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8 コーデリアの幸せ

本日二回目の投稿です。


コーデリア視点です。

 コーデリアが王都へ戻ると両親が待ち構えていた。

 今後の生活について話し合うためだ。

 アップルトン家は、今、醜聞にまみれている。前妻であるセシリアに娘が生まれたことで、アレックスの不妊とマッカン侯爵夫人による嫁いびりの噂が広まっているのだ。

 その噂を鎮めようという意図なのか、バーロウ家に慰謝料が支払われた。

 持参金も無事に返還された。驚いたのは、アレックスの個人資産の一部が持参金に上乗せされていたことである。

 短い手紙には「すまなかった」と謝罪の言葉が綴られていた。これが母親に逆らえなかったアレックスのせめてもの誠意なのだろう。


「おまえに釣り書きが届いているよ。帰ってきたばかりで疲れただろうから、後日改めてこの話をしよう」


「離婚早々に結婚の申し込みがあるなんて有難いことね」


 娘の行く末を案じていたのだろう。バーロウ子爵夫妻は、ほくほくと嬉しそうに笑っている。自分たちのように幸せな結婚をして欲しい。そう願っているのだ。

 コーデリアは、そんな両親に独りで暮らしたいとは言い出せなかった。

 説得するにしても、まずは準備を整えてからにしようと、翌日、こっそりダニエルの友人の弁護士事務所へ向かった。


「ダニエルから、コーデリア嬢の話は聞いてますよ。はい、これが鍵と契約書。何かあったら言ってください。うちの事務所はアフターフォローが万全なんです」


 人懐っこい笑みを浮かべた弁護士に説明されてから、家の鍵を受け取る。

 コーデリアは、自分だけの城を手に入れ、胸がドキドキと高鳴った。

 居ても立っても居られず、家へ急ぐ。

 望まぬ結婚を押しつけられそうなら家出すればいい。とりあえず新しい住居に必要なものを確認するだけだ。そんな言い訳じみたことを考えながら。


 コーデリアは逸る気持ちを落ち着かせ、辻馬車を降りた。ゆっくりと鍵を回す。ガチャリと音がして扉が開いた。


(家を間違えたかしら?)

 

 恐る恐る居間に足を踏み入れる。

 内見の時に見た備え付けの調度が、一新されていたのだ。

 古びたソファがブラウンレザーの座り心地が良さそうなものへと変わり、真新しい白いレースカーテンが窓を飾る。そこから見える庭は美しく整えられ、金木犀のオレンジ色の花が咲いていた。

 

「素敵……」


 思わず呟く。

 その直後、カチャッと近くの扉が開く音と人の気配がした。「ココ?」と呼ばれ、コーデリアは振り返った。


「お帰り、ココ。待ってたよ」


「ダン?!」


 なぜここに? と驚いた顔で、口をパクパク動かすコーデリアをダニエルが抱きしめた。


「酷いなぁ。僕に黙って王都を発つことはないじゃないか」


 ぎゅと腕に力がこもった。


「奥様が王都入りしたって聞いたから、もう会わない方がいいと思ったの」

 

 顔が胸に押し当てられ、何とかモゴモゴとした声を発する。

 ダニエルのシャツからは、コーデリアの好きなあの葉巻の匂いがしている。苦くて甘い愛の香りだ。

 その瞬間、まだ死にたくないと思う。

 コーデリアの中で何かが変わったのだ。抱きしめられた今この時だけが、自分のすべてだと感じていた頃とは。


「ココ、僕は――――」


「ホテルで奥様に会ったわ。離縁したって」


 ダニエルの腕が緩んだ。渋い顔をして「しょうがない人だなぁ」とぼやく。


「好きな人がいるって言ったら興味津々でさ、嫌な思いをさせてたらごめん」


「ううん、会えてよかった。わたくし、ダンのことを幸せにしたいと思ったもの。こんな気持ちになったのは、生まれて初めて」


「ココ、それは僕のセリフだろう?」


 ダニエルは困った顔をする。


「いいの。わたくしが言いたかったの」


「よくないよ。そろそろ僕にも愛してるって言わせてくれ」


 ダニエルが、コーデリアの手首にチュッとキスをする。そのまま手を引き寄せ、家の中の案内を始めた。コーデリアは黙ってついて行く。

 広いキッチンはピカピカに磨かれ、食堂のテーブルも新しいものになっている。メインのベッドルームは手付かずだが、他の部屋にはそれぞれ天蓋付きのベッドが入れられていた。

 

「家具はほとんど入れ替えたんだ。どう?」


「素敵。わたくしの好みだわ」


「そう、よかった。君を迎える準備が終わるまで結婚は認めないと、バーロウ子爵に申し渡されているから必死だったんだよ。あとは寝室だけ。ここだけはココの意見を聞いてからにしようと思って」


「結婚?」


「お父上から聞いてない? ヒックス伯爵家からバーロウ子爵家に、釣り書きが届いているはずだよ」


 正式に縁談を申し込んでくれていたのだと思うと嬉しさが込み上げ、コーデリアは泣きそうになる。


「縁談があるとは聞いたけど、王都に着いたばかりで詳しいことは知らないの。それじゃあ、わたくしは、ずっとあなたを愛してもいいの?」


「だから、それは僕のセリフだって」


 ダニエルは苦笑する。


「だって、言いたいんだもの」


「ココ、愛してる。僕は君より十歳も年上で、離婚歴ありの(バツイチ)子持ちで爵位もないけど、力の限り幸せにすると誓うよ。だから結婚して欲しい」


「ええ、わたくしも――――」


 わたくしもあなたを幸せにしたい――――コーデリアのセリフを奪うように唇が重ねられた。


 何度もキスを交わした後、コーデリアはダニエルに送られて子爵邸に帰った。

 求婚の承諾を得たことを報告するダニエルに、バーロウ子爵は「君はせっかちだね。まだ娘に話していなかったのに」と呆れた顔をした。


「私たちがアップルトン家に抗議できずにいたところをダニエル様が、マーロー公を介してホテルに招待してくださったのよ」


 コーデリアは母親の暴露で、まだ社交シーズン中で離婚が成立していなかったのに、すんなりとアップルトン家を出られた理由に納得がいった。公爵の招待では、マッカン侯爵夫人も反対できない。


(ああ……きっとダンは……)


 ダニエルが、バーロウ家の名誉を守るために一肌脱いでくれたのだ。それは、今まであまり社交場に出られなかった元妻を、社交界の華であるセシリアと引き合わせる一挙両得を狙ったものでもあるのだろう。


「マーロー公爵はワイン愛好会の会員で、ヒックス家所有(うち)のワイナリーのお得意様なのです」


 涼しい顔で受け答えるダニエルは侮れない。

 今、手に持っている家の売買契約書もそうだ。伝手で特別価格とは聞いていたが、売り主がダニエル本人で、最初に提示した額よりずっとずっと安いリンゴ一個分の値段だったのだ。

 コーデリアは、知らない間に外堀を埋められていた。

 


 新居のベッドルームの改装が仕上がる頃、二人は結婚した。

 ダニエルは弁護士として働いている。

 家政婦は二人。そのうちの一人はエリンだ。

「再婚してよかったですよ。やっぱり、お嬢……奥様に独り暮らしはムリです」と、家事が苦手なコーデリアに対して相変わらず言いたい放題である。


 ある日、コーデリアは、ふとした疑問を口にした。


「ねえ、ダン。ここに一緒に住むのなら、わたくしが家を買わなくてもよかったんじゃないかしら?」


「僕の方が年上だからココより早く死ぬかもしれないし、遺産トラブルとか、何が起こるかわからないだろう? 君の名義にしておけば、ずっと安心して暮らせると思って」


 法律家らしい愛情の示し方である。と同時に、離縁される時、不安にかられて真っ先に欲したのが安住の場所だったことを思い出した。

 自分の居場所。

 この家こそがそうなのだと、コーデリアは、旨そうに葉巻をくゆらせる夫を見つめ、しみじみと思った。

 

次回、最終話になります。

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