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蓬莱島の姉弟 ~虐待被害者の姉弟の家族再生の物語~  作者: 塚越広治
第三章 旅の家族
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夜の妖(あやかし)

 新たに仲間に加わった鳳輔は言った。

「さあ。日没まで体を休めておけ」

 香久夜たちは不満の表情を浮かべた。まだ日は高く、日没までには随分と時間がある。旅の日程はウナサカに入ってから、かなり遅れを出していて、残された時間が少ない。たとえ、半日でも前進しておきたいところだった。こんな所で時間を潰す余裕はない。

「ただ、ぐるぐる回るのが好きなら、歩き回っていても良いぞ」

 そんな言葉で、鳳輔は歩いていても無駄になるだろうと評した。これが賢者の鳳輔の性格的な欠点だった。結論を言うことを避けて、思わせぶりな言葉を吐く。賢者としての名声を高める手段が身に染み込んで、人々の鼻をつく鳳輔の癖になっていた。もう少し分かりやすく言えと思うのだが、鳳輔の機嫌を損じて真実が聞き出せなくなることを恐れて言えず、不満は心の底に沈殿して反感を生んでいる。鳳輔にとっても好ましい結果ではないだろう。

 気むずかしさを漂わす鳳輔だが、照司だけには心を許す雰囲気がある。照司が頼めば何とかなるだろう。照司がそんな期待を背負って言った。

「ボクら時間が無いねん。ちょっとでもスエラギ様の所へ近づきたいねん」

「儂の言葉を信ぜよ。夜がふければ蓬莱島に照らされて、歩むべき道が見えてくる」

 鳳輔はふわりと枝に飛び上がり、枝に止まって大きな目を閉じた。眠りについたらしい。ただ、その姿の不気味さに香久夜は苦情を言った。

「気色悪い奴っちゃなぁ。重力を無視したらあかんで」

 どんな理屈か分からないが、重量感を感じさせる老僧姿の鳳輔を、細い枝はしなりもせず支えている。山王丸はそんな異様な光景に気もかけず、仲間に言い聞かせた。

「良く分からぬが、このまま結界に阻まれてもどうしようもない。鳳輔殿の言うとおりにしてみよう」

「今宵は、蓬莱島の光もさぞかし美しく冴えていよう」

 鳳輔は目を瞑ったままそう断言した。山王丸も眠るために目を閉じようとした。が、中将の面の目が閉じるわけでもなく、山王丸は自分の滑稽な勘違いに苦笑した。閉じることが出来ない視界に香久夜の姿が見えた。

(香久夜と照司は、よほど疲れているのだ)

 山王丸はそう思った。先ほどまで明るくて眠れないと文句を言っていた香久夜が、少し苦しそうに疲れた寝息を立てている。吉祥は照司の側に寄り添って嬉しそうに、彼の髪を撫でていた。やがて、照司と吉祥、どちらが先に眠り込んだかハッキリ分からないほど、木陰で仲良く溶け込むように寄り添って寝息を立てる姿になった。

 山王丸の心に迷いがあった。この仲間の関係をどう表現をして良いのか、良く分からない。香久夜と照司、寄り添う吉祥の三人の姿が一つに溶けて似つかわしい。そして、自分もその関係の一員で、一員であると言うことに心安らぐ。

「鳳輔殿」

 山王丸は賢者に呼びかけた。この賢者なら分かるかも知れない。鳳輔は枝の上で時折大きな目を開けて辺りを窺う素振りを見せていた。山王丸は鳳輔が眠っているふりをしていることに気付いていた。

「なにか?」

「儂は鎧で無骨ゆえ、よう分かりませぬ。家族というのは、何でありましょうな」

 香久夜が時々「家族」という概念を口にする。その言葉に香久夜の憧れがこもっていた。山王丸は、自分の気持ちが、この言葉で説明できるのかと首を傾げている。


 長く考え込んだ鳳輔が、自分の質問に回答してくれたかどうか、山王丸には記憶がない。気が付けばいつの間にか山王丸も眠っていたらしい。周りは闇に包まれていた。魔物の襲撃を警戒するように辺りを見回した山王丸は思わず声を上げた。

「おおっ、確かに」

 鳳輔の言ったとおりだと思った。陽が落ちて蓬莱島の淡く青い光のみに照らされた世界は、昼の世界と様相が異なっていた。そして、人の姿の鳳輔が錫杖で示した先に、昼間は見えなかった道が、蓬莱島の光に映えて、うっすら浮き出すように見えている。

「お姉ちゃん」

 照司が香久夜を振り仰いでそう言った。心なしか、聖域へのめどが付いた嬉しそうな感情が籠もっている。この時、鳳輔が異変に気付いて、姉弟に警告を発した。

「うむっ? 照司、香久夜、後ろに!」

 枯れた藪に隠れて這いずって接近してきたあやかしが二匹、姉弟に飛びかかったのである。香久夜はそのあやかしの顔に見覚えがある。香久夜の母親の顔。香久夜に憎しみを込めて殴るときの表情だった。照司にも自分の喉笛を狙って食い付こうとしたあやかしに父親の顔を見た。姉弟は予想もしない恐怖で立ちすくんでしまった。

 その時に、吉祥の腕から雷がしなやかな鞭のように伸びて二匹のあやかしを撃った。二人は救われた。

「なんやのん、これ?」

「夜のあやかしは、人の心を読む故にな」

 駆けつけた山王丸が香久夜の疑問に答えた。香久夜と照司が心の奥底にしまい込んでいたものを読みとって変じていたという。山王丸は彼等を奇襲した魔物を「夜のあやかし」と呼んで、今までに出会ったあやかしと区別した。「妖魔」と呼ぶこともある。事実、今までに出会ったどの魔物より動きが鋭く、二人の父母の姿を真似るような特殊な能力も持っているようだ。何より違うのは、今まで倒したあやかしは空気に溶け込むように消えてしまって、あやかしの死体も血糊すらも残していない。

 しかし、この妖魔は切られれば苦痛や怒りの声を上げ、恐怖の叫びに混じって血を吹くという実体を持っていた。香久夜の上着に、彼女がようやくかわした妖魔の鋭い傷跡が残した。死んでもなお憎しみに満ちた表情を浮かべた妖魔の死体は、香久夜と照司の心を深くえぐった。

 ウナサカの樹海の生き物が瘴気によって妖魔に変じたのかという香久夜の思いに、心の中から言葉が湧いて出た。

【スエラギ様も?】

 スエラギ様が狂ったという想像が、もう一人のカグヤの確信に変わりつつある。

 この時、吉祥は自分を過信していたことに舌打ちをしていた。感覚が鋭敏なことには自信があった。しかし、鳳輔が気付くまで、このあやかしの存在に気付かず、危うく目の前で姉弟が負傷するところだった。悔しいが、このフクロウに借りが出来た。

 鳳輔も舌打ちをしている。鳳輔が気付いたときには、もうあやかしは姉弟に飛びかかろうとしているときで、姉弟は恐怖で立ちすくんでしまった。あと一瞬遅ければ、香久夜は鋭い爪に切り裂かれ、照司は大きな牙で喉笛を食い破られていたかもしれない。吉祥は一撃で二匹の夜のあやかしを倒してのけたのである。鳳輔もこの龍の実力は認めてやらなくてはならない。

「なかなかやるのぉ。蛇にしてはの」

「目玉だけは達者なのに、龍と蛇の区別をする知恵は足りないのかしら?」

「なんと礼儀知らずな物言い。それが、この天下の賢者に向かって吐く言葉か?」

 とりあえず、二人は互いの実力を認め合い、旅に必要な仲間だと認識したようだ。しかし、姉弟と山王丸はショックを隠しきれない。姉弟は忘れようとしてきたものを目の前に突きつけられた驚きと恐怖だった。山王丸はこれから続く旅の困難さを考えていた。今までは昼に移動していたから、見通しも利き、遠目に見つけた魔物を避けたり、戦闘に備えて準備を整えることもできた。夜は魔物が近づかないよう赤々と火を焚き上げていればよかった。しかし、これからは夜に移動する。突然に物陰から襲いかかってくる魔物から姉弟を守るのがずっと難しくなるだろう。しかも、思いも寄らない長旅になって持参した食べ物も食べ尽くしかけている。今後は、日々の食料を確保するという時間のロスも生じて、旅の日程は更に長くなるに違いなかった。物資の調達を考えつつ、山王丸はもっともらしく呟いた。

「うむ。コンビニか」

 香久夜から聞いた、いつでも何でも手に入る商店が道筋にあれば便利だろうと考えたのである。もちろん、ここにそんなものは無い。

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