男子高校生だった俺、女子高生として生きていく。
金髪縦ロールの美少女は、『綾小路麗華』という名前らしい。車の送り迎えもさながら、名前からも気品が溢れており、名は体を表すとはまさにこのことだった。ついでに金も持っていそうだった。
綾小路のおかげで、俺は迷いなく自分の席に着席する──これで、腰を据えてじっくり持ち物を精査できるってもんだ。
教科書は見覚えのあるものばかりで、高校一年生の模様。黒板の日付からするに、まだ四月。入学して一週間ってところだろうか。ノートに書かれた字は丸文字。真剣に板書を書き写している。蛍光ペンや色ペンを多用された、いかにも女子らしい華やかなノートだった。
早乙女さん、と彼女に呼ばれていたから、俺の名字は『早乙女』なんだろうと察しはついていたが──教科書やノートの名前欄を見る限り、フルネームは『早乙女乙女』というらしい……。
……冗談だろ?
どこかの作家のペンネームか、SNSのふざけたハンドルネームみたいな名前──と、ここまで鼻で笑ってから、ふと既視感がちくりと後頭部を刺した。
この名前、どこかで……?
「早乙女さん、落としたよ」
まだ呼ばれ慣れていない本名を呼ばれて、顔を上げる──隣の席の男子が、俺のピンク色の消しゴムを差し出していた。拾ってくれた彼の手からそれを受け取る。
「あ、ありがとう……えっと……」
「……亜矢瀬だよ、亜矢瀬湊」
男子は面倒くさそうに、そう名乗った──お礼を言いつつも、相手の名前がわからないでいる俺を見かねたのだろう。
眠そうなタレ目、ふわふわの癖毛、ミルクティーみたいな色の髪の毛──亜矢瀬湊は、子犬のような子猫のような、どっちつかずのつかみどころがない男子だった。
「入学して一週間経つのに、まだ隣の席のクラスメイトも覚えてないの?」
「……ごめん」
……なんだ、こいつ。
それが、亜矢瀬に対する率直な感想。
確かに名前を知らない俺が悪いかもしれないけれど──わざわざ嫌味っぽく言わなくてもよくないか?
「別にいいけど……。ふわぁ……ねむ」
小顔から繰り出される大きなあくび。日光がほどよく降り注ぐ窓際の席。絶好の昼寝スポットとばかりに、亜矢瀬は机に突っ伏してしまった。三秒後には穏やかな寝息が聞こえてくる。
言うだけ言って寝落ちする亜矢瀬を、俺はまじまじと見てしまう──こいつにも、どこか既視感を覚えたからだ。
でも、どこで……。
記憶の糸を手繰り寄せていくが、いまいちピンとこない。
そうこうしている間に、担任と思われる女教師が教室に入ってきた。見計らったように流れる始業のチャイムとともに、クラス委員らしき生徒が号令をかける。
「きりーつ、れーい」
かくして、俺の二度目となる高校生活が、幕を開けてしまった。
男子高校生だった前世から──今度は、女子高生として。
幸い、午前授業は座学だけだった。周りの様子を伺うことで、どうにか無難に授業を受け切ることができた。
昼休みになり、お母さんに持たされたお弁当をスクールバッグから取り出す。これまた可愛らしいピンク色のお弁当入れだ。
「あの……早乙女さん?」
「はい?」
鈴が鳴るような声が、俺の名前を呼んだ──綾小路が、お弁当を両手で持ったまま、にこやかに俺を見つめていた。
「よかったら、わたくしたちと一緒に食べませんか?」
「えっ」
綾小路の言う『わたくしたち』というのは──女子グループのことだった。彼女の後ろで机を四つ集めてグループ化している女子たちが、お喋りしながらチラチラと俺と綾小路の会話を見守っている。
十八年間彼女ができたことのない──デートもしたことのない非モテの俺が、女子グループにひとりで入るだと?
気の利いた話題を振り、面白い話を展開し、みんなと穏やかに談笑する未来が微塵もイメージできない。女子に囲まれた緊張でカチコチになって、場を冷ます予感しかしない。
しかも、グループの女子全員が美少女だ。綾小路はその中でも群を抜いていたが。
「お、俺には、まだ早いよ!」
「えっ? 早乙女さん?」
気づけば弁当を引っつかんで、俺は教室を飛び出していた。