6.「あいつこそ生かしちゃおけねえ!」
吹雪の夜、五人の六部(巡礼者)がやって来て、一夜の宿を乞うた。
主人は貧乏だから、隣の金持ちの家へ行ってくれと追い払おうとした。
六部は「泊めるのは嫌か」と訪ねてきた。
「あいにく、あんたたちに食べさせるものすらない」と答えたが、六部たちは勝手に家にあがり込んでしまった。
主人はせめて、火を焚いて温めさせ、筵をかけてやった。
翌朝、飯ぐらい作ってやろうと隣へ米を借りに行った。
しかしながら、つれなく断られた。
仕方なく、六部たちに稗飯を食わせようと思い揺り起こすと、そこに六部の姿はなく、筵の下から木箱が見つかった。
五人とも同じ箱になっており、なかには大判小判が入っていた。
貧乏人の主人はおかげで長者になった。
岩手県紫波郡に伝わる昔話
「ぞわい……金……ぞわい……金……ぞわい……金……ぞわい……金……ぞわい……金!」
鬼市郎の頭のなかで、何者かが囃し立てる声が念仏のようにくり返していた。
船を修理するという名目で座頭たちにはぞわいに避難してもらい、荷物だけ持ち逃げするだけ。子どもじみた浅知恵にすぎない。
奴らはかんたんに奸計に引っかかった。
もっと疑うということを知るべきであった。鬼市郎の知っている盲人は目明きの者より疑り深かったうえ、勘が働いた。視力に頼れない分、記憶力も抜群によかったものだ。その点、この五人はあまりにも世間知らずであった。
船首を宇野港の方へ向けて逃げていたとき、不意にひらめくものがあった。
――座頭ども五人はあのまま、おっ死ぬだろうか?
――もし一人でも生き残ったら? そしたらおれが罠にはめたことがバレちまうな……。
――冗談じゃねえや。やっとこさ船の高い代金を払い終え、仕事もうまく乗ってたんだ!
――やっぱりよ。奴らがちゃんと息の根の止まったことを、確認せんことにゃ、おちおち枕を高くして眠れやしねえぞ。
――だったら、しかとこの眼で確かめに行くべきだ!
――験が悪いなぁ、オイ。ちょうど坊様たちが溺れてるところに出くわしちまったら……おお、こわ!
ここに来て、鬼市郎の胸に動揺のさざ波が起きていた。
さんざん悩んだあげく、宇野港が目前まで迫ってきたにもかかわらず、岩礁地帯に向けて和船を取って返させたのだった。
内地の山の向こうに日が沈む寸前だった。
瀬戸内には島は多く、遮るものがありすぎた。さっきよりも白波が立ち始めていた。
下烏島のすぐ横を通過したとき、船頭は眼を瞠った。
てっきり旅の座頭一座は、上げ潮とともに海に沈んだのかと思いきや、いまだぞわいにかじりつき、頑張っているのが二人いた。
潮が満ち、座頭たちの胸の高さまで達している。抱き合ったまま泣きわめいていた。
――奴らは泳げないのだろう。なにせ真下は十八尺の深さはある。じき死ぬ。
ところがあとの三人は波のうねりもなんのその、てんでバラバラの方角へと泳いで逃れようとしていたのだから恐れ入る。
櫓を手にしたままうろたえた。
このままでは内地に生還されれば、鞆の問丸で雇われた鬼市郎が五人を乗せ、騙して金品を略奪したあげく、殺害しようとしたことが割れてしまう。
鬼市郎は前科持ちであった。二度の傷害と三度の盗み、強請の履歴があり、さすがに太っ腹の親父でもこれ以上はかばってはくれまい。
かくなるうえは座頭たちを亡き者にしなければならない。皆殺しだ。
というわけで、まずは真南の直島へ泳いでいく座頭を追いかけた。
舳先を向け、櫓を漕ぐとかんたんに追いついた。
泳ぐ後ろ姿でさえ憶えている。たしか蔵の市と名乗った中肉中背の男だ。
追いつきざま、坊主頭めがけ、櫓の一撃を与えた。
「あらよ! くたばりな!」
カボチャでも叩いたような音を立てた。
それで鬼市郎は正月の餅でも搗くように連打すると、たちまち頭頂部がバックリ割れ、海面に赤黒いものが広った。
蔵の市は背中を見せて、大の字になって浮かんだ。
続いて南東方面に平泳ぎしていた、小柄の座頭を追おうとした。
鞆の港で五人が自己紹介したとき、それぞれ身体的にも特徴があったのでよく憶えている。この声のキンキン甲高いのは宮の市だ。
が、袈裟を着たままのその小男は半狂乱の体で、あえなく沈んでいった。
水面に無数の泡があがってくる。
放置しても害はあるまい。このまま溺れ死ぬだろう。
どうやら鬼市郎が現場に戻ってきたのを音と気配で察したらしい。
ぞわいに取り残された二人――首領格の砂羽の市と、でっぷり肥った富士の市が、さっきまでお互い抱き合ったままわめいていたのに、海に飛び込んだ仲間たちに向かって、逃げろ!と声を嗄らして合図を送っているのだ。
――ええい、こざかしいまねを!
鬼市郎は舌打ちした。
いちばん年の若い琵琶弾きの男が上烏島を素通りし、東の大きな島の方へ逃げていく。それもかなりの距離を稼いでいた。直島諸島でもひときわ大きい無人島だが、あそこは……。
たしか杜の市と名乗る、無口な青年座頭だった。
盲人にしておくのはもったいないほど、海士になれば即戦力になるほどの見事な泳ぎっぷりに舌を巻いた。
――あいつこそ生かしちゃおけねえ! 奴は危険だ!
杜の市は大仰に水をかき分け、足を小刻みに上下させる泳法で逃げる。
鬼市郎は、仕留めるべくあとを追うことにした。
あの分だと例の島に着いてしまうだろう。
――よかろう。お先に島にあがりやがれ。だがよ、逃がしゃしねえ。事ここに至ったら気配を殺し、灯りもつけず、イタチが家畜を襲うように静かに始末してやるからな!