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怪異奇譚(仮)  作者: 一条和彦
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序章

「話をしよう。これは、昔俺が知り合った不思議な少女の話だ――」


 ――令和二年、島根県の片田舎から東京の高校に進学した俺、()(づき)(なお)()は、五月の休日に一人、明治神宮の杜を歩いていた。

 別に信心深いというわけじゃない。ただ東京の観光地をいろいろ回ったうちの一つというだけだ。 特に願い事もなく、適当に社殿の賽銭箱に五円玉を投げ入れて手を合わせ、その後、そのまま杜の中をぶらぶらしていた。

「癒やされるな……」

 年寄り臭いと思いながらも、ついそんな言葉が口をついた。

 東京の中心地にありながらも先が見えないほど広い昼下がりの杜は、慣れない東京の生活に少し疲れていた俺に多少の安らぎを与えてくれた。

 適当な道を選びながら歩き、奥まった場所の小路に差し掛かった時、大樹の近くでたたずむ一人の少女が目に留まった。


 特に何かあったわけじゃない。ただ、自分で言うのも何だが、こんなところに同年代の少女が一人でいることに違和感を覚えたのと、その少女のことを俺は見知っていたからだ。

 大きく切れ長な瞳。美しく長い黒髪。百七十センチはある身長に大きな胸と細い腰。入学当初から校内で有名となっていた、同じクラスの()(じよう)(はる)()だった。

 眉目秀麗なだけではなく成績優秀、運動神経抜群。女子の間で隠れファンクラブがあるとさえ噂されている。

 ただ、九条が有名なのはそれ以外にも理由がある。それは、彼女が対人関係において興味を全く示さず、感情の起伏がほとんど感じられなかったからだ。

 その美貌から入学当初、彼女に多くの男子生徒が交際を申し込んだが、興味がないとの理由でことごとく振られたらしい。

 また、男子の誘いだけでなく、その運動神経をあてにしたスポーツ系クラブの勧誘や女子からの遊びの誘いも同じく興味がないと全て断り、学校が終われば一人でさっさと帰宅してしまう。

 最低限の受け答えするものの、何を話しても興味がなさそうで表情も変えない。いつしかクラスメイトも彼女に話し掛けなくなり、人間嫌いなどと噂されるようになっていた。

 かく言う俺も、一緒のクラスでありながら、これまで一言も話したことがない。


 新緑と初夏の木漏れ日のなか、大きな木に手を添え静かに幹を見上げる少女。

 このような光景を絵になると表現すべきなのだろうか。

 俺は意図せず九条の立ち姿に見とれ、歩くのを止めてしまっていた。

 ――そのうち、九条も俺の視線に気づいたのか、木の幹から手を離してこちらへ振り向く。

「あら、杵築君じゃない。こんなところで何をしているの?」

「驚いた。俺のこと知ってるんだな」

 同じクラスとはいえ入学してまだ一ヶ月。しかも、一度も話したことのない男子生徒の顔を人間嫌いと噂される九条が知っていいるとは思わなかった。

「クラスメートの顔と名前くらい知っているわ」

「そうか。九条はクラスメイトになんて、興味がなさそうだったからさ」

「心外だわ。興味がなくったって、名前くらいは憶えるわよ」

「興味がないことは否定しないんだな……」

 やはり興味はないらしい。どうやら人間嫌いも正しそうだ。

「それで、あなたはこんなところで何してるの?」

「散歩だよ。越してきたばかりだから東京見物だ。九条こそ、こんなところで何してるんだ?」

「……私も散歩みたいなものかしら」

 一瞬考えるような素振りをみせたものの、特に話す気はないようだ。

 九条はそう答えると、また大木に手を添えて幹を見上げる。すでに俺のことは彼女の意識から外れたようだ。もうこちらを見ようとさえしない。

 俺もこれ以上話す気がない相手の近くで突っ立っているのも居心地が悪いので、そのまま退散することにする。

「じゃあ、またな」

「ええ、また」

 挨拶だけしてまた歩き始めようとしたところ、突然背筋がぞくりとする感覚とともに何か白っぽい物がシュッと足下をかすめた。

「うぉっ!? なんだ?」

 思わず声が出た。

 一瞬だったからよくわからなかったが、リスとかのような小動物とは違う、ぬめっとしているというか、なにか異質な物が足に触れていったような感触。しかし、自分のボキャブラリでは言い表せない奇妙な何か。

 その何かが何処に行ったかとキョロキョロしていると、先ほど俺から興味を失ったはずの九条がこちらを見ている。

 俺はどうして良いかわからずしらばらく沈黙が続いたが、先に九条が口を開いた。

「見えるの?」

 見えるというのは先ほどの白っぽい何かのことか? ただ、あれがなんだった言葉にできない俺は逆に聞き返す。

「見えるって何が?」

「……」

 俺の質問に九条は答えない。ただ、じっとこちらを見ている。

 眉目秀麗なその顔でまじまじと見つめられるとどうにも照れくさく、俺はつい目を逸らしてしまう。

「いや、なんだかわからなかったけど、動物とは違うなんか白っぽい物が足下をかすめたんだよ。でも、どこにもいないから気のせいかなと……」

「……」

九条はそのまま言葉を発せずこちらを見続けていたが、しばらくすると軽く息を吐き、話し始めた。

「いつも見えるわけではないようね。たまたま波長が合ったのかしら? でも、見えたなら少しは説明しておいたほうが良さそうね」

 九条が話を続ける。

「この杜はね、大正時代に明治天皇をお祀りする神域として約二十二万坪にもなる土地に全国から十万本の献木が植樹されて作られたの。それから百年、長い年月を経て今ではいろいろな物が集まる場所になったわ」

「いろいろな物?」

「普通の人には見えない、いろいろな物……。あなたが見たものよ」

「普通の人には見えないって、妖怪みたいな?」

「そう受け取ってもらってかまわないわ」

このご時世に妖怪? いや、そんな物がいるはずがない。だが、俺が見た物は確かに動物などでは……。

「もう見えないなら気にしない方が良いわ。それに、もしまた見えたとしても。見えないふりをしておきなさい。一般人が関わって良いことなど一つも無いから。私からはそれだけ」

そういって、九条はまた大樹の方に向き直ってしまった。


 気味が悪くなった俺は、その後一言も発せずに足早にその場を後にした。

 曲がり角にさしかかり、先ほどの場所が見えなくなる少し手前、俺はもう九条のほうを見るべきではいと思いつつも、つい好奇心に負けて、もう一度だけ彼女のほうを向いてしまい、そして見てしまった。


 そう、霧のような白い物が、九条の周りをいくつも飛びかっているのを……。

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