなく後ろの席の誰かだろう。そうだ、勘違いするな俺。もう夢を見るだけ無駄なんだ。
念のため振り向いてみると、背後には誰もいなかった。
……あ、やっぱり俺だ。
どうしたものかと0.3秒ほど悩む。
そうだな……話すだけでも。
「樋笠さん、俺になにか用です?」
「う、うん。その……よければ一緒にお昼食べない?」
「へっ!?」
意外すぎてヘンな声が出た俺。
教室内の同級生が何事かとこちらに視線を向けてくる。……うわ、恥ずかしい。
「そんな驚くだなんて」
「すみません」
「謝る必要はないよ。ところで霧島くんって、いつもパンでしょ」
「知っていたんですね」
「うん、たまに食べてるところ見かけるし。わたしも少食でパンだから、見晴らしのいい屋上でどうかな。ジュースくらい奢るよ~」
俺はいつも教室内で孤独に食事を済ませていた。稀に陽キャの男子が一方的に話しかけてくることもないこともないけど、その程度だ。
女子とお昼だなんて奇跡は今までゼロ。
誘われることも一生ないと思っていた。
これは神が俺に与えてくれた好機なのか……?
もちろん、断る理由などない。可愛い女子からのお誘いだ。
「飲み物は俺が奢りますよ」
「じゃあ、決定だね!」
教室を出てそのまま一階の食堂にある自販機へ。
スマホで接続完了。
この自販機は電子マネーで支払いできるのだ。
「なにがいいです?」
「え、本当にいいの?」
「好きなのを一本どうぞ」
「霧島くんって優しいんだね。ありがと」
樋笠は紅茶を購入した。
俺は缶コーヒーだ。
飲み物をゲットしたところで、屋上へ。
一階から屋上まで階段を上がっていく。
もうすぐで屋上というところで、樋笠さんが足を滑らせていた。
「危ない!!」
咄嗟の判断で俺は、樋笠さんの右手を引っ張った。
「あ……あはは。ごめん、なんか足が滑っちゃった」
「後ろに転倒していたら、頭を打っていましたよ」
「でも、霧島くんが助けてくれたから」
「そ、それは当然です」
なんだろう……樋笠さんの宝石のようなキラキラした眼差しは、俺の鼓動を加速させる。おかげで顔がマグマのように熱い。
「お財布も、今回のことも助けて貰ってばかり。本当にありがとね」
「たまたまですよ」
「そんなことはない。だって、わたしは感謝してるから」
ニコッと微笑む樋笠さん。
……俺の心の中だけ、狂気の乱舞状態だ。ああ、正直叫びたい。歓喜のね。
「そ、そうですか」
「ところで右手なんだけど――」
「んぉ!?!?」
今気づいたけど、俺ずっと樋笠さんの右手を握っていた――!?
無意識すぎてまったく気づかなかった。
けど……気分は最高だ。
これがいわゆる幸せってヤツなのかなぁ。