田舎のばあちゃん、令嬢になる
「おばあちゃん!死んじゃ嫌だぁぁっ!!」
聞こえの悪い耳に、まだ幼い孫娘の泣き声が聞こえる。
「お母さん、今まで本当にありがとう。私…お母さんの娘で本当に良かった。お兄ちゃんもすぐに来るって言ってたらから、それまで逝かないで。」
あんたまでそんなに泣くのはお止しよ。
私もあんた達の母親になれて、本当に良かったと思ってるんだからさ。
あぁ、もう目を開けているのも疲れた。
めでたし、めでたし。
(終)
「ってなるはずだったのに、人生ってやつはわからないもんだね。」
享年92歳の婆がお貴族様の令嬢とやらに転生しちまったってわけ。
しかも娘が年甲斐もなく夢中になってたナントカって言うゲームの登場人物になっちまったさ。
「カルディナ様〜!」
カルディナは私の今の名前だ。
「また日向ぼっこされてるんですか?私も混ぜて下さい。」
この娘は何かと私に構ってくれる奇特な女の子さぁ。カタカナの名前は覚えられないんでね。名前の頭文字からセッちゃんって呼んでるんさぁ。
「セッちゃんもお煎餅食べるら?」
「食べますわ!」
美味しいお煎餅に、美味しい緑茶。
若い歯は良い。お煎餅がパリンと良い音を立てるよ。
「あー、切ない。」
今日もお天道様が眩しいねぇ。
〜〜数日後〜〜
「聞きました?カルディナ様が空を見ながら物思いに耽っていたと。」
「聞きましたわ。憂いを帯びた表情で切ない胸の内を呟いていたらしいわ。」
最近周りが騒がしい気がするが、セッちゃん以外と関わりあるのは数人だし……私にゃ関係ないら。
「婚約者のいる身で他の殿方へ想いを馳せていたとか。」
「んまぁ!カルディナ様の婚約者であるナザル様がお可哀想ですわ。」
……噂とは不思議なもんで、本人の知らん間に知らん話が大きく広まっていくから大変さぁ。
特に嫉妬や妬みが混じると厄介でたまらん。
「オレのカルディナが浮気だと?馬鹿馬鹿しい。」
噂を耳にして最初は信じなくとも、複数の人間から同じ事を聞いていく内に……もしかして、と思ってしまうのが人間。
「まさか…本当に?」
「お可哀想なナザル様。私がお助けしますわ。」
そして疑心暗鬼に付け込んで、自分の良いように事を運びたがるのも人間だ。
「カルディナ様がアリアさんをいじめているって話は聞きました?」
「私、その現場を見ましたのよ!アリアさんにはしたないって怒っていらしたわ。アリアさんが平民だから気に食わないって噂よ。」
噂がまた次の噂を呼び、本人以外に広まりきった所で事件は起きた。
「カルディナ=マックイーン!オレはお前との婚約を破棄する!!」
ここは学食。
焼き魚定食が絶品さ。
「おや、ナザル坊。これからお昼かい?」
ナザル坊は私カルディナの許嫁なんだわ。
親同士が決めた許嫁だが、昔っから私の後をくっついて歩いてて、そりゃー可愛かったさぁ。
「ここの席が空いてるさぁ。一緒にお食べ?」
「うん。」
隣の席の椅子を引いてあげると、素直に座るナザル坊。
「って、そうじゃない!!」
ダンッ!と、ナザル坊がテーブルに手をついて勢い良く立ち上がった衝撃で、私の向かいに座っていたセッちゃんの汁物が少し溢れた。
「ナザル坊、お行儀が悪くないかい?セッちゃんに謝りなさい。」
私が叱ると、ナザル坊はウッと言葉を詰まらせる。
「すまない、セラスティア嬢。」
「謝罪を受け入れますわ。」
しっかり謝れる子に育ってくれて、私は嬉しいよ。
「さぁさ、ご飯の続きを食べるさぁ。ナザル坊も早くご飯を持っておいで?野菜もたんと持って来るんだよ。」
「うん。」
ナザル坊が好きなのはお肉だけど、お野菜も食べなきゃねぇ。
「ナザル様!婚約破棄でしょ?婚約破棄!」
ナザル坊にそう話かけたのは、ア、アリ…あぁ、そうアリアちゃん!
「おやまぁ!まだそんな短いスカートを履いて。嫁入り前の娘がはしたないら?女の子は腰を冷やしちゃいかんよ。」
少しかがんだだけで下着が見えちまうよ。
「うるさい!短い方が可愛いもん!!」
スカートを短くしているのはアリアちゃんだけ。
他の生徒は皆膝丈なんだ。
「そんな事より!カルディナ、お前浮気をしているらしいな?不貞を働いたお前とは婚約を破棄だ!!」
「はて?浮気とは?」
身に覚えが……。
「茶飲み友達のゲンさんの事かの?」
「ゲンさん?」
「語学のゲオルグ教授の事です。」
ナザル坊の疑問にセッちゃんがゲンさんの名前を教えてくれる。
「70歳のじーさんじゃないか!違う!!」
ゲンさんの事じゃないのかい?
「じゃあ、まささんの事かい?」
「用務員のマーシャル様です。」
セッちゃんは良い娘だねぇ
そうそう、そんな名前だったね。
「用務員のマーシャル様って83歳って聞いた事があるわ!」
どこの誰だかわからないけど、女の子がそんな大声を出すもんじゃないよ。
「それも違う!!」
と、ナザル坊。
「あれ、まささんも違うのかい?じゃ、しんさんかい?」
「シャインデル校長先生の事です。」
「それこそ95歳じゃない!枯れ専にも程があるわ!!」
アリアちゃんが憤慨するほどおかしい事言ったかの?
「大体ねぇ!あなたがちゃんと悪役令嬢の仕事をしてくれないから、ストーリーが進まないの。せっかくヒロインに転生したんだから、良い男と結婚したいの!!」
ストーリーとは何の事かさっぱりわからんわ。
「はて?それで、私は何をしたら良いのかのぅ?」
「私をいじめて!浮気して!!断罪されて!追放されるの!!浮気の噂を流してここまでお膳立てしてあげたんだから、さっさと断罪されなさいよ!!それがあんたの役目よ!!!」
ほほぅ、それが私の役目とな。
私にそんな役目があったとは、知らんかったさぁ。
「お膳立てとはどう言う事だ?」
ナザル坊の低い声が聞こえた。
「カルディナに他に好きな人がいると言うから、オレはカルディナと婚約破棄しなくちゃならないって。どんなに思い悩んだと思ってるんだ!!」
「でもでも!カルディナ様は、私の事をはしたないっていじめるんです!!」
憤慨するナザル坊に慌てふためくアリアちゃんを横目に、私は冷えてしまった焼き魚定食を食べる。
冷えたからと言って残すのはもったいないさぁ。
「そんな事はどうでも良い!!それにそれだけ短いスカートを履いていたら、カルディナでなくともはしたないと注意するだろ!」
うんうん、と周りも頷いている。
「だってミニスカの方が可愛いもん!!」
「ふざけるな!!」
ナザル坊とアリアちゃんの言い合いが続きそうだねぇ。
「お前がカルディナに他に好きな男がいるだなんて嘘を吐いたから……。」
「ナザル坊。」
ここはみんなの憩いの場である食堂だ。
いつまでも騒いじゃ迷惑さぁ。
「男なら、黙って女の嘘を許しておやり。」
それが男ってもんだ。
「噂に惑わされたナザル坊も悪い。婚約破棄を言い渡す前に、私にきちんと確認したら良いだけの話だら?それを怠ったのはナザル坊さぁ。」
女を責めるだけ責めて、己の悪い所を見ないのは良くない。
「私は浮気などしとらん。火のない所に煙は立たぬと言うが、何でそんな噂が流れたんだらぁ?」
解せん。
周りの学友達が噂を確認し合っていると、1人の令嬢が手を上げた。
「カルディナ様が悲しげなお顔で、空に向かって切ないと申し上げいるのを見た方が、結ばれないお相手に想いを馳せてるのではないかと言っているのを聞きましたわ。」
空を見上げて、切ない……とは。
手を上げた令嬢以外にも、そう聞いたとがやがやしている生徒がいる。
「それなら勘違いですわ。」
「セラスティア嬢、勘違いとはどう言う事だ?オレのカルディナは浮気をしていないのか?」
「カルディナ様の《切ない》は、カルディナ様語でお腹がいっぱいと言うのです。」
カルディナ語とは面白い事を言うねぇ。
ウメ時代の方言の名残さぁ。
「カルディナ語……だと?」
ナザル坊がぜんまい仕掛けの人形のように私を見る。
「私にゃ茶飲み友達はいても浮気相手なんぞおらんさぁ。」
私がそう言うと、ナザル坊の瞳からブワッと涙が溢れた。
「よがっだぁぁっ!オレ、カルディナにずでられだがど思っだぁぁ。」
ナザル坊は少々おばあちゃん子気質があるからねぇ。中身お婆さんな私が大好きなのさぁ。
椅子に座ったままの私に抱き着いておいおい泣くナザル坊は、いつまで経っても私の可愛いナザル坊さね。
「よしよし、男の子がそんなに泣くんじゃないよ。さぁ、昼ご飯をお食べ?」
「うん。」
そう言って笑うナザル坊が可愛くて、胸がドキッとしちまったよ。私もまだまだ若いね。