ここはどこ? わたしは誰?
突然、何の前触れもなく、割と勢いよく目を覚ました。
漫画だったら『ガバッ』という効果音と共に、集中線が描かれそうなくらいのスピードで上体を起こす。
「い、生きてる……」
両手を見つめて、グッパグッパと動かしてみる。自分の意思通りに動く。五体満足。どこも痛くない。
確かに俺はトラックに轢かれたはずなのに……。
──誰かが助けてくれた?
そんな少年漫画のヒーローみたいなやつが、そんなタイミングよく現れるもんだろうか……?
……いや、実際生きているんだから、野暮な考えは止めよう。
あまりにも妄想じみた仮説をにべもなく否定したくなるが、今、この瞬間、大事なのは過程じゃない──結果だ。
仮に、スーパーヒーローたる人物が、都合よく、運よく、俺を助けてくれたとして。
──ここはどこだ?
俺は改めて、部屋をぐるっと見渡した。
なんというか、一言で表現するなら、『女の子の部屋』である。
正しくは、六つ離れた姉ちゃん以外の女の子の部屋に、一度も足を踏み入れたことのない俺の想像が具現化されたかのような、『女の子の部屋』である。
家具は余すことなくピンクと白で統一されており、ところどころにぬいぐるみが置いてある──女子という生き物は、なぜぬいぐるみを飾りたがるんだろう。ホコリが溜まったりしないのだろうか?
俺が寝ていたベッドは、天蓋こそなかったが、ピンク色の枕カバーとベッドシーツ、ベッドの枠組みは白という、一般人がお姫様の生活を再現できるギリギリを攻めている風だった。
そのピンク色の家具たちの中で、幅三十センチほどの全身鏡が静かに佇んでいる。
ベッドから腰を上げ、窓の横に置かれているそれの前に立つ。自身の姿を目の当たりにして──俺は大声をあげた。
「うわあああああああ!!」
鏡の中にいたのは、どこにでもいそうな男子高校生の俺ではなかった──つむじから綺麗に染まったピンク色のロングヘア、細い体躯、白のフリル付きワンピースを身に纏った、小柄な美少女が立っていたのだ。
これが……俺、なのか……?
俺が右手を動かせば、鏡の中の少女も同じように手を動かす。彼女より早く動こうと試みたが、一瞬の遅れもなくついてくる──どうやら、鏡に写っているのは俺で間違いないようだ。
……どうして、俺が美少女に!?
というか、この美少女は、誰だ!?
混乱する脳内を整理する間もなく、部屋の扉がバンッと開いた。
「うるさい! 何時だと思ってんの! 早く着替えて学校に行きなさい!」
ドアを開けてきたのは、調理器具のおたまを持った、お母さんらしき人物だった──ピンク色のショートヘアで、年齢は三十半ばくらいだろうか。大きな瞳が、鏡の中の俺とそっくりだった。
「が、学校……?」
「まだ寝ぼけてんの!?」
名前を聞ける雰囲気ではなかったので、仮に『お母さん』と呼ばせてもらうが──お母さんはおたま片手のまま、器用にクローゼットを開けた。
彼女によって取り出されたのは、セーラー服──ただのセーラー服ではない。とんでもなくカラフルな、セーラー服だった。
襟とスカートは薄緑色で統一され、白のラインが二本通っている。胸元を飾る大きなリボンは薄桃色。誰が似合うんだ、こんな制服。
しかし、奇抜な洋服に驚いている時間も、女装に躊躇する時間も、お母さんは与えてはくれなかった。彼女の手によって、あれよあれよと言う間にセーラー服に着替えさせられ、スクールバッグを持たされ──俺は家から追い出されてしまったのだった。