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Nevermore

作者: 有明未明

お題:嘘のカラス 制限時間:30分 (実執筆時間:1時間30分)

 イソップ寓話に、このような話がある。

 鳥の王様を決めるにあたり、美がその診断基準となった。カラスは他の鳥たちの落とした羽根で自らを飾り付け、決定の場に臨んだが、それを虚飾として抗議され、すべての装飾を剝がされる。虚飾を戒める教訓物語。

 だが、「本物の」美とは何であろう。

 カラスは自らに色とりどりの羽根を飾り付けた。それを自らの姿を覆い隠す「偽り」として見ることは確かに可能であろう。だが、他の見方も可能だろう――例えば、これをファッションと見たらどうであろうか。自らを着飾ることと、美しくあろうと美容に気を遣う事、この二つに差異はあるのか。

 カラスは身に着けた羽根を剥がされる。

 それがその着脱可能性――それがその個体にとってオプショナルであるか、或いは容易に変更可能であるか、そこにその判断があると見做すのであれば、真実の美とは相対化を拒む性質があるのだろう。少なくとも、一朝一夕に獲得されるような「美」は承認されにくいに違いない。

 整形手術を終えて、一変した自らの顔を眺めながら、私はそんなことを考える。

 技術の進歩は、「美」の獲得を容易にした。

 しかし、その様な手段で得た美しさはしばしば二流のものとされ、生得的な美しさ、或いは「自然な」状態から努力によって勝ち得られた美しさとは区別される。

 自然と、人工。後者は時に皮相的なものとされ、前者の有する絶対性の前に屈服する。

 ――何故?望むモノを容易に手に入れることが出来る、これは進歩ではないのか?意のままにならないということを、それを理由として聖化、賛美するのは、一体何故なの?

 美醜は絶対のものではなくなった。望めば――もちろんそこには経済的な桎梏が発生するであろうが――誰であっても望むような美を自由に手に入れることが出来る。その可能性は万人に開かれている。

 ――そう、望めば他人の顔にだって……?

 自らの思考に僅かな引っ掛かりを覚える。

 ――自己の変容、アイデンティティ、変化への抵抗……

 自己の脳神経の上を、数々のひらめきが断続的に流れ、繋がっていく。

 ――「自然」であることは、慣習的にそうであることが絶対であることは、人にとって安心をもたらすんだ。

 もし醜かったとしても、自らに瑕疵を見出すことがあっても、それがある種運命的で、誰にも責を問うことのできない、どうしようもないことであれば、人は諦観とともに、それを受け入れることが出来るのだ。

 しかし、その前提が打ち砕かれてしまったら?

 今までに正当化されてきたものはその根拠を失い、人々は選択圧に晒される。考慮すべき情報量の増大。「そういったもの」という慣習的な正当性、あらゆる疑念を、情報的負荷を押しのけて人々の思考上に安息を与えるもの。

 「自然」という、ブラックボックスであるがゆえに単数項的な要素は、それが人のコントロールの枠内から外れた、外生的パラメータであるがゆえに――人間社会の複雑性から、選択の圧力と惑いから解き放たれているがゆえに――アジールとなり得る。

 絶対という単純さを、人は求める。

 ふと、鼓膜は振動を捉える。視線を向ければ、一羽のカラス。そこに至るまでに出会った多数の要素を排除し、脳はシンクロニシティという物語を演出する。

 カラスは叫ぶ。

 ――Nevermore!

 黒という、遺伝子によって指定された姿。自然な生の演出する唯一性、絶対性。救済と呪縛。

 近づけば、その鳥は羽ばたき、空へと遠ざかっていく。

 ――嗚呼、人間がその安寧の為に、自己の手を離れたものを必要とするのであれば。

 私もまた歩き出した。世界に釘付けにされながら。

 

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