五人の嘘つき
赤い通路を進むと、赤い扉が現れる。
「どこまでも趣味が悪い」
扉をカチャリと開けて先に進む。
扉は俺が先に進むと、煙のように消えた。
「おせえぞ!」
茶髪の学生が突然食って掛かる。
「悪かった」
言い争うのも面倒なので流す。
「ここは、ダンジョン?」
壁や床、天井は石造りだ。埃臭いし、燭台も電灯もない。
誰かが光を生み出す魔法で、照らさなければ、真っ暗だっただろう。
観察すれば、扉が一つだけ見える。あとは何もない。
俺たち百人は、ダンジョンの一室に飛ばされたらしい。
「あの女はなぜこんなところに我々を飛ばしたんだ?」
学者風の男が眼鏡をくいっと上げる。頭がよさそうだ。錬金術のチートを持ってそう。
「魔王の本拠地かも」
可愛らしい女子高生がブルりと震える。
セーラー服の前が盛り上がるくらいおっぱいがデカい。スタイル抜群だ。
長い黒髪も美しい。
どんなチートを持っているか分からないが、警戒心が強いから、探知系のスキルを持っていそうだ。
「ならさっさとぶっ飛ばしに行こうぜ!」
茶髪の学生はやる気満々にシャドーボクシングを始める。こいつは喧嘩に関するチートか?
「色々情報収集したほうがいいかもしれない」
大学生風の男は身長に部屋を見渡す。ゲーマーかな。この手のダンジョンには慣れていそうだ。もしかすると俺みたいに複数のチートを持っているかもしれない。
「さっさと先に進もうぜ!」
茶髪の学生は警戒心もくそもなく喚く。
こいつはクソガキで良いな。
「情報収集が先だ」
軍服を着る男がクソガキを睨む。自衛隊か?
武器に関するスキルを持っていそうだ。
「ち」
クソガキは舌打ちすると静かになる。
「皆で部屋を調べよう。何かあるかもしれない」
「罠には十分警戒しろ。怖いとおびえるものは部屋の中心で待機だ」
大学生風の男と軍服を着た男が皆に命令する。
大学生風の男はゲーマーと呼ぼう。
軍服の男は軍曹と呼ぼう。
「私は怖いからここに」
女子高生は恐る恐る部屋の中心に立つ。あとで名前を聞こう。
「私も怖いから」
「よく分からないから任せる」
女子高生に続いて、半分以上の転移者が部屋の中心に集まる。
「俺はどうするかな」
じっくりと考える。
アニメや小説と展開が違う。だからあれはいったん忘れよう。
今の俺はよく分からない状況だ。
チートを持ったらダンジョンに迷い込んだ。
おまけに俺はよくよく考えると、たくさんチートをもらったが、使い勝手が分かっていない。
どんな魔法が使えるのか? 武術をマスターしているがどれくらい強いのか? 分からないことだらけだ。
止めとばかりに、他の転移者が何を考えているのか、どんなチートを持っているのか分からない。
協力できるのか、それとも仲違いするのか、予測できない。
「現状、揉めるのは得策ではないな」
協力する振りくらいはした方が良い。命令されたら、ムカつくが黙って従おう。
「探すふりでもするか」
とりあえず、しゃがみ込んで床に触る。
何の変哲のない石造りの床だ。罠は無い。
「このダンジョンがどれくらい危険か分からない」
調査しながら考える。
ゼラの言葉が耳にこびりついて離れない。
「あいつの口ぶりだと、チートを持っていても苦戦する」
しかし、誰に苦戦するんだ?
魔王のことを言ってるのか?
「考えても分からないことだらけだ」
悩んでいても仕方がない。
慎重に慎重に、行動しよう。
それから数十分、部屋を調べたが、何もなかった。
「さっさと行こうぜ!」
クソガキがシュッシュッと拳を振る。鉄砲玉になってくれそうだ。
「ここに止まっていても仕方ない」
軍曹は皆を見渡す。
「我々は先に進む。臆病者は待っていろ」
先が安全か確認してくれるようだ。さすが軍曹、頼りになる。
「初めは十人で進もう」
ゲーマーが提案する。しっかり考えてるな。
「なら俺が行くぜ!」
クソガキは息をまく。
それに続いて勇敢な男が志願する。
「私が先に進む」
軍曹はアサルトライフルを作り出す。武器生成チートか。
軍曹はドアに張り付くと、向こう側の物音を確認する。
そして十秒くらいじっとしていると、ゆっくりとドアを開けた。
「クリア」
懐中電灯でドアの向こう側を確認すると、警戒しながら部屋を出る。
「めんどくせえな」
クソガキたちは軍曹に続いて、部屋を出た。
「彼らが戻ってくるまで待機しよう」
ゲーマーは扉近くの壁に寄りかかる。
女子高生は部屋の中心で体育座りする。
俺は女子高生の傍に座る。下心は正直ある。
「軍曹が居るから、簡単に出られるかもな」
あれだけ慎重に行動してくれるなら、簡単には死なないだろう。
火器も作れるし、頼りになる。
そう思っていたが、軍曹たちは一時間経っても帰ってこなかった。
「どうして戻ってこないんだ?」
部屋がざわめく。俺も不安になる。
「確認しに行こう。怪我で動けないのかもしれない」
ゲーマーが立ち上がる。
「誰か、回復アイテムを作れる奴は居るか?」
「俺が作れる」
ゲーマーの声に学者風の男が反応する。あいつはインテリと呼ぼう。
「千切れた腕を戻す薬とか作れないか」
「作れる」
インテリはゲーマーの注文に次々と答える。
準備が済むと、ゲーマーはアイテムボックスにアイテムを仕舞う。
「誰かついてきてくれ」
「なら俺が行く」
再び十人のチーターが集う。
「行こう」
ゲーマーは率先して、部屋を出た。
それに九人も続いた。
「ゲーマーなら大丈夫かな」
ゲームに慣れてそうだし、多分、異世界転生物のアニメも見てるだろ。なら強力なスキルを複数持ってるはずだ。
だがゲーマーも帰ってこなかった。
「どうなっているんだ」
一時間もすると、インテリが親指の爪を噛み始める。
「誰か確認してこい! 言っておくが、俺は戦闘系のスキルは持っていないから無理だぞ!」
化けの皮が剝がれた。
「私が見てくる」
今度は勇敢な女性が立つ。ガタイが良いから柔道選手か?
それにつられて他の奴も立ち上がる。
再び十人の勇者が集まる。
しかし、彼女たちも、帰ってこなかった。
「いったいどうなっているんだ!」
ついにインテリが癇癪をおこした。
「誰か見に行け! 早く!」
自分が行けばいいのに。
「私が行きます!」
なんと! 女子高生が立ち上がった!
「俺も行く!」
可憐な美少女を放っておけない!
「他に行く奴はいるか!」
インテリが怒鳴り散らす。なんでお前が命令するんだ?
「女の子を一人にしちゃいけないな」
ホスト風のチャラい男が立ち上がる。
「俺も行くぜ!」
ボディビルダーみたいに筋肉もりもりのマッチョマンも立ち上がる。
「私も行こう」
紳士風な老人が立ち上がる。
「女の子が行くって分かったら調子いいぜ」
人のこと言えないけど。
「ありがとうございます!」
女子高生は下心に気づかず頭を下げる。
いい子だ。ちと反省。
「行く前に、簡単な自己紹介をしよう」
ドアの前に立つと、紳士風な老人が声をかける。
「私の名前は緒方賢一。受け取った力は時を操る能力だ」
「時を操る! 最強のスキルだ!」
思わず声を上げる。その手があったか!
「とはいっても、どうやら一分しか、時を止めたり、巻き戻したりできないらしい」
緒方さんは人の好い笑みを浮かべる。
いい人そうだ。
「十分ですよ!」
とにかく、心強い味方だ。敵に回したくない。
「俺の名前は斉藤晃。職業はホスト。スキルは女にモテる!」
「モテる、だと」
その手があったか! ハーレム作りたかったぜ!
「だから変にドキドキするんですね!」
女子高生が頬を染めて、キッと晃を睨む。くそ。
「可愛いね。でも俺は金のない女には興味が無い」
「最低です!」
女子高生はぷりぷり怒る。可愛い。
「俺は大山一。見ての通りボディビルが趣味だ。スキルは体格操作。ボディビルの大会にも、フィジークの大会にも出られる!」
フィジークッてなんだよ。それに大会に出るためにスキル取得したのか?
「私の名前は桃山もも恵です。見ての通り高校生です。取得スキルは、スマートフォンです」
「スマートフォン?」
どっかで聞いたことのあるスキルだ。
「何ができるんだ?」
疑問に思ったので聞いてみる。
「インターネットが使えたり、SNSが使えたり!」
役に立たねえ。
いや、WIKIPEDIAが使えるから便利か?
マヨネーズのレシピ公開したら億万長者か?
「俺は新庄一馬。スキルは武術の達人だ」
スキルに関しては嘘を吐く。
もも恵ちゃんはともかく、他の三人は信用しきれない。
信用出来たら話せばいいだろう。
「なら、君と私が先頭を歩こう。」
緒方さんが隣に並ぶ。
「戦闘に役立ちそうなのは、俺たちだけですからね」
他の二人がもも恵ちゃんに変なことしないか不安だが、今はそう言ってる場合でもない。
「さっさと行け!」
インテリが再び怒鳴る。うるさい奴だ。
「行こう」
言い合っても仕方ないので、ドアを開ける。
ドアの向こうはダンジョンよろしく、石造りの通路だった。
幅は五人が並んで歩けるくらい。
「ここじゃ剣術は使えないな」
心の中で舌打ちする。剣を振り回したら、壁にはじかれる。
槍なら突くだけだから大丈夫か?
「どうやら彼らは右手に進んだようだ」
緒方さんはしゃがみ込むと右方向に顔を向ける。
「どうしてそんなことが?」
「足跡がある」
言われてみると、土ぼこりの足跡があった。
「先が見えないな」
目を凝らす。通路の奥は暗闇だ。
「暗いな」
晃が嫌そうに言う。
「スマホのライトがあります」
もも恵ちゃんがスマホを取り出すと、ライトをつける。
「私も先頭に並びます!」
もも恵ちゃんはニッコリ笑うと、俺の隣に立つ。
「危ないぞ」
女の子と一緒に歩くのは歓迎だが、ダンジョンの中だと喜べない。
「明かりは私のスマホだけです」
もも恵ちゃんは目を吊り上げる。絶対にスマホは渡さないって言っている。
「仕方がない。私と新庄君、桃山さんの三人が先頭だ。二人は後方を頼む」
緒方さんはため息を吐くと、晃と一に言う。
「オッケ」
「任せろ!」
二人は自信満々に笑う。警戒心が無い。
「念のため、どんな行動をするか、五人で話し合おう」
緒方さんは晃と一の横に立つと、俺たちに手招きする。
「私は遠慮します。皆さんに従いますから」
もも恵ちゃんは笑いながら、こっそりと俺の袖を握る。
「俺も遠慮する。あんまり頭が良くないんでね」
俺は気になったのでもも恵ちゃんと話がしたい。
「そうか」
緒方さんはそう言うと、二人と話を始めた。
「嘘つき」
もも恵ちゃんの小声が聞こえた。見てみると、ジト目で睨んでいた。
「嘘つきって?」
「本当は色々なスキルを持ってるのに」
もも恵ちゃんがスマートフォンの画面をちらりと見せる。
スマートフォンの画面には、俺の名前とスキルが表示されていた。
「情報取得系統のチートか」
油断したぜ。
「下心も見えます」
読心術も使えるのか。
「でも、他の三人より信用できます」
「どういうことだ?」
「三人とも犯罪者です」
ドキリとする。
「緒方さんはヤクザの親分。晃さんは結婚詐欺師。一さんは強姦魔です。何人も女性を殺害しています」
なんてこった。泣きたくなるぜ。
「もも恵ちゃんは本当はどんなスキルが使えるんだ?」
「スマートフォンで、色々なチートアプリが作れます。これはその一つです」
「中中に強力だな」
「情報に勝る武器はありません」
冷静な瞳で微笑する。綺麗で可愛い。
「三人は俺みたいに嘘を吐いているか?」
「三人とも嘘を吐いています」
「具体的には」
「緒方さんは拳銃を隠し持っています。いざとなったら私たちを拳銃で脅すつもりです」
全然紳士じゃねえ。
「晃さんは洗脳が使えます。魅了じゃありません。いざとなったら私たちを洗脳して、逃げるつもりです」
クソ野郎が。
「一さんは筋力強化です。私を力づくで犯すつもりです」
あとで殺しておかないと。
「俺から離れるな」
「そのつもりです」
そう言って、三人の話が終わるのを待つ。
その間に、もも恵ちゃんが信用できるか考える。
重要なのは、もも恵ちゃんが嘘を吐いているか。
三人は犯罪者だと言ったが、本当かどうか?
「ぶっつけ本番しかないな」
真偽を確かめる術はない。ならば、警戒するだけにしよう。
どの道、俺はこの四人と進むしかない
「話は纏まった」
緒方さんが俺たちを見る。
「まずは右手に進む。三十分したら、反対側に行こう」
「とりあえず通路を全体的に調べるって感じですね」
「部屋があったら入ってみよう。誰か居るかもしれない」
「分かりました」
「分かれ道は全員右側に進む」
「はぐれないための配慮ですね」
「その通りだ」
緒方さんが歩を進めたので、もも恵ちゃんと一緒に歩きだす。
「後ろの二人、私のお尻見てる」
もも恵ちゃんは隣で舌打ちする。
「俺が守るから心配するな」
俺はもも恵ちゃんを含めて、四人を警戒しながら進む。
転移者が敵になる。
危惧していたことが現実になった。