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突撃

 教室が夕日に照らされて赤に染まる。

 血のような赤という表現があるが、決してそんな感じではなく、どこか哀愁の感じる優しい色だった。

 この教室には自分の他には誰もいない。

 沢山のコミュニティがひしめきあっている昼間とは違い、とても静かで別の世界のようだった。

 俺は一人取り残され、ここにいる。

 相原さんのこと、追いかけるべきだったのだろうか。それともここで待ち続けるべきなのだろうか。

 おそらく待っても来ない、とは思う。


 「ラインで謝っておこうかな」


 一先ず、ラインを開き、文面を考える。

 なんて書こうか。

 普通に、ごめんなさいか。それとも言い訳を書くか。はたまた、ご機嫌を伺う所からはいるのか。

 正直、言い訳をするのは良くない。

 女性は言い訳をすると、余計に怒る気がする。

 よく父が余計な言い訳して、母の逆鱗に触れているのを目にしている。

 そう考えると、正解は素直に謝って、小さく怒られる。これが正解に違いない。

 どちらにせよ怒られるなら、被害は少なく、できれば早く終わるほうが良い。

 そうと決まれば『ごめんなさい』と送ろう。


 ……いや、待てよ。

 単に謝っても、なんで怒ってるかわかってるのかを聞かれる可能性がある。

 単純に『勝手に頭撫でてすみませんでした』と送っても、ハズレかもしれない。これの解答は慎重にしなければ。

 下手に的はずれな解答はできない。間違えた時点でデッドエンドだ。


 「うわあ、詰んでるでるなあ」


 何も送れなくなる俺。

 こうしてスマホの真っ暗な画面を見つめること五分。通知でスマホが振動する。

 急な振動にビクッとなる。

 誰からだろうか。相原さんかな。

 スマホの電源を入れると、そこには名前が表示されていた。

 

『結城さん』と。


 ついに返事が来たのだ。

 急な緊張が俺を襲ってくる。それに合わせて、手が少し震えた。

 確か、二人で出掛けるメッセージを送ったはずだ。

 つまり返事が書いてあるのかもしれない。

 開くのが少し怖い。断られていたらどうしよう。

 そうして悩み続けていると、緊張の手汗のせいか、スマホが手からするっと滑り落ち、床に派手な音をたてて、落ちた。

 俺は慌てて、スマホを拾う。

 幸い画面は割れていなかった、のだが、ラインがどうやら開いてしまったようで、はっきりと結城さんのトークページが映し出されていた。

 そこに映し出されていた文字は短く一言。


 『今学校?』


 送られてきたのは断りのメッセージでも、了承のメッセージでもなかった。

 少し安心した俺は、メッセージを入力する。


 『そうですよ』


 すると、すぐに既読が付き、メッセージが送られてきた。


 『正門に来て』


 正門?

 どういうことだろう。

 まさか、結城さん学校にきているのだろうか。

 俺はまたメッセージを送る。


 『まさか結城さん学校にきているんですか?』

 

 『いいから早く来て。ちょっと寒い』

 

 これは確定だ。

 結城さんが来ている。

 やっと会えるのだ。

 俺は荷物をまとめて、急いで正門へと向かうのであった。 

 


 

 正門に向かうと、ちらほらと帰路につく生徒たちがいた。

 そして正門の近くを通る度に目を引く存在。

 高校生にはないようなどこか色気のあるそんな人。肌寒いこんな中、待っていたんですかというような格好。

 そこを通る男子生徒からは「可愛い」と騒がれており、女子生徒からはスタイルへの羨望の眼差しを感じることができる。

 俺から見ても、やはり魅力的だ。

 そんな人は、一人しか知らない。

 結城さんだ。

 結城さんはスマホを眺めており、こちらに気づいてはいないようだ。

 俺は寒そうにしている結城さんのもとに駆け寄った。


 「おまたせしました」


 すると少し不機嫌そうにする結城さん。


 「遅いよ。寒かった」


 寒さに少し赤くなった頬を膨らませる彼女は、思わず抱き締めたくなるような姿で、俺はそれを必死に抑えつつ謝る。


 「すみません。まさか、学校に来るなんて思わなくて」

 「全然返事くれなかったから、お返しに驚かせようと思って、来ちゃった」


 いたずらっぽい顔で笑う結城さん。そんな顔で見られたらなんでも許しちゃうと思う。


 「やっぱり迷惑だった?」

 「いえ、嬉しいです。早く会いたかったので」

 「嬉しい! 私も会いたくて我慢できなかったの」


 そう言って抱きついてくる。


 「え、あ、結城さん?! み、みんな見てます」

 「見せてるの。

 ……マーキングかな。私のだよってアピール」


 凄いことを言う結城さんからは、香水の香りなのか、結城さん自身の香りなのかはわからないものの、凄く良い匂いがした。


 「あ、あの、もう限界、です」

 頭が沸騰しそうな俺は、かろうじて声を絞り出す。

 「え、大丈夫?」


 心配はしてくれているものの、離れてくれない結城さんは、急に抱きついている腕をより強く閉めてきた。

 そして、俺の耳元で囁く。


 「私のこと、今から『薫』って呼んでくれたら、離れてあげる」

 「そ、それは、流石に」

 「呼んで。呼んでくれないと絶対はなれないから、ね」

 「せめて『さん』づけで! お願いします」


 結城さんは俺の言葉を無視して、より腕をしめ、顔を近づけてくる。

 限界が近い。これ以上は気絶しかねない。


 「わかり、ました! 呼びます呼びます!」


 少し、腕の力が緩んだ。

 これなら、逃げ出すことは可能だろうが、きっと結城さんは許さないだろう。

 そうなると言うしかない。

 

 「……薫」


 振り絞って出た言葉は、恥ずかしさも混じった小さな声であったが、結城さんは満足したようで、腕を離してくれた。

 そうして俺は深呼吸をして、気持ちを落ち着けると結城さんに向き合う。

 結城さんは少し頬を赤らめてこちらを見つめていた。

 暫しの沈黙が続き、お互いを見つめる時間が続く。

 きっと俺も赤くなっていることだろう。とても顔が熱い。


 ……この沈黙を破ったのは、結城さんだった。


 「……優太」


 俺の名前が呼ばれる。

 親以外にはそう呼ばれたことのない呼び方。

 どこかこそばゆい感じがする。

 俺はその言葉に呼応するかのように口を開く。


 「薫」


 もう解放されている為、言う必要はないのに、自分から言いたくなったのだ。言うことに心地よさを感じている。

 お互いまた黙る。

 そうしているうちに、回りの目が少し刺さっているのを感じ始めた。


 「とりあえず、移動しましょうか」

 「……そうだね」


 同意も得られたので、一先ず俺たちは正門を離れることになったのだった。

 いつもの通学路を結城さんと一緒に歩く。

 景色は変わらずそこにあり、同じように道は続いていた。

 ただ、いつもと違うのは、隣にいるのが友ちゃんじゃなくて、結城さんであること。学校生活では決して交わることのない人がそこにいる。

 まるで結城さんとの高校生活を送っているような不思議な感覚。

 それを結城さんも感じたようだ。


 「なんか一緒に下校してるみたいだね」

 「そうですね。新鮮です」

 「同級生だったらこういう日々一緒に送れたのかな」

 「どうですかね。出会ってもなかったんじゃないですかね」


 俺の言葉に機嫌を損ねる結城さん。

 俺はそれを察してフォローをいれる。


 「でも通えたら幸せだったんだろうなと思います」

 「そうね。

 あ、でも二年生だよね。私も大学二年生だから同じ大学に来たら一年は一緒に過ごせるかもよ」


 そうか、大学は四年間あるのだ。頑張れば同じ学校に入れる。


 「頑張っちゃいますかね。大学どこでしたっけ」

 結城さんは、大学名を言う。それは誰でも知っている大学で、今の俺では難しい偏差値であることは容易にわかった。

 「結城さん頭良いんですね」

 「か、お、る、ね。

 灰色の高校生活を送っていたからね。ずっと勉強ばかりしてて、あんまり友達とも遊ばなかったな」

 「そうなんですね。意外でした。友達とワイワイやってるタイプかと思ってました」


 結城さんは、苦い顔をする。


 「全然そんなじゃないよ。ガリ勉で地味だったし、クラスメートともあまりしゃべらないタイプだったかな。失望した?」


 俺は首を振る。

 正直昔の結城さんを知らないというのも大きいかもしれない。だけど今の結城さんを知っていれば、それで良いような気がする。


 「昔なんてどうでもいいですよ。今のゆうき……薫とであったんですから」

 それを聞いて照れる結城さん……薫。

 「そう言えば、まだ答え聞いてなかったですね」

 「デートのこと? もちろんいいよ」

 「それもそうですけど。じゃなくてですね」


 俺の言葉に首を傾げた薫は、少し考えた後、ハッと気づいて笑う。


 「彼氏のこと?」


 俺は「そうです」と頷く。


 「なんだ気になってたのか。だったら早く連絡してよね」

 「……すみません」


 薫は、微笑んで言う。


 「流石に彼氏いたらこんなこと、しないよ」


 確かに、その通りだ。だけど、そうじゃない。そういうことじゃないのだ。

 俺は、薫の口から直接聞きたかったのだ。

 そうして安心を得たいと思っていた。


 「聞いて、安心した?」

 「正直……はい」

 「……そっか」

 

 …………そんなこんなで駅に着いてしまった。

 もうお別れかと思うと寂しい気持ちになってくる。


 「駅着いちゃいましたね」

 「そうだね」


 薫の様子を見ても寂しそうな感じはない。

 やはり俺の一人よがりなんだろうか。


 「さ、電車乗ろっか」

 「へっ?」


 本来乗る必要のない電車に誘われ、戸惑う俺。


 「俺、電車乗らなくても帰れますよ」

 「何言ってるの。デートするんでしょ」

 「これからですか?!」


 薫は当たり前でしょという顔でこちらを見てくる。


 「大丈夫、そんな遠いところには行かないから」


 そういうと俺の手を引いて改札へと歩き出した。

 俺は、急いでカードを出して、改札を通り抜ける。

 

──こうして、薫と俺の初めてのデートが始まるのだった。


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