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霧雨部隊  作者: みねひよ
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プロローグ

あの頃からどれほど時間が流れたのだろう。

「人間の一番の幸福はなんだと思う」

ただその疑問だけを追い求めた人生であった。

誰一人として不幸は許されない、そして誰一人として幸福も許されない。そんな世界であったことに間違いはなかったのだろうか。そして今日もまた探し続ける。


夢を見た、長い夢を見た。

荒野に並ぶ無数の光。それは天からの授け物だ。今にも浄化されそうな神々しさがある。

光のなかに一人の男がたっていた。すべてを受け入れすべてを壊し、なにもかも取りこぼした男の末路。


「俺は寝てしまってた…のか」

ノートを枕にし、机に突っ伏して寝ていたことに気付くまでは少し時間を要した。

肌を突き刺す寒さ。無防備に寝てしまっていたので、体は冷えきっている。

「風邪でも引いてなければいいが…」

時計を見る。時刻は午前4時。

もう一眠りしてもいい時間帯ではあった。しかし彼は何かに突き動かされたように家を出た。


彼とすれ違うのは新聞配達の人くらいだ。

なぜ彼は散歩にでたのか、それに深い意味はなかった。朝にもう一度起きられる自信がなかった、健康のために外を歩きたかった。

などという理由がつのりにつのって行動に移されたのだ。

肌に突き刺す寒さ、ジャケットを羽織っているが気持ち程度にしかならない。

すると反対側から一人の女性が歩いてきた。スーツ姿の女性だった。ただそれだけのことであった。すれ違っただけ、それ以上もそれ以下もない。それが数奇な運命となることと知らず。


いつもここにくる。

無数の石が立っているこの場所。

幼い頃に母と父を失った。それが彼にとっての最大の不幸であった。

まだ辺りは暗い上に墓所には明かりひとつない。

こんな時間帯にここにいることははっきり言って異常。彼は父と母を訪ねによくここにくる、もはや習慣のようであった。

あの時二人を救えていれば死ぬことは無かったんじゃないかと時々思う。

しかし後悔したところで二人が帰ってくることはない、それは彼自身がよくわかっていた。

あの日の地獄、それは覆りも揺るぎもしない、まことの真実である。

彼はお墓のまえで手を合わせ目をつぶる。

彼は何を思うのだろうか、それは彼とその両親にしかわからない。

お墓には鳥羽瀬家とかいてある

「名前が結城になってから5年になるのか…」

彼の名前は結城結人、5年前は鳥羽瀬という名字であった。

五年前のある事件で彼は両親を失った。そして大学を卒業したばかりの従姉妹である結城星奈が彼を引き取ったのだ。

「ここ最近冷えてきたな…早く帰らないと星奈姉せなねえが心配する」

彼は墓所を後にした。



「ただいま」

おれはまだ薄暗い朝に玄関のドアを開けた。

「おかえり」

「なんだ星奈姉起きてたのか」

そこには

「はやく目が覚めちゃって、今、朝ごはん作ってるから待っててね」

居間にはよい匂いが広がる。

星奈姉は俺を預かって5年、毎日ごはんを作ってくれる。

「たまには俺が作るよ」

「ゆーくんは学業があるでしょ?」

「星奈姉こそ仕事があるじゃないか」

「私は好きでご飯をつくってるの、お姉ちゃんに全部任せて」

星奈姉は仕事も家事も一通りできる。おれが台所に立たせて貰ったことは数えるほどしかない。


「じゃあ星奈姉、行ってきます」

星奈姉より先に家を出る。


「今日も早いな結城」

通学中に話しかけてきたのは同じクラスの○○。

○○は、

「今日でテストは終わり。やっと部活が始められるな」

「久しぶりすぎてなまってると思うぞ」

「体が覚えているさ」

二人は射撃部に所属している。射撃といっても実弾ではない、ビームライフルと呼ばれる光線銃だ。

「結城はテストの方は大丈夫なのか?」

勉強中に寝てしまったことを思い出した。

「赤点は回避できると思うが、○○は今回も学年トップか?」

「聞くまでもあるまい」

「さすがだな」


「部活も終わったし帰るか。」

日は暮れ、帰り道は外灯に照らされるのみだった。

「星奈姉は遅くなるって言ってたし夕飯でも買って帰るか」

寄るのはいつもの川沿いのコンビニ、 普段通りにいくはずだった。

商品に手をかけた時だった。


パーン!


鋭い爆発音がなる。

「いったいなんだ!?」

それはかつて聞いたことのある音だった。

爆竹とは違う…、そう銃声だ!射撃部で実弾を使う音は数度耳にしている。それと同じだ。

音の方に目をやった。

「動くんじゃねぇぞ!金を出せ!」

拳銃に間違いない。レジの店員に黒い鉄塊をつきつけている。

マスクを被っていて顔がわからない。

「早くありったけだせ!」

強盗だ。店員も金を慣れない手つきで集めている。

誰もが恐怖を経験した。

しかしそうではない人間がいた。

パンツスーツ姿の女性、見たところOLだ。

そんな彼女は犯人に近づいている。

お互いが触れそうな距離になるところで、ようやく強盗犯は女性に気づいた。

「なんだてめぇは…」

台詞を言い切る前に口は閉ざされた。

女性のかかとが強盗犯の首に食い込んだ。あまりにも短い出来事だった、そのためハイキックに気がついたのは後のことだった。

強盗犯は白目を向いて床に倒れた。

「これでいいのかしら…」

女性がぼそりと呟いたのが聞こえた。


パーン!


再び銃声がなった。いやそれだけではない俺は首を絞められた。

「やってくれるじゃねぇか!」

犯人は1人ではなかった、客に紛れて俺を人質に取ったのだ。

「…一人じゃなかった!?」

「また同じような真似をしてみろ!こいつを殺すぞ!」

犯人は俺を捕まえたままコンビニをでた。拳銃は俺にではない、女性に向けられている。

しかし女性は微動だにしないし、その上に顔をピクリとも動かさない。

コンビニを出ると女性は距離を保ちながらついてくる。そのさまは威圧的だった。武器はなくとも犯人を牽制するには十分であった。

犯人も後ずさりをする。

やがて背中には川が迫ってきた。

「近づくなと言っているだろ!」

犯人は拳銃をうちだした。しかし1つも女性には当たらない。

それでも尚近づいてくる。

「くそったれが!」

拳銃を下に向け発砲した。

「ぐあああっ!?」

右足に激痛が走った。赤い、ただそれだけだった。

太ももを貫通してるだろう。強盗犯はおれの右足を撃ったのだ。

これにはさすがの女性も止まった。そして呟いた。

「ごめんね、君…」


銃声がなった。


羽交い締めにしていた力が弱くなった。

脳天をぶち抜かれている。あの女性はとんでもない早撃ちをしたのだと理解するのに時間はそうかからなかった。

死体とともに後ろに倒れ、川に背中から飛び込む。




夢をみた。

そこは正義と悪に満ちた戦場、生きとしいけるものすべてがその場で焼け去った。

かつてのありし自分はその場で死んだ。確かに死んだのだ。しかし神と言える存在がいるのであれば、神は確かに自分を救った。それは幸福とでも言うのだろう。地獄の釜から取り出された人間に生きる権利と義務を与えられた。

そして夢から覚める。



唇に暖かいものが触れた。そして肺が膨らむのを感じた。

意識が少しずつ戻りはじめた。

「俺はっ!?」

隣には女性が座っていた。お互い水で濡れている。

「よかった…」

女性は安堵した表情を浮かべた。

立ち上がろうとすると、右足に激痛が走った。

「うっ!」

見ると撃たれた辺りは血で染まっていた。

「今、救急車を呼んだわ。その怪我では立ち上がることすらできない。大人しく寝てなさい」

激痛はやがて意識の薄れさとなっていった。

「あぁ…また死んでしまうのか…」



目が覚め始めた。目蓋越しでもわかるくらいに明るい。真っ白な空間、そこが部屋だとわかるにはすこし時間がかかった。

「ここは…いったい…」

鉛のように重たい上半身を起こす。

誰もいない部屋、それはおびただしい空気を放っていた。

「たしかおれは足を撃たれて…」

右足の太ももには包帯のようなものが巻かれていた感触だった。

不思議と痛みは感じなかった。

「目が覚めたようね」

声の方を確かめた。そこには例のスーツの女性がいた。

「あんたはいったい…」

そういいながら記憶がフラッシュバックする。

「思い出したようね、『結城結人』くん…?」

女はおれが寝ているベットに座った。そしてそのまま顔を近づけてきた。

「なっ!?」

手を頬にあてる。それは言うまでもない、キスでもするのかと思った。思わず赤面する。

だがその予想は当たらない、女は小声でいった。

「君は選ばれた…それも悪魔にね」

「選ばれた…?」

女は離れた。

「君は昨日撃たれた足がどうなったかちゃんと見たのかい?」

どうなったもなにも、みての通り包帯が巻かれている。

「包帯はずすわね」

「なっ!?そんなこと!」

「なにも言わなくていいわ。」

ズボンの左裾だけめくる。確かに包帯が巻かれている。

そして慣れた手付きで包帯を剥がされた。

そこにあるはずのものはなにもなかった。

「傷が…ない…?」

おれは確かに右足を撃ち抜かれた。その激痛は今でも鮮明に思い出せる。なのになにも跡がないのだ。

「君はもう『普通』ではないの」

「どういう意味だ…?」

女は立ち上がった。そして手を伸ばした。

「君…いえ、結人。私は結人に居場所をつくることができる。そしてあなたを幸せにする覚悟がある。」

プロポーズ、そうとられてもおかしくない言葉選びだった。しかし結人にとってそれはそのままの意味であった。


幸せになる、それが生涯誓った言葉だ。


「あんたの意図はよくわからない、だが、それが幸福へと繋がるんならおれはあんたについていく。ただ、それだけだ」


自分でもビックリするほど受け入れることができた。会ってまもない人間に、深く意味が理解できない言葉を告げられた。それでもこの人間は信頼に値する、そう体が反応したのだ。

結人は指し伸ばされた手に握手で答えた。

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