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蓬莱島の姉弟 ~虐待被害者の姉弟の家族再生の物語~  作者: 塚越広治
第三章 旅の家族
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家族の作り方

 鳳輔が仲間に加わったおかげで、あやかしの動向が察知できるようになった。ウナサカの森に出没するあやかしも居場所が分かれば大した脅威ではなかった。吉祥は今夜の食事と寝床を準備しつつ、山王丸と香久夜と照司を鳳輔が発見したあやかしの撃退のために送り出した。もちろん、彼女も必要に応じて三人を支援できる位置にいる。

 そんな香久夜たちが今夜の宿営地に戻ってきた。

「ごくろうさんだったな」

 鳳輔はフクロウの姿を人間に変えて、そんな声をかけて香久夜の頭を撫でた。鳳輔に笑みが滲み出すのは、この少女が自分に懐いてくれていると言う嬉しさ、チラリと目をやった吉祥に対して優越感を感じているからである。しかし、その喜びの本質を突き詰めれば、自分が誰かの役に立っている。この老境に至るまで経験せずにいた感情が鳳輔を満たしているのかもしれない。

 照司はそんな姉と鳳輔を距離を置いて眺めた。心も力も強い。照司が姉に向けるのは、そんな憧れの視線だった。ふと照司は肩に誰かの手の平の暖かさと重みを感じた。振り返ると山王丸が照司の肩を撫でる位置にいる。山王丸の手は見えないが確かに照司の肩から指先に至る筋肉の流れを撫でてから、ぽんっと肩を叩いて言った。

「おおっ、逞しゅうなった」

 照司は自分の成長には気付かないらしい。山王丸はそんな照司に成長の様子を教えたのだった。照司は試しに腕を曲げて力こぶを作ってみた。自分でもその筋肉に張りがあるような気がしてにんまりと笑ったが、すぐにその笑みを照れれくさそうに消した。吉祥が優しく自分を眺めているのに気付いたのである。子どもの成長を眺める嬉しさ、鳳輔と山王丸、吉祥は親としての喜びを味わっていた。


 鳳輔に導かれて以来、八日が過ぎた。仲間の昼夜は逆転している。吉祥はこの朝もかいがいしく朝食の準備を整えた。今朝の吉祥は、ちょっとした計略でわくわくと胸をときめかせている。さっき、樹木の上で『へろへろ』を捕らえた。これを蒸したものはカグヤの大好物の一つだと気づいていた。そして、焚き火の下の石を掘り起こすと、焼けた石の熱で熱せられ、水気の多い木の葉に包んで蒸された「へろへろ」が美味しそうに湯気を立てている。直ぐに香久夜と照司がこの野営場に戻ってくるはずだ。

 香久夜は今の状況にくすくす笑った。自然に心の底からわきあがってきた心地よい純な笑いだった。照司と自分がテーブル代わりの岩の前に並んで座って、前には食材を切り分ける吉祥がいる。右側には鳳輔、左には山王丸がテーブルを囲んでいる。見た目は仲のよい親子の朝食の風景だが、それを構成するのが鎧と龍とフクロウという取り合わせが面白かったのである。

 鳳輔と山王丸はおしゃべりの為に同席するだけで、食事は香久夜と照司だけである。しかし、楽しげに食事をする照司と香久夜を眺めるのも心地よい。吉祥は切り分けて湯気の出る「へろへろ」を大きな葉を皿にして二つに盛り、一方を照司に差し出した。照司はくんくんと鼻を鳴らして香りに満足しているようだ。次の皿を香久夜に差し出して、香久夜が手を伸ばした瞬間についっと皿を引いた。

「何?」

 香久夜は不機嫌な声を上げた。吉祥にからかわれていると思ったのである。吉祥はやや戸惑いつつ提案した。

「ほらっ、食べさせてあげるから、私の事、お母ちゃんって呼んでごらん」

 香久夜は吉祥の企みを悟って、その愚かさにため息をつく沈黙を置いて言った。

「あのなぁ、ホントのお母ちゃんやったら、何も要求せんでも無条件でご飯食べさせてくれるもんやで」

「そうっ?」

 吉祥は照司に確認を求めるように尋ねた。照司は口ごもったままうつむいた。吉祥を責める雰囲気ではなかったが、テーブルに付いた者に口を開くものがない。多少沈黙が続いた。吉祥はやおら拗ねて、皿を香久夜に差し出してから背を向けた。

「わたし、そんな事、知らないわよ」

 自己嫌悪に陥った吉祥に、仲間も気まずい。誰も、家族の作り方がわからない。


 朝食が終わると仲間の就寝の時間になる。香久夜は足のふくらはぎの辺りを撫でた、歩き続けて疲れが残っているようだ。体が軽く脚力があるため、そして先を急ぐ焦りから、つい張り切ってしまう。予想以上に体力を奪われているようだ。自分がこうなら、照司はもっと疲れているだろう。照司に目をやった香久夜は、引き寄せられるようにその光景を見つめた。照司が吉祥に寄り添ってぐっすり眠っている。やはり、相当疲れているらしい。しかし、寝返りを打ったときに、かいま見せた表情は、今までになかったほど柔和で子供らしい。この世界の人々に癒された心が、旅で家族を得て、さらに素直さを取り戻しているのかもしれない。吉祥は照司の髪を優しく撫でているのだが、そんな照司の表情を不思議そうに微笑みながら、戸惑っていた。こうやって子供の髪を撫でていると、不思議なことに微笑みたくなるほど嬉しくなる。今までこんな経験はない。そんな照司と吉祥を見る香久夜の心境は複雑だった。以前の世界では姉の自分しか頼る者が無く、姉に寄り添ってもらわなければ安心して眠ることが出来なかった弟が、別の女に髪を撫でさせている。


「どうした? 香久夜」

 山王丸の声と共に、香久夜の体がふんわり優しく浮いた。山王丸が槍を使うときに、山王丸の手の辺りに槍の束が浮かぶように見えている。香久夜はその槍の気分が分かった。彼女は両方の脇の下に暖かな手の感触を感じている。もちろん腕は見えないが、山王丸の暖かな意志を手の感触として感じているのかもしれない。香久夜は山王丸に持ち上げられて、山王丸の頭より高い位置で浮いていた。大人が幼児を抱き上げて高い高いをするのと同じだろう。香久夜は自分が幼児のように扱われることに面食らっている。ただ、気分は悪くない。山王丸は香久夜を木の根本に優しく下ろして、自分もその傍らで木に背をもたれさせた。山王丸は繰り返した。

「どうした? 香久夜」

「照司が」

「うん。子供らしい、いい表情をしている」

「なんで、私ら、こんなとこにおるんやろ。何処かでそっと平和に暮らしたいわ」

 香久夜は頭を傾けて、傍らの山王丸に持たれた。がっしりとして頼りがいのある体である。山王丸も呟くように頷いた。

「左様さな」

「私も、照司と同じや。みんなと一緒におったら、落ち着くねん」

 香久夜の言葉に山王丸は考え込むようで返事がない。

「山王丸さんは?」

 山王丸の返事が途絶えた。すうすうと寝息が聞こえる。振り返ると、面の目に光が無く、山王丸の意志が伝わってこない。

(寝息を立てるやなんて、器用な鎧や)

 山王丸はぐっすり眠っているらしい。よく見ると口元の辺りが少し湿っている。人間で言えば、ぐっすり眠って全身から力が抜けて、口元に涎が垂れかけているという光景だろうか。

 香久夜はあわてて笑い声がこぼれる口元を押さえた。声を上げて、山王丸の眠りを妨げてはいけない。ただ、山王丸の涎に、しっかり者の父親の人間くさい一面を見たようで、嬉しさがこみ上げた。鳳輔はそんな仲間の姿を静かに見守っている。そして、思った。

(ずっと、このままで居られるなら、旅が永遠に続けばいい)

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