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蓬莱島の姉弟 ~虐待被害者の姉弟の家族再生の物語~  作者: 塚越広治
第五章 家族への回帰
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家族の概念

 ウナサカの樹海を越えてアシカタの野のスエラギ様の元への旅をする。それを宣言したのと同じ大広間で、香久夜は月の世界のショウジに小さく詫びた。

「ごめんな。私に言わして」

 人々にスエラギ様の言葉を伝えるのは、月の世界のカグヤとショウジが背負った責務だった。しかし、香久夜は考えていた。

(人々を救うことが出来ないお詫びを込めて、自分で語らなくてはいけない)

月の世界のショウジは香久夜の気持ちを察して、黙ってこくりと頷いた。

 世界を救うと豪語した香久夜に、きっと怒号が飛び交うだろう。月の世界のショウジが姿を表した今、香久夜と照司はミコトバ様ではない。運良く怒号を浴びることはなくても、人々の失望や悲しみを生むのは間違いがない。

 香久夜は冒険談を避けて、目的を遂げることが出来なかったと言うことと、スエラギ様の御言葉と意志を、口ごもりながら、やっと伝えた。

 大広間は、しんっ、と静まり返って物音がない。怒号はなかった。香久夜はそんな人々をぐるりと見回して、右に控えるスセリに気付いた、この女性にも詫びておかなくてはならない。自分たちがこの世界のカグヤとショウジではないと言うことを黙っていたと言うことについて。

「ごめんな、スセリさん。騙すつもりはなかってんけど、」

「いいえ、スエラギ様の御言葉を伝える方が、私たちが仕える主ですから、」

 今、スエラギ様の言葉を伝えている香久夜も自分の主だと言った。香久夜はスセリに優しく抱かれて、この世界に「家族」という概念がないと考えていた誤解を解いた。香久夜は四人や五人という単位で考えていたので見えなかった。この世界の人々は、きっと、みんな一つの家族だ。人々は、香久夜と照司を家族の新たな一員に加えている。

 その部屋の一角で巫女がこんな会話をした。

「それではあれは、蓬莱島のお召し物だったのでしょうか?」

 サギリの質問に、タマエがのほほんと答えた。

「左様ですね。それでは、ちゃんと繕っておかねばなりませんね」

 香久夜と照司がこの弥緑社やろくやしろにやってきた時に着用していた衣服のことだ。汚れてみすぼらしいが、カグヤとショウジが着用していたものを勝手に処分するわけにも行かず、対処に困っていた。彼女達から見れば、実に珍妙なデザインの衣類だが、カグヤとショウジには必要になるかもしれないと大切に保管していたのである。

 乳母のスセリが香久夜と照司を抱くように大広間を後にした。あとは祭祀や祭りを預かる役人の番だった。

「さぁ、さぁ、みなさん。宴の準備に戻りなさい」

 突然の帰還で、宴の準備が調っていない。スセリはイセポやマツリやサギリたち巫女に手際よく指示を与えた。ムタケルは、部下に香久夜と照司の帰還を町にふれて回るように指示をした。都の人々も二人の生還を聞いて安堵するだろう。


 うなだれながら、旅の報告をした香久夜の姿を、鳳輔は広間の端でそっと眺めていた。傍らに山王丸と吉祥が居る。鳳輔は懐で手にした独鈷どっこを握りしめて、二人がスエラギ様の言葉を人々に伝える辛さを考えていた。同じ辛さを鳳輔自身も、あの姉弟に対して抱いている。

 鳳輔は懐から独鈷を取り出して眺めた。金属製の祭祀の道具だが、スエラギ様の力が込められている。

【なるほど、これが家族というものか】

 鳳輔は蘇る時に、流れ込むスエラギ様の意志と共に、そんな感嘆の言葉を聞いた。山王丸や吉祥は口にしないが、同じ声を聞いていただろう。スエラギ様の感嘆。それは鳳輔たちの意志の残滓だった。この世に生きる存在は、スエラギ様の一部に過ぎず、生きとし生けるものは、意思を核にして自然から独立したようなものである。造物主にとってこの世界に生命を作るのはたやすいが、後天的に得た経験を含めた人格まで作り上げることはできない。つまり、鳳輔の姿形は作れても、それは外見に過ぎず、もとの鳳輔ではない。

 しかし、鳳輔や山王丸や吉祥の場合、香久夜と照司を見守りたいという強い意志が、彼らの存在のかけらとして残っていた。スエラギ様はその意志に形を与えて三人を再構築した。スエラギ様は自分の意思を、この三人にわけ与えたと言ってもいい。三人はスエラギ様から役割を与えられている。この世界が滅びる前に、この独鈷を使って香久夜と照司を蓬莱島へ帰す。この世界に残された十日間。滅びの日の前に、あの二人と辛い別れの日が待っている。二人の命を救えるのだからと、山王丸や吉祥は納得するように黙って、その悲しみを語らない。照司と香久夜、この二人に出会ってから、鳳輔は疑問に首を傾げる事が多い。この時には、スエラギ様から受けた指示を、香久夜と照司に伝えることが出来ないでいる自分自身の複雑な心情について考えていた。月の世界のショウジが、そんな三人をそっと見守っていた。

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