出会い
「なんだ? また振られたのかよ。あんなにいい感じだったのに」
「仕方ないだろ。友達としてしか見られないってさ」
「良い男なんだけどな。優ちゃん」
残念ながら、良い男ではなく、良い人なんですよ友ちゃん、と返そうと思ったが虚しいので辞めた。
この男は、「大地 友也」、親友というか幼馴染というかなんというのか、よくわからん。
「友ちゃんて、俺のなんだろうか?」
「正妻だろ?」
「そうだな。お前がいれば俺に彼女なんて要らないぜ!」
こういう時の友達はありがたい。持つべきものは友達だな。
「話変わるけどよ、俺隣のクラスの木崎さんと付き合うことになったわ」
話を変えよう。友達は裏切る。不要です。以上。
「マジかよ。正妻発言の後の不倫とはどういうことだ! 裏切者!」
「すまんすまん。でも安心してくれ。お前との友情は一生だからな」
「信じられるか。このくそ野郎。しかも木崎さんってお淑やかで男子に人気のある美少女じゃないか」
「まあな。この前告白されてな」
この野郎、人がフラれたというのに、今報告してきやがって。性悪だろ。
「今、このタイミングでと思っただろ?」
「思った」
「今伝えたのは理由があってだな。木崎さんには美少女の友達が多い」
美少女の周りには、美少女が集まるというのか、確かに多い気がする。
「それがなんだよ」
「仲良くなったら紹介できるだろ?」
な、ん、だ、と。
友ちゃん、お前は神か。やはり持つべきものは友達だな。
「友ちゃん愛してる!」
「ははは。まかせとけ。それでな、今度木崎さんとその友達とカラオケ行こうって話になってて、優ちゃんも行かねって話よ」
「まじか。行く! と言いたいところなんだが、そういうの二人で行くもんじゃね?」
「それがな、お互い友達にお披露目ってことになったのよ」
なるほど、惚気たいということですね。まあ行くけど。
「そういう感じか。向こうは何人来るの?」
「木崎さんと友達の二人だ。友達けっこう可愛いぞ」
そんなこと言われたら期待しちゃうだろ。
「なんて娘?」
「確か、吉野さんっていったかな。木崎さんとは正反対な感じの元気な女の子だな。お前の好きそうなポニテの似合う感じの」
「お、いいね。テンション上がるわ。いつ行く感じ?」
「今日の放課後」
「今日かよ。今度って言ってたじゃん!」
「なんか予定あったか?」
一応何もなかったはずだが、考えてみる。
……何もないな。強いて言うなら、フラれた直後ってことか。
「いや、何もないけどさ」
「じゃあ決まりな!」
友ちゃんは無邪気にはにかんでいた。
こんな姿見せられたら行かないわけにはいかない。
俺はヤレヤレとすかしてる主人公のようにリアクションをとるのであった。
そんなこんなで放課後を迎えた友ちゃんと俺は、高校から駅へと向かう道を歩いていた。
一年ちょっと歩いた見慣れた道。一人で歩く道と友と歩く道は、何故か印象が違う気がした。
こんなありふれた道も楽しく感じるものだ。
……別にこれから美少女に会うからじゃないんだからね、なんてツンデレ風に考えていると、ニヤニヤが表情に出ていたのか、友ちゃんに「どうした?」と心配された。
「なんでもないよ」
クールに決めてみる。
「どうせこれから美少女に会うのが楽しみなんだろ?」
くっ、バレてやがる。
「べ、べつに楽しみとかじゃな、な、ないし」
「男のツンデレは需要無いぞ」
……そうですね。おっしゃる通りです。
「ま、まあそれはともかく、なんで、学校で待ち合わせしないん?」
「ふっふっふ、それはな……」
友ちゃんは、やたらと溜めてから、誇らしげにこう言った。
「なんかデートっぽくね?」
「うざっ」
余りにも露骨な惚気に、心の声が百七十五キロの直球で出てしまった。パワ〇ロも驚きの速球である。
だが残念なことにコントロールが悪かったようで、彼に効いてないようだ。
「あと、なんか合コンぽいだろ? 普段とは違う場所でってのも新鮮でワクワクしない?」
「まあたしかに、それはあるかもしれん」
「だろ? くっつく様にサポートしてやっからまかせとけ」
本当に良いやつだ。
「まかせたぜ」
俺はすっかり、フラれたことを忘れて、ノリノリで待ち合わせ場所に向かう。
待ち合わせは、うちの高校生御用達のカラオケ、ではなく、少し離れたカラオケ。こっちのほうが比較的空いてるのだ。
むこうの方が安いんだけど、他の高校のやつらも来る分、混んでいる。
だったらということでここになったのだ。
ビッ〇エコー、好きなんだけどね。高校生にはちょっと高いかな。
「まだ向こうは来てないっぽいな」
友ちゃんはスマホを取り出し、連絡がないか確認する。
「なんかもう中にいるっぽいわ」
「まじか。俺らけっこう早めに出たのに」
どんな女の子がいるのかドキドキしつつも、足早に店に入る。
店員さんに「待ち合わせです」と告げ、二人のいる部屋へと向かう。
部屋の扉の前に立つと、妙な緊張感に包まれた。
扉には中が見えるように窓がついているものの、部屋は暗く誰がいるかはわからない。
俺と友ちゃんはお互いに顔を見合わせた。どちらが開けるかというアイコンタクトだ。
結論から言うと、友ちゃんが決心したようだ。
「俺が開けるわ」
そうして友ちゃんは勢いよく扉を開けた。
「おまたせ! ……?」
急に静かになった。無言の空間にカラオケの映像と音が淡々と流れている。
「どうしたの? 友ちゃん?」
固まっている友ちゃんに声をかけつつ、中を覗いた。
……そこには、知らない女の人がいた。
服装から見て大学生くらいだろうか。垢ぬけているせいか、高校生には全く見えない。
「す、すみません。部屋間違えました」
友ちゃんは申し訳なさそうに、部屋から出ようとした。俺もそれに続く。
「あー、もしかして大地君って君?」
急に女の人は友ちゃんの名前を口にする。
「あれ? もしかして知り合いでした?」
「ううん。正確にはこっちが一方的に知ってるだけ。あやちゃんの彼氏でしょ?」
「え、あ、ええと」
突然の出来事に戸惑っているようだ。対する俺は何が起こっているのか全く分からず、空気と化していた。
「あ、ごめんね。私は『木崎 彩』の友達、というか。お姉さんというか。関係性はなんだろ?
一応、幼馴染の『結城 薫』です。よろしくね!」
とても明るい感じの人だ。ボブカットの髪型が非常に似合っている。ポニテ命の俺でもとても魅力的に見えた。
「あ、木崎さんの、ですか。初めまして『大地 友也』です。よろしくお願いします」
「ため口でいいよ。それともおばさんに見える?」
いたずらに微笑む結城さん。
「そんなことないですよ! でも年上ですよね」
「まあ、そうかな。大学生だからちょっと大人かな。
そっちの男の子は?」
突然、振られたことで少し驚きつつも、自己紹介をすることにした。
「自分は『天野 優太』です。木崎さんと同じ高校二年生です。クラスは違いますけど」
「ほうほう。よろしくね。天野君、今日は友達の惚気を見に来たの?」
「まあ、そんな感じです」
質問に苦笑しつつ答えていると、
「優ちゃん、彼女作りにきたんだろ!」
と、横からとんでもない爆弾が投げ込まれた。
「と、友ちゃん!?」
汗がぶわっと噴き出るのを感じた。
こいつなんてこと言いやがる。後で締め上げてやる。
なんて思いつつ睨んでると、結城さんはニヤニヤしながらこっちを見ていた。
「そうなんだー、彼女募集中かー。お姉さん立候補しよっかな」
からかわれているのは理解しつつも、心臓が高鳴った。
何も言えなくなる俺。本当に雑魚でした。
「そうしてやってくださいよ。こいつ失恋で傷心中なんで」
友ちゃんは次々と爆撃してくる。本当に容赦がない。
「じゃ、慰めてあげよっか」
と、顔を近づけてくる。
間近で見た結城さんはどこか色っぽく、そして、透き通っていた。吸い込まれるように瞳を見つめ続ける。
すると、普段は、そんなこと言うキャラじゃない俺の口から自然と言葉が溢れた。
「……綺麗だ」
「へっ?」
お姉さんから不意をつかれたような声が出た。
無意識に出た言葉が自分の中で徐々に消化され始める。と同時に何言ってんだ俺という恥ずかしい気持ちが全身を駆け巡るのであった。
「す、すみません。何言ってんだろ俺! き、気にしないでください」
正直、結城さんの顔が見れない。
どうするんだ俺。どうしよう俺と考えていると、
「優ちゃんがそんなこと言うロマンチストだったなんて知らなかったぞ」
「う、うっさい! 間違えたんだよ! いや間違ってないけど。綺麗だったのは事実だけど」
「優ちゃんの新たな一面見れました。ありがとうございます結城さん」
「え、あ、うん。そうね。初めて言われたかも」
結城さんも心なしか、ちょっと恥ずかしそうに見える。
「すみませんでした!」
「謝らないでもいいよ。正直、嬉しかった、よ」
照れてる笑顔は、最初のお姉さんみたいな表情とは違い、女の子とういう印象だ。
何だろう不思議な気持ちだ。今まで感じたことのない気持ち。ずっとその姿を見ていたいという気持ち。
おかしな話だ。まだ会って数分だというのに、こんな気持ちになるなんて。
これが、恋、というやつなのだろうか。
答えが出ないまま、その後は時間が過ぎていった。
トイレから戻ってきた木崎さんと四人で談笑が始まる。
実は吉野さんが突然来られなくなって、結城さんを急遽呼んだ話や友ちゃんとの出会いなど。
割と惚気が多かったが、今の自分はどこか上の空で、適当な相槌を打っていた。
適当なのがバレると友ちゃんからその都度、「ちゃんと聞け」とか「聞いてる?」お叱りが入る。
俺はごまかすように、「はいはいラブラブですね」ととりあえず返しといた。
その後は、軽く飲んで食べて、歌ったり、いつものカラオケだった。
流行りの曲縛りだとか、アニソン縛りだったりとかが続いてはまた変わっていく。
そうして、数時間が過ぎると部屋の電話がなる。
「延長する?」
とみんなに尋ねる友ちゃん。
「あ、もうこんな時間。流石に怒られちゃうかも」
と苦笑いの木崎さん。
「あやちゃんち門限あるのよね」
「そうなんですか? もしかしてお父さん厳しい、とか?」
「恐いよお、彼氏ですなんて言ったら、どうなることやら」
「マジですか?」
「かおちゃん!」
ちょっと怒る木崎さん。
「冗談だよ、冗談。まあでもアレだしそろそろお開きにしようか」
ということでカラオケを出ることになった。
年上だからと多めに払おうとする結城さんに、男なんで俺に出させてくださいという友ちゃん。
それを聞いてそれなら誘った私と二人でという木崎さん。
結局、割り勘で気持ち多め、俺と友ちゃんが多く払うことになった。
「ありがとうね二人とも。今度飲み物か何か奢るね」
「大丈夫さ。男なんでカッコつけさせてくれ! それより手料理の方が……」
二人の世界に入っていくバカップル。はいはい惚気ですねご馳走様でした。
そうして眺めていると、小さな声で結城さんが、
「仲良いね、二人。うらやましい」
「そうですね……結城さんは彼氏とかいないんですか?」
ふと気になって聞いてみる。
「んー気になる?」
「……まあ、気になります」
「いなかったら嬉しい?」
「え?」
突然の言葉に頭の中がかき回される。
正直、どうなのだろうか。いたらやはり複雑な気持ちになるのだろうか。
「なんてね。正解はウェブで!」
悪戯っぽいおどけた調子で結城さんは言った。
はずなのに、何故か寂しそうな感じがする。いないで欲しいと言って欲しかったのかなど色々考えていると、手に何かを手渡される。
手を広げて広げてみると、小さな紙だった。
「連絡してね」
そういうと、結城さんは木崎さんと友ちゃんの元へと走って行き、おどけた調子で二人を弄るのであった。