1万年死に続けた少女
亜里香を連れてもも恵ちゃんが待つ部屋に戻る。
「その子は?」
もも恵ちゃんは亜里香を見ると険しい顔になる。
警戒しているようだ。
「この子はモンスターの巣に居た子だ」
俺はことの経緯を説明する。その際、テーブルが無いと面倒だったので、テーブル一つと椅子を三つ作った。
「不老不死。私たちよりも前に来た転移者」
もも恵ちゃんはジロジロと亜里香を見る。
「情報は多いに越したことはありません」
ごほんと咳払い。
「あなたはいつからここに来たんですか」
「どうしてお前に言わないといけないんだ」
亜里香の冷たい目でもも恵ちゃんのこめかみがピキッとする。
「なんで話してくれないの?」
もも恵ちゃんは引きつった笑みを浮かべる。
怒ると笑うタイプか。
「一馬が話せと言ってないからだ」
亜里香は足を組んで欠伸する。俺のせいなの?
「どうして一馬さんが話せと言わないとダメなの?」
「女は男に従うのが義務。弱者は強者に従うのが責務。一馬はどちらも満たしてる。お前は満たしていない」
もも恵ちゃんがバンとテーブルを叩いて立ち上がる。
「私たちは仲間です! なら私に話してくれてもいいでしょ!」
「確かに私とお前は同じ奴隷仲間だ。だが奴隷仲間に喋ることは無い。奴隷がこそこそやると、主人は脱走するのではと不安になるからな」
亜里香はもも恵ちゃんを舐め切っている。
もも恵ちゃんはそれを肌で感じてイラついている。
「あなた中世からタイムスリップしてきたの! 私が奴隷なわけ無いでしょ!」
「今はそんなことが言える。でも一週間後には、肌で奴隷だと感じるようになる」
「なんでですか!」
「一馬が私やお前を犯すからだ」
なんで俺に飛び火するの。
「亜里香。俺はそんなことしない。だから安心してくれ。信用してくれ」
童貞だがそれくらいの分別はある。
「男は皆そうやってカッコつける。だが一週間後に獣と化す。いつもそうだ。今回もそうだ」
亜里香は自虐的に笑う。
いつも。気になる単語が出てきた。
「いつもってことは、前もこんなことがあったのか?」
「私はここに来て一万年になる。だから何度もお前たちのような転移者と会ったことがある」
「一万年前!」
「驚いたか。私もびっくりだ」
亜里香は両手を見つめると、指を折って何かを数える。
「もしかすると十万年前か? 百万年前か? 殺されすぎて、犯されすぎて、時間が分からなくなってしまった」
ケラケラと楽しそうに笑う。可哀そうな笑顔だ。
「亜里香は一万年前にここに来たのか……」
信じられない。だが不老不死なら、歳をとらないからあり得る話だ。
それでも信じられないが。
「最低でも一万年はここに居る」
亜里香は再び指を折って何かを数える。
「犯されてる時や殴られている時、拷問を受けている時、食われている時は暇だから、数を数えて暇を潰すようにしている。900,000,000(九億)まで数えたのは覚えているから、一万年は確実に居る」
とんでもないことを軽い調子で言う。
「百年、一万年……信じられない」
もも恵ちゃんはうろたえる。当たり前だ。
「信じてくれないならそれでいい。証明する手立てはない」
亜里香は本当に落ち着いている。
この落ち着き様、事実かもしれない。
少なくとも十代の若者ではない。
「亜里香は生年月日を覚えているか」
「お! さすが一馬。それに気づくとは頭がいい」
クスクス笑う。
「私は2021年生まれだ。そして2034年に、父親に殺されてここに来た」
「時空が歪んでいる」
納得した。
父親に関しては後で質問しよう。
「時空が歪んでるって?」
もも恵ちゃんは飲み込めていない。
「もも恵ちゃんは何月何年に死んだのか覚えているか」
「私は2021年の八月です」
「俺は2020年の五月に死んだ」
もも恵ちゃんの瞳が大きくなる。
「分かりやすい例を出すと、緒方が時間操作のチートを持っていただろ」
「覚えてます」
「時間操作ができるなら、こんなこともあり得る」
もも恵ちゃんは深刻な表情で考え込む。
「未来、過去、現在問わず、死んだ人間を手当たり次第に転移させてるってことですか?」
「もしかするとジャンヌダルクに会えるかもしれない」
漫画のドリフ〇ーズがいい例か。ゲームのF〇teシリーズのサーヴァントもそれっぽい。
「あの女神は一人一人面接していた。だから違う時代の人と出会わなかった。浦島太郎現象……相対性理論……」
もも恵ちゃんはぶつぶつと考えている。理系っぽい。
「そんなどうでもいいこと真面目に考える必要あるのか」
亜里香はもも恵ちゃんに呆れる。もも恵ちゃんは考え事に夢中で気づかない。
「プログラマーはロジックにうるさいから、勘弁してやってくれ」
ロジックにうるさくないと、プログラミングなんてできない。
「もも恵ちゃんは置いておいて、二人で話をしよう」
「なんでも答えてやるぞ」
亜里香は儚く微笑む。なぜ儚く微笑んだのか、分からない。
「亜里香は一万年前にここに来た」
「その通り」
「これまで何人の転移者と出会った?」
「一万人は確実だな」
「年に一回の割合で転移者がここに来るのか」
「それは分からない」
「どうして?」
「このダンジョンは広いし、モンスターも凶悪。私に出会う前に、全員死んだ可能性は十分ある」
考えられる事態ではある。
「極端な話をすると、安全地帯で待っていれば、百人でも千人でも仲間を作れるってことか」
「できる。生きていればの話だが」
仲間を集めて進むか。三人で行くか。
いつ来るか分からない仲間を当てにするのは危険だ。三人で進むしかない。
「君の他にも生存者は居るか?」
「それも分からない」
「ダンジョンは広いから、運が無いと出会えないってことか」
「お前たちと出会えたのは幸運だろうな」
楽しそうにケタケタ笑う。やけくそに見える。
「亜里香はダンジョンの構造とか、敵の種類とか分かるか?」
「おおむね分かっているつもりだ」
心強い。
「このダンジョンに出口はあるか?」
「ある。この目で見た」
「どこにある!」
思わず身を乗り出す。
「本当に知ってるの!」
もも恵ちゃんも考える事を止めて、亜里香に詰め寄る。、
「その前に、この階の地図はあるか」
「あるある!」
もも恵ちゃんはあたふたとスマホを取り出す。
亜里香はスマホの地図を見て、数分考えこむ。
「ここは最上階か」
呟くとスマホをテーブルに置く。
「出口は最下層にある」
「最下層は何階だ」
「地下二十階」
「地下二十階か。少し長いが、絶望的な長さじゃない」
もも恵ちゃんと顔を合わせる。
希望が見えてきた!
「最上階から最下層までの距離は地球一周に匹敵する40,000(四万)キロメートル。それでも笑えるか」
亜里香はニヤニヤと楽しそうに笑う。
「地球一周分……」
もも恵ちゃんの顔色が蒼白になる。
「地下五階は百キロもある水路。百メートルを超える魚人の巣。地下十階は数千度の炎で満ちる灼熱地獄。百メートルを超える炎の巨人の巣。地下十五階は酸素が無い宇宙空間。直径数キロを超える宇宙生物の巣。その他の階層は、トラップやモンスターがたくさんいる」
もも恵ちゃんと一緒に絶句する。
「最上階は手ぬるい。スタート地点から地下に続く階段まで百キロしかないし、敵もヴァンパイアやダークピエロと雑魚しかいない。罠は即死するだけの毒矢や、溶けるだけの毒霧など生ぬるい。音速行動チート、状態異常無効チート、即死チートなど、一般的なチートがあれば、五年程度で抜けられる」
亜里香はケタケタ笑う。
「待って待って! 階段まで百キロ! 地図だとはそこまで広くない!」
もも恵ちゃんは血相変えてマリアに地図を見せる。
「それは半径十キロしか表示していない」
「そ、そんなバカな」
「自分で作ったから分かってるはずだ」
もも恵ちゃんは言葉に詰まる。
「ちなみに先に進むには隠されたワープトラップを百個以上踏む必要がある。そうしないといつまで経っても階段にたどり着けない。同じ場所をグルグル回るだけ」
「何それ。先に進ませる気があるの」
「先に進ませるつもりがあるか? ははははははははは!」
亜里香は腹を抱えて大笑いする。
「私が出会った奴の六割は仲間と食料や女をめぐって殺しあった。二割はモンスターやトラップで死んだ。残りの一割は老衰で死んだ」
もも恵ちゃんは亜里香の言葉に絶望する。
「絶望的だろ」
亜里香は肩を竦めて、ひたすら笑う。笑うしかない。
だが絶望している暇はない。
「なぜ亜里香は出口を見たのに、ここに居る」
ここまで詳しく説明できるなら、亜里香は最上階から最下層まで踏破したと考えられる。
なのになぜここに? 脱出すればいいのに。
「私は一万年前、仲間とともに最下層を目指した」
亜里香はギュッと自分の腕を掴む。
「七十年くらいかけてたどり着いた。三十人居た仲間は二人だけになっていた。私以外の仲間はお爺ちゃんお婆ちゃんになっていた。それでもなんとかたどり着いた」
「だから出口を見れたのか」
こくりと頷く。
「私は出口を見た。だが弱いから出られなかった」
「ラスボスが居るってことか」
ゲームだと定番だ。
「そんな感じ」
亜里香はため息を吐く。
「それから私はダンジョンを放浪した」
「なぜ放浪した? 最下層で待っていれば良かったのに」
「最下層付近は最上階へワープさせる嫌がらせモンスターが出てくる。私は弱かったから倒せなかった」
今までの努力が水の泡。とんでもないモンスターだ。
「でも、私は最上階へワープして良かったと思ってる」
「なぜだ」
「一人は寂しい」
ギュッと目を瞑る。涙をこらえる。
「私はそれから、お前たちのような転移者と行動を共にした。ほとんどが絶望に耐え切れず、私を犯した。私を殺した。そしてそいつらは私を残して自殺した。殺しあった。私だけが生き返った」
なんてヘビーな人生だ。
「絶望に耐えた者は、飢えや病、老衰で死んだ。モンスターに殺された。トラップに殺された。私だけ死ねなかった」
不老不死の苦しみか。
「私は不老不死だけど弱い。でも重宝されることもあった。そんな時は、最下層まで進めることもあった。私はそこで彼らと別れた」
「そいつらもラスボスに勝てなかったのか」
亜里香は答えず、ふっと軽く笑う。
「ほとんどが犯されるか殺されるかの一万年。たまにいい奴は居るけど、それも最初だけ。耐えられなくなり、私を犯す。私を殺す」
人間不信になるわけだ。
「でも、最下層に行けた奴らは、お前を重宝したんだろ」
慰めたい。
「私はなぜ彼らに重宝されたと思う」
「弱くても知識があったからだ」
「確かに私は知識がある。でもそれで重宝されるのは最初の一年だけ」
亜里香は寂しげに微笑む。
「私は娼婦として重宝された。弱い私には、男を慰めることしかできない」
なんてこった。
ヘビーすぎる人生を聞いて、俺ともも恵ちゃんは無言になる。
「他に聞きたいことはあるか。知っていることなら何でも話すぞ」
亜里香は嫌な空気を吹き飛ばすためか、大あくびする。
質問を考える。
「お前はどうしてモンスターに囚われていたんだ? 部屋に入ってきたのか?」
「モンスターは基本、部屋の扉を開けない。だから戸締りしておけば安全だ」
行儀のいいモンスターだ。ありがたい。
「ならお前は、戸締りを忘れたのか?」
「モンスターは自分の巣の扉は例外で開ける。私はモンスターに連れ去られたんだ」
「お前は知識がある。それなのに連れ去られたのか?」
「五年ほど前だ。私は何年かぶりに転移者と行動を共にしていた。炊事洗濯性処理を行う奴隷として」
「オーマイガー」
「あいつらは中々に強かったが、それが油断を招いた。モンスター召喚のトラップを踏んで囲まれた。私は囮に使われた」
「変なこと聞いてごめんなさい」
頭を下げる。
「気にしなくていい。いつものこと。それにお前には感謝している」
「感謝?」
「私は五年ほど、あそこで食われていた。助けてくれなかったら、あと十年は食われていただろう」
亜里香はニッコリと笑う。
「助けてくれてありがとう」
ドキッとする。
「それに私を囮に使った奴らだが、結局モンスターに殺された! 笑える! クソ雑魚の私に囮が務まると思うなんて馬鹿だね!」
「違う質問をします」
空気を換えるために別の質問をする。
「このダンジョンに来る前の赤い部屋は覚えているか」
女神マリアが居た部屋から出ると、赤い部屋に出た。
あそこはどこか、気になった。
「しっかりと覚えている」
「部屋の主の女は誰か、分かるか」
「推測で良いか」
「それで十分だ」
亜里香は表情を暗くする。
「あの女は、時空に封印されたはずの破壊神だ」
「破壊神!」
「そしてここは、破壊神が作り出したダンジョン」
俺はゼラの笑みを思い出す。
あの恐ろしい佇まい。
破壊神なら納得だ。