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蓬莱島の姉弟 ~虐待被害者の姉弟の家族再生の物語~  作者: 塚越広治
第三章 旅の家族
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家族の再会

 そんな香久夜と照司がタロウザの村に着くのに半日を要した。別れていた日数の割には香久夜と照司、山王丸と吉祥の距離は隔てられて居らず、姉弟が方向を見失って、ぐるぐると彷徨っていた様子が伺えた。しかし、意外な距離の近さの割に、香久夜の心の迷いが重くふくれあがる。村の入り口で二人を出迎えた吉祥がいた。香久夜は視線を合わせることが出来ない。吉祥を見捨てて逃げたという後悔の念で、香久夜は吉祥から視線を逸らして、口ごもりつつ言った。

「ごめん、なさい」

「なあに?」

 謝罪の理由を問う吉祥に、香久夜は涙声で続けた。

「私、あなたたちを見捨てて逃げた」

「あら、そぉ?」

 吉祥は意外にも気軽に応じた。深刻な香久夜の言葉の内容より、目の前の香久夜の素直そうな様子に興味が引かれた。そして、心配した手負いの傷も無く二人は自分の目の前に居る。その事実に心が満たされている。ただ、香久夜にしてみれば、こちらが涙まで浮かべて謝罪したのに、平然とした吉祥の態度が気に障った。

「何やの、その態度?」

 香久夜の意図をはかりかねている吉祥に、香久夜は重ねて言った。

「私、真面目にあやまってるんやから、真面目に聞きいな」

 そんな香久夜の言葉に、吉祥は目を覚まさせるように香久夜の頬を平手で叩いた。

「じゃあ言ってあげる。真面目に詫びるなら、今度は私から離れて余計な心配をかけない事ね」

 香久夜が姿を消していたことを、吉祥が心配していたという。香久夜は指先で涙を拭い、頬の痛みに吉祥の心痛を重ねて心に刻んだ。冷静に見るなら、母と娘の会話だが、どちらもそれに気づいては居ない。

 山王丸は二人の無事を確認し、周囲の人々に感謝の印として頭を下げた。その様子は、村人たちには父親が家族を守ってくれた人に感謝を表したように微笑ましく感じられた。山王丸は香久夜に向き直って語りかけた。

「香久夜、お前の太刀をここへ」

「私の太刀?」

 そう言って香久夜が腰の太刀を差し出すと、太刀が山王丸の左手の位置にぷかりと浮いた。右手の位置に小柄があり、その切っ先が太刀の小柄にはめ込まれた聖玉にねじ込まれたかと思うと、その聖玉は束からぽろりと離れた。傍らの吉祥が抱えるように持っていた海王丸を差し出すと、聖玉はきらりと輝いてその束にぴたりと収まった。香久夜は山王丸と出会った日に、山王丸が模造品と称したのを思い出した。いままで香久夜が所持していた刀は、宝玉をのぞけばこの海王丸の模造品だった。

「香久夜、見たか? この聖玉がカヤミ様の意志。この海王丸こそが、お前が持つべき太刀だ」

 香久夜が差し出された太刀を受け取り抜き放ってみると、聖玉がついた束の部分がずしりと重く、いつもの太刀と重心が違う。しかし、その重みがカヤミの記憶や力強い意志や暖かさに変わって香久夜の全身に行き渡ってみると、太刀の海王丸は香久夜の腕の一部のように感じられた。

「気をつけよ。海王丸がしゃべり出すかもしれぬ」

 山王丸は香久夜と初めて出会った時に香久夜が言ったことを繰り返した。そういう山王丸に微笑む表情が見えるようで言葉に暖かさがあった。

「山王丸さんも冗談を言うんやな」

 香久夜はそこで言葉を途切れさせた。理由は山王丸にもよく分かる。聖玉が秘めた力のみならず、カヤミの記憶の一部が、香久夜と彼女と手を繋いだ照司にも伝わっているはずで、今の二人は山王丸の出自を知っていた。

(守るべき者でありながら、守り切れなかった)

 山王丸はそんな後悔の言葉で話を締めくくった。

「香久夜、照司、失望したか? 私は責務を果たせなかった弱い鎧だ」

 聞き入る人々は黙りこくっていたが、照司がポツリと言葉を慎重に選ぶように言った。

「山王丸さん、今まで黙ってて、苦しかったやろ。ひみつ、話してくれて、ボク、嬉しいわ」

「言いたいこと、吐き出しても、ええか?」

 香久夜が軽くぽんぽんと山王丸の胴を叩いた。以前、ここに言葉を吐けといった覚えがある。

「ここ、空っぽやけど、山王丸さんは、私らの大事なお父ちゃんやわ」

 香久夜は山王丸の胸に顔をうずめた。吉祥はその光景にうずうずするように羨ましい。

「お父ちゃんって?」

 時折、香久夜の口から漏れ聞こえる言葉だが、男性に対する敬称のように思える。もう一方の敬称は……。

 吉祥は照司の体を引き寄せて、じっと照司の目を見て要求した。

「照司。私のこと、お母ちゃんって、呼んでごらん」

 その呼び名に、照司は心理的な違和感がなく、素直に言葉を口にした。

「お母ちゃん?」

(かっ、可愛いっ)

 吉祥は照司をにんまり笑って抱きしめた。しばらく照司を抱いていたが、欲が出たらしい、香久夜にもちらりと目をやって、いつかあの子にも、と呟いた。山王丸はやや姿勢を改め、香久夜と照司に向き合った。

「よいか、香久夜、照司。私は約束する。命が尽きるまでお前たちを守護する者となろう」

 香久夜は少し眉をひそめて、山王丸に聞こえないよう不満を呟いた。

「命尽きるまでって? お父ちゃん、死んだらアカンわ」

 カヤミの思いのこもった太刀が加わって、いよいよウナサカの樹海も目前に迫った。このあたりの地形は山王丸に記憶がある。あと二日も歩めば、仲間は山岳地帯を抜け、この世界の地図で言えば裏側の世界、ウナサカの樹海に突入する。山王丸は短槍と同時に、香久夜が今まで身につけていた海王丸の模造刀を腰に下げていた。彼が新しい武器を少し抜いてみたのは、これからいよいよ増してゆく危険に決意を新たにしたのかもしれない。

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