復讐の誓い
豊穣の神働術師。
人は皆、俺のことをそう呼ぶ。
豊穣の女神ダミアーを従え、その権能をフルに使いこなせるからこそついた二つ名だ。
ここルーラオムは小さな村だが、皆働き者なので、別に俺が作物の豊穣を願わなくても自給自足はできている。だから神働術師の俺は大して役に立っていない。
それでも村の皆は、俺を優しく受け容れてくれて、食べ物や住居を分け与えてもらっている。
分かっている。
今どき、魔術師にでもなって稼げる仕事に就いた方がよいと。
でも俺は、ダミアーが好きだし、彼女の権能も好きだ。神働術師であり続けたい。
そう思ったからこそ、今日は前々から仕込んでいた、七色のバラを一気に咲かせてみた。村から森を挟んだところに花壇を作って栽培していた。何世代もの品種改良を続ける必要があるので、ダミアーにお願いして、成長促進の加護を何度もかけてもらった。
その甲斐あって、今日ようやく虹色のバラができたのだ。それも一面にわたって咲き誇るバラだ。
「マスター、やりましたね」
ダミアーが嬉しそうに声をかけてくる。
「そうだな。きっとみんなも喜んでくれるはずだ」
そう意気込んで村に戻ると、異様な空気が漂っていた。
まず、音がしない。いつもみんな賑やかにしているというのに。
「おーい、誰かいないのか?」
呼びかけてみるが、返事がない。
「おーいって、レギア?」
しばらく進むと、見知った友人の変わり果てた姿がそこにはあった。
あまりの光景に、丹精込めて作ったバラの花束を取り落とす。
レギアは目鼻口から体液を流し、既にこと切れている。
「一体何が……」
道をさらに奥へと進むと、同じような死体がいくつも転がっていた。当然、皆見知った顔だ。
「なんだよ……これ……」
「何って、VXガスですよ」
後ろから声がしたので振り返ると、燕尾服を着た男が立っていた。顔面は仮面のようなもので覆われ、見えない。
「私でさえガスマスクを着けていなければ危険だというのに……なぜあなたは無事なのです?」
男は不思議そうに問う。
なぜと言われても分からない。
それに、VXガスってなんだ?
「まぁいいでしょう。こうなった以上、ここはうち捨てざるを得ませんね。一旦出ましょう。ここに長居は危険です」
手を引っ張られ、村から5kmほど離れると、ようやく男は仮面を脱いだ。
「単刀直入に言うと、異世界のテロリストどもの仕業ですね」
「テロリスト? なんですそれ?」
「あー、チンピラや夜盗どものもっとヤバいバージョンです。異世界からやってきます。我々の遥か先を行く科学技術の使い手です。まともにやり合うのは、高位の魔術師ですら危険ですね」
「そんな奴らに、俺の村は滅ぼされたってのか?」
「そうなりますね。おそらく新作兵器の実験でしょう。我々も奴らを追っていたのですが、間に合わいませんでした」
そんな。そんな理不尽な理由で、村人たちは殺されたというのか?
「……復讐してやる」
「無理ですね。相手は化学兵器を大量保有する殺戮者の集団です」
「それでもやる。俺は神働術師だ!」
一瞬の沈黙を置いて、男は微笑んだ。
「その意気や良し! いいでしょう。我々はあなたの復讐に協力します。その代わり、我々にも協力して頂きたい」
「我々……?」
「あなた方にとっての異世界、『地球』の企業、パシフィック社です。私はそこの幹部の綾野令二。あなたは?」
「アルクス・フォン・ルーラオム。【豊穣の神働術師】だ」