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6 アレックス・アップルトン ~マザコン夫の顛末

本日三回目の投稿です。


コーデリアの夫視点になります。

 アップルトン家は、貴族の中の貴族だ。

 上手く領地を治められずに没落したり、官職にあるだけの土地を持たない貴族、大商人などが新たに爵位を与えられる場合もあり、先祖代々の土地と財産を守り生活する昔ながらの貴族は、時代と共に減りつつある。

 由緒正しく広大な領地を誇るマッカン侯爵は、王族に連なる公爵を別格とすれば、一二を争う大貴族と言えるだろう。

 そのアップルトン家の悩みは、跡継ぎのアレックスに子ができないことである。

 このままでは、いずれアレックスのはとこの嫡男に爵位が移り、土地や財産が顔も知らない親戚のものとなってしまう。

 マッカン侯爵夫人の莫大な持参金もその中に含まれるとあって、それがどうしても我慢できないのだ。


 母親に言われるがままに三年間連れ添った妻との離婚が決まり、新たに伯爵家の三女と見合いをしたアレックスだったが、実は、かなり堪えていた。

 休む間もなく親の駒として扱われ、気持ちが追いつかない。一回りも年下の令嬢に気を遣うのもストレスだった。

 まだ離婚が成立していないのに、お見合い(婚活)なんて今やることなのか? と思う。

 

「持参金が相続されるのは、自分が死んだ後のことなのに、母上は気にし過ぎなんだよな。顔も知らないったって、はとこは外国に赴任中で、子どもはまだ三歳だよ? はぁ~、こんな生活はもう嫌だ」


 しかし、母親には逆らえないのである。そう育てられた。

 以前までは、妻のコーデリアの魔法で心身共にスッキリ癒されたものだが、今は寝室も別になり屋敷内で顔を合わせることもなくなった。それに、別れる予定の妻に甘えるほど、アレックスは厚顔ではなかった。

 仕方がないので、コッソリと貴族御用達の高級娼館へ足を運び、愚痴を並べることにしたのである。


「あらまあ、それでは誰だって嫌になりますわぁ。伯爵様もタイヘンですのねぇ。さぞかしお疲れでしょう」


「そうなんだよ。本当に疲れるんだよぉ」


 ここには、美しさと知性を兼ね備えた選りすぐりの娼婦たちが揃っている。

 一緒にお茶を飲むだけのサービスもあり、どんなにつまらない話や愚痴にも嫌な顔一つしないプロフェッショナルたちであった。


「お可哀相に。わたくしが肩をもんで差し上げますわ♪」


「えっ、いいの? チェルシーちゃん!」


「アレックス様()()()()ですわよ?」


「う、うん!」


 テーブルのお茶が、いつの間にか高価なブランデーに替わっていた。アレックスは、ほろ酔いである。

 肩をほぐされているうちにすっかり気分がよくなり、娼婦の手管に絡め取られて朝を迎えるのが、このところのお約束であった。



 ◇◇



 最初の妻セシリアは、ベント侯爵の長女で、金髪碧眼に透き通るような白い肌をした美女であった。こんなに綺麗な人が自分の妻になるのかと、当初、アレックスは度肝を抜かれたものである。

 離婚後の彼女は、亡くなった妻との間に息子がいる十二歳年上のマーロー公爵の後妻となった。

 子どもがいる男の妻となったのは、セシリアには子が産めないとみなされたからだが、マーロー家は名門なので、再婚先としては上々である。政略結婚なのかもしれない。

 アレックスが、そんなふうに前妻のことを思い出したのは、三年ぶりに社交界へ復帰したセシリアを目の当たりにしたからだった。


 セシリアは社交界の華だ。

 久しぶりに見た前妻は慈愛に満ちた表情をしており、あでやかさが増していた。

 四十近いとは思えないほど若々しいマーロー公爵とワルツを踊る姿に、アレックスは目が釘付けになった。

 アレックスは、今日も伯爵令嬢をエスコートしている。

 もう夫婦同伴で社交場に出ることすらない。だが、妻をほったらかしにする罪悪感を抱えなくて済むだけ気が楽だった。


「お久しぶりですわね、アップルトン伯爵」


 伯爵令嬢を気遣うことも忘れてぼうっと呆けていると、いつの間にかダンスを終えていたセシリアに声を掛けられた。

 マーロー公爵は、隣にいる自分の妻に蕩けるような笑みを向けている。

 政略結婚などではない。セシリアはマーロー公爵に選ばれたのだと、アレックスは思った。


「お久しぶりです、マーロー公爵夫人。……閣下も」


 なんとなく気まずい。わざわざ夫婦揃って、前夫に話しかけるとは酔狂だ。

 アレックスの考えを見透かしたように、セシリアはゆったりと優雅に微笑んだ。


「どうしても直接報告をして、汚名返上したかったものですから」


「汚名返上ですか」


「ええ。わたくし、あなたと離縁する時に『産まず女』の不名誉を被ったでしょう? あれにはずいぶんと傷つけられました。姑だったマッカン侯爵夫人にも、まるで欠陥品のように扱われましたわ。聞くところによると、また離縁なさるとか」


「……ええ」


「残念ながら、お子ができないのは、おそらく夫人のせいではありませんわよ? その証拠に、わたくしは娘を産みました。妊娠出産のため、これまで領地で休んでおりましたの」


 セシリアの高らかな声がフロアに響きわたった。

 ガンッと頭を殴られるような衝撃に襲われ、アレックスは身動き一つできない。

 周囲が騒めく。

 王太子の長男が四歳になる。マーロー公爵家に娘が誕生したとなれば、将来の王太子妃になる可能性があった。

 貴族の誰もが、セシリアとお近づきになりたいと算盤を弾く。彼女の出産は社交界の話題を攫い、ついでのようにアレックスの不妊症を噂するだろう。母親の嫁いびりも広まるかもしれない。

 

「次の被害者が出る前にと思いましたのよ」


「君は優しいからな」


 マーロー公爵は、優しくセシリアの腰を抱く。そして、チラッとアレックスの陰に隠れている伯爵令嬢を見やった。


「それにしても離婚前に堂々と()()とはね。紳士淑女の振る舞いとは思えない」


 謗りを吐き捨て、二人は踵を返して去っていった。

 こうして見事、セシリアは汚名を(そそ)ぎ、アップルトン家に復讐した。

 一部始終を見ていたマッカン侯爵夫人は真っ青だ。侯爵家と言えども、筆頭公爵のマーロー家には太刀打ちできない。元嫁と立場が逆転したのだ。

 アレックスはこの期に及んで、ただ、セシリアの後ろ姿を見送ることしかできなかった。


 フロアで、マーロー公爵夫妻とオールストン伯爵夫妻が親しげに話している。

 あの男だ、とアレックスは気づいた。

 コーデリアを放って『婚活』している間、妻とダンスを踊っていた男。ダニエル・オールストン。

 あの時も酷いことをした。母親の嫌がらせとも知らず、言いつけ通りに伯爵令嬢のもとへ急いだ。親に促され、同伴の妻より先にダンスを踊り面目を潰したのだ。

 後から不味いことをしたと青くなったが、コーデリアが子を産めなかったから仕方がないのだと自分に言い聞かせて誤魔化していた。


(馬鹿だなぁ、これだけ長く子宝に恵まれなければ、誰が原因か想像がつくのに)


 ふとあの男と目が合った。お前は愚か者だと笑われているような気がした。



 その後、アレックスは伯爵令嬢と婚約することはなかった。医療機関の検査で、再婚しても無駄だとわかったからだ。

 マッカン侯爵夫妻は意気消沈している。


 アレックスの娼館通いは続いていた。


「チェルシーちゃん、ちょっと聞いてよぉ」


「あらあら」


 母親はいい顔をしないが、これくらいの息抜きは許されるだろう。

 従順な息子のささやかな反抗。

 アレックスは、紅茶の代わりに差し出された高級ブランデーを、いつものように素知らぬふりで口へ運んだ。

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