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蓬莱島の姉弟 ~虐待被害者の姉弟の家族再生の物語~  作者: 塚越広治
第五章 家族への回帰
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家族の秘密

 弥緑社やろくやしろに戻って二日目。この日の招緑の儀が終わって月香殿げっかでんの居室に戻る間、香久夜は胸に手を当ててみた。

(あんた、ずっと、私の中におったんか?)

 香久夜は今までの疑問を確信に変えて心に問いかけた。心を素直にしてみると、今までよりも、もう一人のカグヤの言葉が明瞭に聞き取れる。カグヤは香久夜の心の中で頷いた。

【そうよ】

(落ち着いてる場合とちゃうやん。さっさと出といでえな)

 香久夜が怒りを込めてそう言った瞬間、香久夜の全身に痙攣が生じた。体の内部から突き動かされる感覚があり、こんなに暴れても固く閉じ込められて出られないという焦りの感情が香久夜の体の中を満たした。この世界のカグヤは蓬莱島の香久夜の体に入り込んだものの出ることが出来ない。その脱出の方法が二人には分からない。きっと、香久夜が心の底に堅く秘めた思いが封印になっている。

「スエラギさんは、最初に蓬莱島との回廊を閉じたらよかったんや」

 香久夜は傍らにいた月の世界のショウジにそう言った。蓬莱島から流れ込む邪念が強まったときに、二つの星を繋ぐ回廊を閉じれば、この世界に邪念が満ちることはなく、この月の世界は平和で居られたのではないかという。ショウジは香久夜と照司の結びつきに例えた。

「香久夜。もしも、貴女の照司が病に冒されたとき、貴女はそっぽを向いたりしないはず。傍らで手を握って病の全快を見守り続けるでしょう」

「そらそうやわ」

「スエラギ様も同じ。姉に当たる蓬莱島と手を繋いだまま、いつか回復するときまで、自分自身を封印されて、見守っておられたのでしょう」

「そやけど、蓬莱島の病気が酷すぎて、封印した神殿ごと感染したんやろ?」

「そういうことかもしれません」

 この世界のショウジにそう言われると、責められているわけではないが、蓬莱島出身の香久夜は肩身が狭い。彼女や照司の人生を振り返って地球を眺めたとき、あの星から憎しみや蔑みなどの邪気が消えることがあるのだろうかと考えざるを得ない。

「ごめんな。スエラギ様の期待を裏切って。私たちの世界から腹の立つことが無くなれへんから、この世界を最初から再生し直して、蓬莱島と繋いでる手をはなしてしまうんやろ?」

「繋がりのない状態で再生するのは、スエラギ様にとっても悲痛な判断だと思います。もし、回廊の扉を閉じるだけで、関係を保っていられるなら……」

 ショウジの言葉の途中で、香久夜の心の底からカグヤの声が響いた。

【そうよ。いつか、蓬莱島から憎しみが薄れて、こちらに邪念が流れ込むことが無くなる。そうなれば、再び回廊の扉を開けるだけ。スエラギ様と蓬莱島は手を繋いだままで居られるのに】

 カグヤの言葉を、元の世界に心を閉ざした香久夜は否定した。

「そんなこと、あるはず無いわ」

 元の世界に心を閉ざしてきた彼女には、元の世界に悪意を浄化する善意など記憶にない。


 月香殿げっかでんへ戻る回廊の途中の香久夜たちの会話を、鳳輔、山王丸、吉祥の三人は庭の池の畔で聞いていた。三人はこの月香殿げっかでんに部屋を与えられてここで過ごしている。

(不憫な)

 鳳輔は香久夜と照司を観て、何故かそう思った。吉祥が記憶を辿って誰にとも無く呟くように言った。

「以前、私は独りぼっちだったけれど、死ぬまで一人で生きていけるって思ってた」

 鳳輔と山王丸は吉祥の言葉を自分のことのように受け入れた。死ぬまで一人でと信じていた境遇なら、自分にも当てはまる。吉祥は言葉を続けた。

「そんな自分が世界で一番不幸だと思ってた。でも、どう? 都の外れにやってきて、照司と視線を交わしたとき、互いに求め続けていたような不思議な気がしたの」

 鳳輔は吉祥と出会ったときのことを思い出した。この疑り深く慎重な龍が、妙に警戒心を解いて空から降りてきた理由が分かった。山王丸と香久夜の出会い、鳳輔と照司の出会いもまた吉祥の孤独を伴った好奇心という感覚で一致する。吉祥の記憶は旅が始まった頃の記憶に飛んだ。

「旅の中でヘンな気持ちが湧いてきたの。もう一人ぼっちは嫌。私が生きる限り、この子を手放したくないって」

 鳳輔と山王丸の共感を誘いながら吉祥の言葉は続いた。

「でも、今は違う。あの子たちの無事が分かれば、見送れる」

 彼女はうつむいて胸に手を当てて心のありどころを探りながらも、自分がたどり着いた感情に満足する表情を見せた。自分自身への愛情が家族へと転じたということか。しかし、次の瞬間、不安と悲痛の表情を鳳輔と山王丸に向けた。

「でも、あの子たちはどう? 二人だけで帰れと言えば、きっと、私たちに見捨てられたと思うわ」

 吉祥は香久夜たちの行く末が不安だという。

(不憫な)

 鳳輔は再びそう思った。あの姉弟はこの異世界で消滅することに恐怖を感じていない。それは、蓬莱島、香久夜の言葉で言えば地球で、あの姉弟は愛すべき者を持たなかったと言うことだった。鳳輔たちは、その世界にあの二人を送り返さねばならない。

 二人は自分たちが仲間から捨てられたとは感じないだろうか。蓬莱島の人々は、あの二人を受け入れるだろうか。鳳輔と山王丸と吉祥。三人には、香久夜と照司の命を救う嬉しさより、不安ばかりわだかまっている。


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