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3.鬼市郎、座頭一座に目をつける

 さすがに十年近く、この稼業を続けていればこその土地勘だった。

 好漁場はさることながら、備讃瀬戸びさんせと(岡山県と香川県の間の海域)の、宇野港うのこうから沖に五七〇間(約1.36km)ほど先に浮かぶ下烏島しもがらすじま上烏島かみがらすじまの間に、船乗りにとって凶暴な宗谷ぞわいがあることを、この隻眼せきがんの男は昔から知っていた。

 うかつにあそこを突っ切れば、大事な船を破損させてしまう。




 主に讃岐国の小豆島(しょうどしま)を中心として、備中・備前・備後の沿岸で岩礁を『そわい』『ぞわい』と呼んだ。豊後水道の東側にはママカリソワイ、西ノソワイなどの岩礁があることで知られている。


 今日における日本の海上保安庁は、「満潮時に海岸線の延長距離が100m以上の陸地」を島と定義している(国土地理院は「航空写真に写る陸地」を島と定義)。島未満の地形として、暗礁や洗岩、干出岩、水上岩などからなる岩礁があるが、これらをひっくるめてぞわいという。




 男の名は鬼市郎きいちろう

 肌の浅黒い、右眼がつぶれた堅気とは思えぬ人相の五十代の船頭だった。船乗りなどの職人が着る筒袖つつそでの衣と括袴くくりばかまは萌黄色で、頭には黒い烏帽子えぼしを斜めにかぶり、すねには脚絆きゃはんをつけていた。


  船乗りになったのがたった十年かそこいらにすぎなかった。

 それ以前は訳ありの(、、、、)商売(、、)を続けてきたものの、身体にガタがきて足を洗ったのである。

 周辺海域は直島海賊までもが我が物顔でのさばっていることも、根城としている島々さえも知り尽くしていた。


◆◆◆◆◆


 ――それにしても、盲人たちの旅行たぁ、優雅なもんだな。


 あの眼の不自由な五人組を、善意のつもりで船に乗せたわけではない。

 たっぷり金の入った財布を所持していることは、その身なりから気づいていた。

 それだけではない。盲人たちの世界には、当道座とうどうざという自治的互助組織が確立されていることを耳にしたことがあった。


 盲人組織の当道座に設けられた検校けんぎょうを最高官位とし、別当べっとう勾当こうとう、座頭の四官があり、位を得るために、京都にある当道職屋敷に多額の金子きんすを支払う必要があることまで。


 検校の官位ともなると、結解けっけと呼ばれる目明きの秘書役を抱え、養い料が保証されるうえ、他にも莫大な運上金が入ってくると聞いたことがある。

 仮にこの団体ご一行は検校の位ではないにせよ、当道座に加入しているのは明白。加入しているからには、盲人の誰しもが鐚銭びたぜに一枚たりとも倹約して貯め込み、検校になりたいと夢見るのではないか。


 いずれにせよ、たんまり持っている(、、、、、)にちがいないと踏んだ。

 だからこそ備後のとも(福山市)の港にある問丸といまる(運送、倉庫、委託販売業を兼ねる組織)に五人が姿を見せたとき、すかさず名乗りをあげたのだった。

 声の調子を明るくして、一行の背後からこう声をかけた。


「旅の途中の坊様ボサマよ。船をお探しなら乗せてやってもいいぜ。ついでに観光地巡りも買って出ましょう。そのかわりと言っちゃなんだが、うんとこさ船賃を弾んでくれたらありがたいんだが。なにせこっちは、八人目の餓鬼が生まれたばかりでね」


 我ながら好人物を装うことができたのではないか――鬼市郎はほくそ笑んだ。この邪な笑いは盲人には見えまい。

 ふり返った五人は、なるほど眼を閉じたままのトロンとした顔つきだったが、とたんに雲間からお天道さまがきらめいたかのように明るい表情になった。


 ――これで決まりだな。




 るか反るかの大博打が始まった。

 なんてことはない。一〇人乗りの和船は、さして大きくない。

 四角帆は目いっぱい風をはらみ、まるで盲人たちの前途を祝福しているかのように、快調に滑り出した。

 聞けばこの連中は安芸あきから、はるばる信濃の善光寺へ参詣しに行く道中らしい。それで堺の港までの船旅としゃれこんでいるつもりのようだ。


 鬼市郎はともを操りながら見ていた。左右のふなばたに別れ、物珍しげにカモメの歌声を楽しみ、潮の香りを味わう盲人たちを。


 ――あいにくだが、おまえたちは善光寺はおろか、堺の港すら踏めない。終着駅は別の場所さ。


 この座頭一座を見かけたときから、船頭の頭で、


「ぞわい……金……ぞわい……金……ぞわい……金……ぞわい! 金、金、金!」


 と、しきりにミツバチの羽音のように物憂く、はやし立てる声が支配していた。

 鬼市郎は内なる声に忠実だった。

 いまの生業も、その前の山の民としての漂泊の商売も、直感がものをいうことを本能的に知っていたからだ。

 ここいらで商売し、仲間内で頭ひとつ稼ぐには、直島海賊をうまくかわしたり、よろしくやらなくちゃいけないのだ。とっさの野生の勘がしたたかに生きるコツってものだった。 


 ――そうだ、あの宗谷ぞわいこそ、五人を葬るのにふさわしい死に場所!

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