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蓬莱島の姉弟 ~虐待被害者の姉弟の家族再生の物語~  作者: 塚越広治
第五章 家族への回帰
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ショウジの出現

 嬉しさより先に、不安が拭われる安堵感が密かにわき、照司はほっと肩から力を抜いた。驚きで無表情だった照司から感情があふれだしたのは、ようやく、この次の瞬間だった。照司の心の中から、うずうずと体を振るわせる開放感や嬉しさが弾けだした。

「山王丸さん」

 最も手近にいた山王丸に飛びついたが、立派に責任を果たした努力を讃え、まるで息子を誇るように照司を抱き上げた。

「鳳輔さん」

 そう叫びながら握りしめた鳳輔の手が温かい。

「吉祥さん」

 少し戸惑うように見つめ合ってから、吉祥の胸に飛び込んだ。しゃがみ込んで、視線の高さを照司に合わせて、照司を抱く吉祥の表情は、息子の無事を喜ぶ母親のように温和で優しい。照司の心の中の固い殻が破れて、この十年間ずっと封じられていた感情が、素直に表情や動作に噴き出して溢れていた。

【封印が!】

 照司は心の中に喜びの声を聞いた。

 周りから指摘されて、照司は自分の体を眺め回した。笑顔の照司の体が薄ぼんやり輝いていた。照司を抱いた吉祥は、照司を気遣い、不安気に照司を眺め回したが、照司自身はややくすぐったいらしく、気持ちよさそうに身震いをした。危険な兆候ではないようだ。

 やがて輝きが増して照司の姿を消し去った。何が起きているのか、香久夜にも吉祥にも山王丸にも、賢者の鳳輔にさえ理解できない。しかし、その輝きは清らかで、心配する間もなく和らいだ。再び、照司が姿を表した。しかし、その照司が二人居る。

「あらっ、こんなところに」

 吉祥は二人の照司を見て呟いた。一方は、彼女と旅をした照司で、もう一方は、今まで姿を見せなかった月の世界のショウジに違いない。蓬莱島の照司が心の奥底に封じていた感情と共に外に湧き出すよう流れ出してきたのだろう。ずっと照司の心の中に身を隠していたに違いない。二人の照司は黙ったまま不思議そうに互いの姿を眺め回した。顔立ちや姿が似ているばかりではなく、その動きまで鏡に映したようにぴたりと合ってそっくりだった。

「ボクのせいやったん?」

 照司が小さく月の世界のショウジにそう聞き、ショウジがほぼ同じタイミングで照司に聞いた。

「迷惑だった?」

 ただ、聞かなくても分かる、今まで一つの体に同居して心を共有していた。ショウジは瘴気やあやかしの危険を冒してスエラギ様のもとに旅をするのに、蓬莱島の瘴気に耐える強靱な体を必要とした。そして、蓬莱島にいた分身たる照司を呼び寄せてその体に同居した。蓬莱島の照司自身は強烈な境遇と個性で心に大きな障壁を作っていたために、月の世界のショウジを心の奥底に封じてしまった。ショウジは操るつもりだった照司の心の底に閉じこめられていたのだった。

 二人の照司は、ほぼ同時に相手の疑問を否定した。同じタイミングで同じ動作をする二人を見て吉祥が悲鳴のように声を上げた。

「どっちらが私の照司なの?」

 吉祥は山王丸を振り返って、どちらが自分たちと旅をした照司かと尋ねた。山王丸も首を傾げて考え込むようで、返事がない。香久夜が照司に追いついてきて、立ち止まった。彼女も照司が二人になったのに気付いている。香久夜は照司ほど素直に喜びを表せない。しかし、仲間が生き返った嬉しさが溢れるのを押さえきれず、その照れ隠しのように、左側の照司に文句を言った。

「あんた、私から離れたら危ないからアカンて言うてるやろ」

 照司は素直に詫びた。

「お姉ちゃん、ごめん。そやけど嬉しかってん。すごく」

 姉が弟を叱りつけている姿だが、姉が弟を気遣う様子と、素直な弟を組み合わせた光景は、険しさはなく、むしろ、愛らしい感じがする。もう一人のショウジは微笑みながらそれを見守った。長い苦しい旅を共にし接してきたが、吉祥には照司とショウジの区別がつかない。しかし、香久夜だけは、一瞬にして迷わず自分の弟を判別した。

「ちょっと、何処が違うのよ?」

 吉祥は肘で山王丸をつついて、さっきの問いの返事を促した。照れ隠しで照司を叱りつけたものの、仲間の無事な姿を見て香久夜も嬉しさが弾けそうだった。彼女は山王丸に歩み寄り、胸の辺りにおでこを付けて囁いた。

「無事やったんや。よかったぁ」

 背に香久夜を包むような温かさを感じ、山王丸が優しく腕を回して香久夜を抱いていることが分かる。

「鳳輔さんも、生きててくれたんやね。もぉ、ボロボロやんか」

 うつむき加減で、ぽそっと呟く香久夜の頭を、鳳輔は大きな手の平でそっと撫でた。次の人物の胸に飛び込むのは、先の二人よりもっと戸惑いがあって、香久夜は照司を抱いた吉祥と、互いに戸惑うように向き合った。吉祥の方から香久夜に声をかけてやってもいいのだろうが、戸惑い口ごもってしまった。しかし、吉祥はしなやかに腕を伸ばして、香久夜を引き寄せて照司と一緒くたに抱いた。この二人が自分の腕の中で無事に生きていると言うことが、心が穏やかになるように落ち着く。吉祥は姉弟の温かな生命感を腕の中で愛でた。心が落ち着いて薄目を開けて、甘えるように自分を抱きしめる香久夜を観察していると、好奇心が湧いた。どうしても香久夜に確かめておきたいことがある。

「ねぇ。この照司と、あのショウジは何処が違うの?」

 香久夜は戸惑い、微妙な感覚を表現する言葉を探した。

「あっちのショウジは、落ち着きとか、気品があるやん。でも、こっちの照司の方が、何か可愛いやろ」

 その説明を聞いても吉祥にも山王丸にも二人の区別が付かない。何やら随分、直感的に感じる違いらしい。

「うむっ。これが家族というものか?」

 山王丸は、香久夜だけが弟を判別すると言う事実を、家族という言葉に結びつけて納得したらしい。そのもう一人のショウジは、終始機嫌良く、にこにこ微笑みながら、香久夜たちを見守っていた。

(そうや、この子がショウジ?)

 香久夜はこの男の子が、邪気が流入する回廊の扉を閉鎖することも出来ることを思いだした。回廊の扉を閉じてしまえば新たな邪気の流入はなくなり、いまの世界に満ちている邪気だけならスエラギ様が浄化できる。この世界を消滅させる必要はなくなり、世界の人々を存続させうる。

「あんた、ここと、蓬莱島を繋ぐ回廊の門を閉じることができるんやろ」

「私とカグヤが対になってそろわなければ、門を閉じることは出来ません」

「あんた、落ち着いてる場合とちゃうで、みんな消えるんやで」

「私とカグヤは、スエラギ様のお言葉に従うだけです」

「そう言うたかて、スエラギ様はこの世界を滅ぼすって言うてんねんで」

「スエラギ様のご意志に従うだけです」

 ショウジとの会話が全く噛みあわない。ただ、この世の意思に抗う香久夜が、スエラギ様の意思に従うショウジを責める資格はないだろう。扉を閉じるのに、もう一人、カグヤが必要だと言うことが分かっただけだ。そのカグヤは姿を消したっきり、何処にいるのか姿を見せない。照司の例で言えば、カグヤは香久夜の体の中にいるのかもしれない。そのカグヤは何故か香久夜の心を飛び出して姿を現そうとする気配がない。

 やはり、人々にはこの世界が滅ぶと言うことを伝えなくてはならない。そんな落ち込んだ雰囲気に、勢いよく駆ける馬の蹄の音が加わった。現れたのはムタケルたち衛士だった。香久夜達が帰還したと聞いて馬を飛ばしてやってきたのだろう。相変わらず行動が素早い。香久夜はムタケルに弥緑社やろくやしろの本殿に人々を集めておくようにと指示をした。


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