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おもしれー女

 校舎中をうろついてようやく発見したのは、人気のない裏庭。

 学校名や制服、生徒の髪色こそ、世間や普通なんていう言葉とはかけ離れた雰囲気だったが、校舎自体はいたって普遍的な前世の俺の通っていた中学や高校と大差ない造りとなっていた。学校という機能においては、俺の常識が通用するようで一安心だ。

「はぁ……。ぼっち飯か……」

 木々の間から差し込む太陽光が眩しい。風は少し冷たくて、春の陽気を感じさせられた。

 俺は比較的綺麗な木の根元に腰を下ろし、弁当を広げる。

「にゃあ」

 学校にそぐわない鳴き声が、校舎のほうから聞こえてきた──子猫が、木陰からのそのそ、こちらに向かってくる。人を恐れていない。俺のすぐそばまでやってくると、ころんとお腹を空に向けて寝転んだ。三毛猫のメスだった。

 か、可愛い……!

 餌が欲しいのだろうか。こんな風に愛想を振りまけば人間から餌をもらえるなんて、誰から教わったんだ──まったく、その通りである。

 猫が食べても害のなさそうな食べ物が入ってないか、弁当の中身を物色するが──冷凍食品のオンパレードで、いかにも猫が腹を壊しそうなラインナップだった。冷凍食品が悪いわけではないが、動物に与えるとなると話は別である。

「ごめんな、お前が食えそうなもん、持ってないや……」

「にゃあ〜!」

 俺の言葉がわかるかのように、猫は不服そうに鳴いた。

「そんなこと言われても、お前も腹壊したくはないだろ……?」

「にゃお〜ん!」

「えぇ……」

 猫相手に一生懸命説明するが、鳴き声はさらに強くなるばかりだ──どうしたもんか、今からコンビニにダッシュして、猫用のミルクでも買ってこようか。そう思わせるほどに、この猫は愛らしく、威圧感があった。

「にゃにゃぁ〜ん!」

「わ、わかった! ちょっと待ってろ……」

 俺が猫の圧に負けて、通学路で見かけたコンビニまでダッシュしようとした、そのときだった。


「うるっせーなぁ!!」


 頭上から、男の声が降ってきた──否、声だけではなく、男が降ってきた。木の上から。

 華麗な着地を決めた彼は、見るからに不良──ツンツンとした赤髪、着崩した制服、ネックレス。おまけに高身長。攻撃的なつり目で、ギロリと俺を睨みつけた。

「人が昼寝してる下でギャーギャー、うるせぇんだよ」

 低音ボイスが俺を脅すが、俺の心はツッコミの嵐が吹き荒れていた。

 ……木の上で昼寝? いつの時代の少女漫画だよ。しかも猫と喋ってただけなんだから、そんなにうるさくなかっただろ。むしろ、うるさかったのは猫のほうだ。怒るなら猫を怒れ。

 ──などと、言い返したところで、女の俺とガタイのいい長身の彼では、力の差は歴然としているので黙っておく。

「……あ? なんとか言えよ」

 何か言ったら、怒りがヒートアップしそうな気配がビンビンであるくせに──赤髪の不良は、俺にガンつけたまま、ぐいっと顔を近づけてきた。くそ、整った顔立ちをしてやがるぜ。イケメンは滅びろ──

 ……ん? 

「お前、どっかで会ったことないか?」

 高身長、赤髪、つり目──まただ、デジャヴだ。今日これで何回目だ?

 絶対に、こいつはどこかで見た覚えがある。

 俺の問いに、赤髪の不良はあからさまに不愉快そうな顔をした。

「はぁ? お前みてぇな芋くせぇ女、知らねぇよ」

「い、芋くさい!?」

 ピンク髪のどこが芋くさいっていうんだ! なんなら今の俺は美少女だが!?

 初対面で失礼すぎる言い草。さすがの俺もカチンときた。

「木の上で寝てるほうがダセェだろうが! 昔の少女漫画かよ!」

「んだとぉ!?」

 側から見れば、鼻と鼻が擦れそうなくらいの距離でガン飛ばし合う男女だ。戦いが始まったら、どちらが勝つかは一目瞭然だろう──そんな最中だというのに、俺の中でまた、デジャヴがよぎっていた。

 ……少女漫画?

 自分で口走っといてなんだが、これ、かなりのキーワードな気がする──


「……女子にまでカツアゲするのは、あんまり感心しないよ──鬼塚」


 一触即発の空気を切り裂いたのは──不良ほど大きくはないが、またしても長身の男子生徒だった。サラリとしたアクアブルーの髪、ピシッと整った制服、伸びた背筋。不良生徒と正反対のいで立ちの男子が、俺たちの横に立っていた。

「伊集院、テメェ、何しにきた」

 赤髪の不良──もとい、鬼塚の矛先が、俺から水色ヘアの彼に向く。伊集院と呼ばれた真面目そうな男子は、特に身じろぎもせず、慣れている様子で鬼塚の視線を受け流した。

「……何しにって、校内パトロール。お前みたいな不良生徒から、普通の生徒を守んなきゃ」

「はっ! 生徒会長様はご苦労なこって」

 吐き捨てる鬼塚。

 見た目通りというか、伊集院は生徒会長らしい──ということは、三年生か。

 ……ん?

 生徒会長と……仲が悪い不良……?

 伊集院と……鬼塚……、クラスメイトの亜矢瀬……。

 少女漫画……、木の上で昼寝……。

 ──あっ。

 点と点が線になった感覚が、俺の脳天をぶち抜いた。

「ああああああああああっ!!」

 ……思い出した!

 こいつら、昔、姉ちゃんから借りて読んだ少女漫画に登場するキャラだ!

 不良の鬼塚と、生徒会長の伊集院、それからクラスメイトの亜矢瀬!

 そんで、俺は、その少女漫画の主人公でありヒロイン、早乙女乙女!

 つまり、俺は──!


 少女漫画のヒロインに転生しちまったってことか!!


 急に大声を出した俺に、高身長の二人組がびっくりした表情で俺を見つめていた。

「な、なんだよ急に……」

「驚かせないでよ……」

 とち狂ったのか、とでも言いたげな二人の視線を浴びせられる。

 しかし、こっちはそれどころではなかった──思い出せ、はるか昔、小学生の頃に途中まで読んだ少女漫画のストーリーを!

 確か……確か……、寡黙でクールな生徒会長と熱い不良。犬猿の仲の二人が、俺を取り合う話だったはずだ──最終的にどっちとくっついたかは、最後まで読んでないから、わからないが。

 すなわち、このまま流れに身を任せていたら、こいつらに迫られちまうってことか……!?

 男に迫られるなんて、俺は絶対に嫌だ!!

 まだ彼女ができたことも、告白したことも、されたことも──女の子と手を繋いだこともない!

 それが──それが、こんなところで、イケメンORイケメンの選択を求められるなんて……!

 俺が体験したかった非日常は、こういうことじゃないんだ!

「お、おい……」

「大丈夫……?」

 突如として叫んだかと思えば、頭を抱え始めた俺を本気で心配し始めた男二人が、そろそろとおっかなびっくり俺に手を伸ばした──俺はその手を払いのける!

 そして、二人に人差し指を突きつけた。

「いいか! よく聞け!」

 伊集院と鬼塚は俺に圧されるがまま、素直に黙った。


「俺は! 絶対に! お前らのことを好きにならない!!」


 はぁはぁ、と息切れしてから、とんでもないことを言ってしまったことに気づく──こいつらを本気で怒らせたら、俺なんて少女はひとたまりもない。

「じゃ、じゃあ、そういうことだから!」

 突然のこと続きで二人がまだ呆然としているのをいいことに、俺は食べかけの弁当を拾って、さっさとその場から退散した。

 好きにならないって宣言する少女漫画のヒロインなんていないだろ……!

 まぁ、知らんけど!

 まぁ、知らんけど!


☆☆☆


 伊集院と鬼塚は、走り去っていく早乙女の後ろ姿を、ただ見送ることしかできなかった。

 二人とも、そのよく整ったルックスで、女子から言い寄られた回数は両手両足では数え切れず、バレンタインデーなどは、ほとほと憂鬱なイベントでしかない──そんな人生を歩んできた。

 女子に好意を寄せられた経験は星の数ほどあれど、わざわざ面と向かって『好きにはならない』と宣言されたのは、初めてのことで──

「なんだ、あいつ……」

 と、鬼塚はつぶやいた。心なしか、その口元は笑みを浮かべている。


「おもしれー女……」


 鬼塚の言葉に、伊集院が小さく頷いた。

「……ふふ、うん。今日ばかりは、お前に同意するよ」

 犬猿の仲の二人だったが──このときだけは、意見が合致したのだった。


☆☆☆


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