第31話 親友
体育祭も中間試験も終え、6月の初頭。安堵の雰囲気に包まれている教室に衝撃が走った。
「えー実はこのクラスに教育実習の先生が来ること
になった」
「えー、白井先生
どうせ男なんでしょー?」
「それが女の先生なんだよ
いやーえらい綺麗な人でな
俺が既婚者じゃなきゃ確実に行ってたね」
「よっしゃー
美人教師がついにこの高校に」
「女の先生はおばさんかおばあちゃんしかおらず
入学早々砕かれた夢がついに」
「いや、待て白井先生の趣味が独特という可能性も
ある
焦りは禁物だ」
おいおい、男子ども体育祭で優勝した時以上の盛り上がりじゃねぇか。
まぁ俺も楽しみなんだが。
「優さん、何か嬉しそうですね
美人教師なんて若い高校生男子をたぶらかして
手玉にとるような性悪じゃないですか」
「おい、夢壊すようなこと言うなよ
ウリエルだってイケメンの教師が来たら嬉しいだ
ろ?」
「まぁある意味嬉しいですね」
「ある意味?」
ウリエルは咳払いをし、少し頬を赤らめてニコッと笑って言った。
「イケメン教師が現れれば優さんの競争率が減るか
もなーって」
「そ、そうか」
くそー、この前雨宮さんにあんな事言われたから余計意識しちまうじゃねぇか。こんな可愛い顔で可愛い事言われたら誰だって嬉しいわな。いや、早まるな俺。コイツは基本無神経でやかましい奴なはずだ。
「優さん大丈夫ですか?
顔茹でダコみたいになってますよ
もしかして風邪ひいちゃいました?」
「いやー暑くてさ、もうすぐ夏だもんなー」
(この前のお返しですよ、優さん)
「じゃ紹介するな
どうぞ小林先生」
教室のドアがガラガラと音を立てて開く。髪はセミロングで肩にギリかかっている感じ。栗色の髪と少し茶色がかった黒い目の優しそうな先生が入ってきた。
「みなさんこんにちは、小林 優子と言います
2週間という短い期間ではありますが
よろしくお願いします」
「えー小林先生には国語を担当してもらう
お前ら仲良くしろよー」
それから俺たちのクラスで小林先生は男女問わず大人気だ。物腰が柔らかく誰に対しても優しく穏やか、そりゃ皆好きになるわ。最初は難癖つけていたウリエルもすっかり先生と仲良しである。
だが、なんだか最近ルカーサルの様子がおかしい。そもそも小林先生が初めてこのクラスに来た時もえらく驚いた後、見たこともないぐらいの微笑みで先生を見つめていた。今までは基本的にいつもそばにいたのだが、最近はいつのまにかどこかへ行っている。
これは、聞いてみた方が良いかもな。
俺はウリエルを振り切り、ルカーサルと使い魔談話室へ行きその事について聞いてみた。するとルカーサルは真剣な顔を見せ黙ってしまった。何か聞いちゃいけないことを聞いてしまったのだろうか。
「あのさ、別に話したくないことだったら話さなく
ても大丈夫だぞ」
「いや、そろそろ話しておくべきかもな」
「何か訳ありみたいだな
覚悟はできてる、話してくれ」
「ああ」
「実は私は元人間で、あの小林先生は私が人間だっ
た頃の親友だ」
「へぇーそうなの、え?
人間って、ええーーーー!!!
使い魔って皆そうなの?」
「いや、恐らく珍しいケースだ
使い魔の前世は基本は動物だ
しかも前世の記憶を持っているのはごく僅かだ」
「何か衝撃的すぎてついていけんわ
ん?もしかしてルカーサルって」
「そう、私は高校2年生の時に事故に遭って
それから悪魔として生まれ変わったんだ」
「そうだったのか、悪いな
辛い事思い出させちまって」
「その事に関してはもう気にしていないさ
だが、別れも言えず残していってしまった優子の
事が気がかりで
本当によかった、夢の為に頑張っているんだな」
「余計なお世話かもしれないけど
小林先生と話さなくていいのか?」
「大丈夫だ、元気に頑張っているのが分かっただけ
で充分」
「そっか」
それから俺は何もする事が出来ず、月日は流れていき今日が小林先生の最後の勤務だ。
皆で寄せ書きを書き、男たちは泣き崩れ未だに先生がいない現実を受け止めきれない者もいた。女子たち特にウリエルは最後まで先生にべったりで、この先生はいい先生になるだろうなと思った。
俺がやる事は間違っているのかもしれない。でもここでなにもしなかったら絶対後悔する。後でルカーサルに恨まれたとしても。
皆が下校して、小林先生は教室の中をぐるぐる歩き回り、自分の教育実習の日々を懐かしんでいた。
「先生、少しよろしいですか?」
「あれ?まだ帰ってなかったんですか
天道君」
先生は2週間しかいなかったのに俺たちの顔と名前を全員覚えていた。
「実は話したいことがあって
俺の使い魔は昔先生と親友だったんです」
「待ってくれ、優
それは」
ルカーサルの声は聞こえていたが、俺は話を続けた。
「珍しいケースらしくて
人間の頃の記憶を持ったまま使い魔として
生まれ変わって今ここにいます」
「もしかして亜香里なの?」
先生の目からは涙が滲んでいた。俺はお邪魔だな、2人きりにしよう。俺はさっと教室から出ていきドアから中を観察した。覗き見と言われるとその通りだが俺には最後まで見届ける義務があると思った。
ルカーサルは諦めたらしく小林先生の前に姿を現した。制服に着替えているがあれは昔の高校の制服なのだろうか。
「その制服、高校の頃のだよね
思ったほど別人ってわけでもないんだ
昔の面影がある」
「ああ、その
頑張ってるみたいだな」
「うん、私の夢だから
亜香里は昔から応援してくれてたね」
「それはそうさ
不安そうな優子の顔を見たら、嘘でも応援したく
なる」
「ちょっとー、嘘でもはひどくない?」
「ああ、そうだな」
明るい雰囲気で話した後、小林先生は何度も唇をきゅっと噛み、少し口を開け言った
「亜香里が事故にあったって聞いた時は本当に辛か
った
私はあなたのことが大好きだったから
でも落ち込んだままじゃ亜香里に怒られちゃうっ
て思って」
「本当にごめん
もし私があの時子供を無傷で助けられていれば」
「あーあ、本当は怒りたいところだけど
子供を庇った事は後悔してないんだね」
「ああ、してないよ」
「そっか、じゃあ私から一つお願いがあります」
「うん、何でも言ってくれ」
「天道君を助けてあげて
あなたがいてくれたら彼はきっと彼自身の夢を叶
えることができる」
「買い被りさ」
「親友が言うんだから間違いない!」
「フッ、変わらないな」
「そっちこそ」
「あのさ、また会いに行ってもいい?」
「私は優の使い魔だ
他の人間と気軽に接することはできない」
「そう、だよね」
「そのあれだ
たまになら会ってもいいのかもな」
「うん、絶対行くね!」
それから俺たちは先生と別れて自宅へ帰った。
「ルカーサル、怒ってるか?」
「何、私は優の使い魔だ
主人に振り回されるのは覚悟の上さ」
「えっと、そうだ
今度どっか連れてってやるよ
とこか行きたいとこあるか?」
「優がイヤじゃなければ
私の墓に行ってみたい」
「おう
今度一緒に行こうぜ」
ルカーサルにも色々あったんだな。いつも頼りになるお姉さんって感じだけどやっぱりルカーサルも女の子で、弱い部分が見れて少し嬉しかった。
でも亜香里って名前どっかで聞いたことある気がするするんだけど、思い出せない。