ようこそ、白人の国へ
暫らくの間、ゴードンは状況が全く掴めずにいた。当然と言えば当然だが、自分の身体が全くの他人と入れ替わることなど、科学的な見地から見れば馬鹿馬鹿しいの一言に尽きる。エリートであるゴードン・ホワイトは、尚更現実に否定的になっていた。
―――あり得ない。身体が黒人になってしまうなんて。
そんな中でもゴードンは必死に頭を回転させていたが、いよいよ科学的には解明出来ない事象である事を悟ると、次は宗教的な観点にレンズを合わせる。一神教であるキリスト教は、アメリカ人の大半が信じているマジョリティの宗教である。ゴードンも例に漏れずキリスト教徒だったが、聖書にもこんな現象は描かれていなかった。
例えば、アジアの仏教などには輪廻転生という概念があるらしいが、記憶を引き継いで生まれ変わった話など、ネットにある眉唾物のフェイクニュースくらいだろう。信憑性に欠ける上、親が子供を金稼ぎの道具として利用している確率の方が遥かに高い筈だ。
しかし、自分が置かれた状況を考えると、如何にも転生という概念に合致することに気付く。まず記憶は全て元のままである上、ちゃんと自分の住所や親の名前も言える。ただ身体が眼鏡を掛けた細い白人ではなく、屈強な黒人になっていることだけが依然と違う点だった。
「嘘だ……。こんなの悪い夢だろう……」
ゴードンは自分が悪夢を見ているのではないかという最後の可能性を模索していたが、身体が感じる温度や土臭さ、その他の触感は全て本物だ。これを夢の中だと決定づけるにはあまりに現実味がなかった。仕方なく現実を直視してみれば、ゴードンは大きな違和感に気付く。
服を着ていなかったのだ。
自分の肉体が黒人になっていたという衝撃に気を取られ、全裸でトウモロコシ畑にいることが、相対的に小さな出来事のように思えた。それでも現代人としては全裸は憚られるので、辺りを見渡して文明の痕跡を探る。
そもそも、ここは一体どこなんだ? そう思いながらも、高く穂をつけるトウモロコシの幹を掻き分けた先に、古めかしい小屋を見つける。まるで100年以上前のみすぼらしいあばら小屋だった。ここはカンザスのド田舎か? ゴードンがそう思うのも無理はなかったが、実際にはその予想は大きく外れていた。
「すみません。誰かいませんか?」
ゴードンはあばら小屋の前に立ち、その扉を何度かノックしてそう言った。暫らくしてから、中から足音が聞こえ、扉が開かれると、そこには白人の中年女性が立っていた。良かった、人はいるみたいだな。安堵したゴードンを他所に、その白人女性は突然悲鳴を上げた。
「キャアアアア!!? 黒人がいるわ!!」
彼女はゴードンを見るなりそう叫び、近くにあった箒を手に取って、威嚇するように突いてくる。ゴードンは困惑しながらも謝って場を収めようとしたが、それは無意味だった。その騒ぎを聞きつけ、小屋の奥から古いピストルを持った男が現れたことで、ゴードンは初めて逃走という手段に出た。
「クソ、なんなんだあいつらは!?」
ただここがどこなのかを聞こうとしただけだったのに……。ゴードンは必至に追いかけてくる男から逃げながら、ひたすら農園を走り回った。次第に男は疲れを見せ始めていたが、ゴードンは息切れすらしていなかった。黒人の肉体になってから身体能力は上がっているらしい。
ついには完全に男を引き離し、ゴードンは木々の生い茂る林の中へと身を潜めることに成功した。彼はなぜこうなったのかは理解出来ず、ただ全裸だったのが不味かったのかと思った。そこで朽ちた大き目の葉っぱと弦を使って、腰みのを作ったゴードン。
(よし、局部はちゃんと隠れているな……)
ゴードンは林の中を歩きながら、別の民家を目指して進み始めた。太陽の位置からして、時刻は午後4時頃。さっきの婦人が話していた言語は英語だったので、アメリカかもしくは英語圏の国には間違いない。あらゆる仮説を立てていたゴードンは林を抜け、民家を捜すために当たりをキョロキョロと見渡す。
林のすぐ近くにはコンクリートの道路がある。そしてその脇にあった看板にはアルファベットでこう書かれていた。
『Welcome to LOUISIANA』