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蓬莱島の姉弟 ~虐待被害者の姉弟の家族再生の物語~  作者: 塚越広治
第三章 旅の家族
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新たな旅の家族

 順調に見えた旅だが、迷いの森ウナサカに入るや否や、わずか数十メートルの距離に二日間を費やして、先に進む当てがない。香久夜たちは過去の遠征隊の苦労の一端を経験していた。

「結界か」

 見回せば記憶にある光景。山岳地帯を下り、ウナサカの樹海に入って数十メートルの距離の場所だった。森の中に踏み込んで、方向を見定めて道を歩いているつもりだった。しかし気がつけば、人の世界とウナサカの森を隔てる山岳地帯の麓に戻ってくる。

(あんた、前に通った道を教えてえな)

 香久夜の心の中の問いに、この世界のカグヤが戸惑いつつ答えた。

【以前は、スエラギ様のお導きがあったのだけれど】

 仲間は朝から歩き続けて、陽は中天に達している。皆は随分歩き回って足に怠さを感じるほどになった。山王丸は妙に動きが人間くさくて、流れる汗を拭う動きをしている。もちろん体がないから汗なんかかけないはずだが、あの重そうな鎧は重くて暑いはずだ。ましてや、仲間の荷をほとんど一人で背負っている。言葉には出さないがきっと疲れているに違いない。比べて、龍の吉祥は人間の姿で歩くのに疲れて、龍の姿に戻っている。ふわふわと高い空を飛んだり、照司の肩の辺りを漂ったり、山王丸の頭の上でとぐろを巻くような姿勢でくつろいだり、のほほんとして緊張感がない。その姿に香久夜は思わず嫌みを言った。

「蛇。真面目にやってや」

「ふざけているように見える?」

 この二人の会話が続くと、喧嘩腰になってくる。彼女たちは先の見えぬ旅にいらだっている。それを案じて照司が口を挟んだ。

「女の人の吉祥さんが綺麗やわ」

「そう?」

 吉祥は照司の言葉に嬉しそうに姿を変えた。龍とはいえ、女性としての性癖を持っていて、美しいと評されるのは嬉しいらしい。香久夜が疲れたように、ぼやいた。

「そうや、素直になったらええんや」

「あんたに言われたくないわね」

 仲間に新たな声が響いたのは、間もなくである。

「侵入者どもめ、道に迷いおったか?」

 凛として声に力がある。照司はこの声に記憶があり、小さく叫びを上げた。

「えっ?」

(まずいっ)と思ったのである。

 案の定、照司が向ける視線の先に鳳輔がいた。フクロウの姿で高い枝に留まって、香久夜たちを見下ろしている。照司が吉祥の表情をおそるおそる仰ぎ眺めてみると、やはり、鋭い目付きで鳳輔を睨み付けていた。人間の姿の吉祥に、鳳輔は目の前の女が自分が襲った獲物だとは気付かないらしい。吉祥は恐ろしげな表情を笑顔に変えて、鳳輔に手招きをした。鳳輔がその笑顔と手招きに釣られたように羽ばたいて吉祥のすぐ側の枝に移ったのだが、梟の大きな目を更に大きく広げて悲鳴を上げた。吉祥が鳳輔の尾羽を一枚引き抜いたのである。

「とりあえず、挨拶代わりよ」

 取りあえず、と言う言葉の通り、吉祥は笑顔を浮かべてはいるが、まだ充分に満足している様子はない。

「痛いの。こんな年寄りに何と無礼な振る舞いじゃ?」

「あんた、私を忘れたとは言わせないよ」

 吉祥は変化を解いて龍の姿に戻った。

「おおっ、お前はあの時の不味そうな蛇か?」

 吉祥は鳳輔にそんなイメージで記憶されているらしい。不味そうだという表現と蛇だと言われたこと、二重の侮辱を受けている。

「あと二、三枚、ひん剥いて、飛べなくしてやろうか?」

 吉祥はうずうずするように怒りに震える指先で鳳輔の尾羽をまさぐろうとした。

「小腹が空いたときに、目の前をひょろひょろ飛ぶから、つい、食いついてしもうたのじゃ」

「あんた、龍をおやつ代わりにしようなんて、良い了見だね」

「照司、礼を言うぞ。こんな性格の悪い蛇を食べてたら、腹をこわしていたところじゃ」

「なんだって?」

 照司は吉祥、山王丸は鳳輔を制して引き離した。鳳輔の梟の姿が揺らめいたかと思うと、錫杖を持った老僧に姿を変えた。鳳輔は思わせぶりな言葉を吐いた。

「あちらへの道を知りたくはないのか?」

 あちらというのは、もちろんこの樹海を抜けたところに存在する聖域アシカタの野を指している。鳳輔は聖域への道を知っているという。鳳輔の言葉をきっかけに、争いが再燃した。鳳輔は吉祥を挑発するように言った。

「ほら、言うてみよ、『この世で並ぶ事なき賢者の鳳輔さま、私に道をお示し下さい』と」

 丁寧に頼めば、この結界から抜ける道を教えてやるという。吉祥はちらりと照司を見た。この子を聖域に送り届けてやらなくてはならない。龍の誇りと責務を比べた。吉祥は自分に向けられたすがりつくように祈る照司の目つきに抗えない。吉祥は歯を食いしばるように言葉を吐いた。

「わたしに、みちを、おしめしください」

「こら、蛇。『この世で並ぶ事なき賢者の鳳輔さま』が抜けておるぞ」

 照司が困ったように声を掛けた。

「鳳輔さん。ケンカはあかん」

「おう、照司。ちょっと、蛇をからこうていただけじゃ」

 もちろん、鳳輔は照司に道を隠すつもりはない。むしろ、照司が旅に出たと伝え聞いて、迷うに違いないと、照司を追ってきた。ようやく見つけた一行に、つい嬉しくなって吉祥をからかったという状況だった。

「あのフクロウ爺。この旅が終わったら、全身の羽をむしって丸裸にしてやるからね」

 吉祥は引き留める香久夜に悔しそうに言った。この旅が終わったらと言う表現は、旅が終わる迄は鳳輔が必要な仲間だと認めていると言うことだ。

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