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蓬莱島の姉弟 ~虐待被害者の姉弟の家族再生の物語~  作者: 塚越広治
第四章 聖域へ
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スエラギ様

 香久夜は弟の体を眺めた、呼吸は荒く疲れ切ってはいるが、大した手傷は負ってない。香久夜自身も息を整えつつ、気が遠くなる程の衝撃を感じていた。香久夜と照司の心の中で、鳳輔や山王丸や吉祥が占めていた部分がぽっかりと抜け落ちた。彼らがこの世界から姿を消したという実感がわいてくる。

 新たに重く不快な意識が押し寄せた。

「近い」

 香久夜がスエラギ様の存在をそう呟いて、腕を伸ばして、照司の動きを制した。照司も姉の意図を察して頷いた。神殿の構造から中心部が近いことが分かるばかりではなく、中心部から漏れ出てくる、スエラギ様の精神の波動を感じ取ることが出来る。香久夜自身も呼吸を整えながら辺りを覗い続けていると、不意に不安と悲しみが湧きあがって来た。敵はスエラギ様に間違いなかった。

 彼女たちが置かれた状況を『スエラギ様が狂った』と称した者がいた。その言葉の可能性を認めつつも、否定したくなる気持ちも残っていた。スエラギ様が病に倒れるように力を失い、強力なあやかしの跳梁跋扈に晒されているのではないかと考えたくなるのである。とすれば、二人はその妖魔を打ち払ってスエラギ様を救えばいい。しかし、今二人に伝わってくる波動はスエラギ様のものに違いなく、そこにはどろどろ腐臭を放つような憎しみや侮蔑の感情が混じっていた。

 スエラギ様の力を持ってすれば、香久夜や照司にその気配を隠す事はたやすいはずだが、逆に姉弟を威圧するように、邪悪な意識を隠そうとしない。

 香久夜は辺りを注意深くぐるりと見回し、耳を澄ませ、漂う匂いを嗅いだ。妖魔の姿は見えず、うなり声も聞こえず、妖魔が纏う死臭に似た汗臭さも感じられない。彼女たちを背後から襲う妖魔はいないようだ。

「あほらしぃ」

 精神が張りつめて、骨も筋肉も筋もこわばるほど緊張させていた。その自らの姿を評したのだった。

 この扉を隔てた部屋の中にスエラギ様が存在する。スエラギ様はとうの昔に二人の存在に気付いているはずだ。二人を害する意図があるならとっくにやっているだろう。ここで緊張して体をこわばらせて隠れている意味がない。香久夜は肩を回して体をほぐした。ずっと力を込めていた太刀の束を握る右手の指が小刻みに震えていて、被うように左の手を添えた。

「なんか、めっちゃ、ムカついてきたわ」

 二人にとって腹立たしいのは、スエラギ様がその存在感を強め続けていることだった。スエラギ様が自信満々に、無力な二人を威圧しようとしている意図が読みとれる。

 照司はそんな姉の言葉に素直に頷いた。香久夜は怒りを込めて言葉を継いだ。

「せっかく一生懸命に作った家族やで。それが、もう、めちゃくちゃや。文句を言うぐらいじゃすまさへん」

 その姉の言葉に、照司は山王丸と吉祥、鳳輔を家族と見なしているのを知った。そして、その言葉に肯く照司もまたそうだった。彼女たちが作り上げた家族があっさりと崩壊した。旅に出てからの様々な記憶がわき上がって消え、怒りで心が満たされた。

 照司は首からかけたお守りの小袋を取り出して、祈るように握りしめた。その袋が人々の願いを象徴している。吉祥にもらった珠の感触あるのだが、今は約束の主も亡くなり、その意識を感じ取ることが出来ない。

「ええか、行くで」

 照司が呼吸を整えたのを見届けた香久夜はそう声を掛けた。最後の扉を押し開けるように、左の手の平を押し当てた。

 思わず目を瞑りうつむいてしまうほど眩い光が、赤黒く澱みながら部屋から漏れだして二人を包んだ。

「礼儀知らずな者たちよな」

 それがスエラギ様の言葉だと分かった。耳に響く言葉ではなく、二人の頭の中にひらめく言葉だった。香久夜と照司が手にした抜き身の刀を称している事が分かった。

 そして、言葉と同じく目で見える姿ではない。頭の中にまぶしさでぼんやり感じるイメージが、目の前には見えるように投影されていた。

(これがスエラギ様か)

 香久夜はそう思った。そうに違いない。頭部は三面の顔を持っていた。香久夜を鋭い眼光で恐ろしげに睨み付けるかと思うと、次の顔は無表情だが凍り付くように冷酷な視線を照司に注ぐ、そして、自信満々でにやりと舌なめずりをするように笑う表情が香久夜と照司に次の言葉を吐いた。

「奇妙な意識の波動を感じていたが、なるほど、お前たちは蓬莱島の体を身に纏うたか?」

「そんなん、関係ないわ。わたしらは、あんたをブチのめしに来たんやで」

 香久夜は太刀を携えてスエラギ様に向かって跳ねた。頭部は香久夜が跳ねれば切っ先が届く位置にあり、スエラギ様が見せる余裕を、隙と見たのである。しかし、振り下ろした太刀の切っ先が届く前に、香久夜の体は捉えられ、扉の近くの床に弾き飛ばされた。この間、照司の体はスエラギ様が放つ威圧感に凍り付いて一歩も動くことが出来ない。ぼんやりと見え隠れしていて、はっきり判断できないが、スエラギ様の肩の当たりから伸びる二対か三対の腕が見えていて、その一本が姉の体を捉えたのだった。姉がよろよろと立ち上がるのが見えた。

「何すんねん。痛いやんか」

 香久夜は文句の言葉を喚きながら、再び太刀を携えて跳ねた。今度は太刀を上段に構えていて、頭から体当たりをするように、スエラギ様の眉間の辺りを刺し貫くつもりだ。

 何度繰り返しても結果は同じだった。力の差は歴然としていて、香久夜の太刀がスエラギ様の体を掠めることすらなく、香久夜は何度も、床に、壁に、柱に、叩きつけられた。ただ、命を失うほどの手傷ではない。捉えたネズミをなぶる猫のように、残酷に香久夜を弄んでいるのだろう。

「お姉ちゃん」

 ようやく発した叫びによって、照司は体の呪縛を解いた。姉に駆け寄る照司の姿を見たスエラギ様の声が響いた。

「ほぉっ、たしかに蓬莱島の体を纏うて、力を得ているようだ」

 二人の心の中に響くのは、二人を弄び面白がるような感情だった。照司がその邪悪な感情をたどって指さした。

「お姉ちゃん、あの宝珠が」

 照司はそう言いかけたが、恐ろしげな怒りの波動を浴びて部屋の隅に弾き飛ばされた。スエラギ様の肩から揺らめくように見える腕の一対が、常にスエラギ様の頭上で巨大な宝珠を携えており、姉の体が弾き飛ばされる度に宝珠が輝く。照司はスエラギ様が振るう力と宝珠の関係に気付いたのだった。ぼんやり浮かんだスエラギ様の姿ではなく、きっとあの宝珠が、スエラギ様に邪悪な意志を与えている本体だろう。それを姉に伝える間も与えず、スエラギ様が言った。

「蓬莱島の体がお前達に力を与えているというなら、私も蓬莱島から浴びる意識が心地よい」

 三面の顔の中で無表情だった顔が、快楽にうっとりするような表情を浮かべたかと思うと、さらに、二人を興味深げに窺う笑顔に変えて口を開いた。

「お前達のお陰で、随分、下僕を失った。その体で償うがよい」

「なんやて?」

「お前達でどちらか一人を選ぶがよい。カグヤか、ショジか。一方は元通り、私の使徒として使うてやる」

 二人はスエラギの意識から流れ込む具体的なイメージが湧き、スエラギ様の言外の意図を察することが出来た。姉弟二人、助かるために争って、生き残るのは一人という姿だった。照司は香久夜を顧みた。この姉が弟の自分を傷つけるはずがないと言う絶大な信頼がある。その強固な信念が、二人で殺し合えと言う意志と、激しくぶつかり合って、スエラギ様の頭上の宝珠がぴくりと震動した。

 その照司が表情に不安を浮かべていた。鳳輔、山王丸、吉祥と、家族を立て続けに失って、自分を助けるために、この姉も自ら死を選ぶのではないかと恐れたのである。

 しかし、姉の表情は諦める様子はなく、険しくスエラギの像を睨み付けている。

「どっちか選べやて?」

 一人になる事を強要されたことが、香久夜の心の琴線に触れた。

「アホかぁ。一人になったら家族はでけへんわ!」

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