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蓬莱島の姉弟 ~虐待被害者の姉弟の家族再生の物語~  作者: 塚越広治
第三章 旅の家族
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海王丸の輝き

 村人たちは地形に精通し、猟師として獲物の足跡を追うのに熟練しているとはいえ、香久夜たちが地形を知ろうとして木々に登り、木々の隙間を縫って枝から枝へ飛び移っていけば、地面にある足跡は途絶える。川を渡るのに向こう岸に大きく跳ねれば、渡河地点も明らかではなくなる、そして何より、二人が峰々の間で目的地への方向を見失って彷徨っていれば、目的地を手がかり探すことも出来ない。不安に苛まれた二人はそういう行動を繰り返しているに違いない。熟練した猟師が二人の足跡を追うのに苦労するのは当然だろう。

 三日が無為に経過した。山王丸は彫像のように制止したまま。ただ、不思議なことに成り行きを悲観するような雰囲気は無く、その態度が吉祥を苛立たせる。

「二人は」と、吉祥は言葉を詰まらせた。

 香久夜と照司が不安に包まれたままさ迷い歩いているのが不憫でならない。既に数回にわたって自ら龍の姿で空を飛び、二人を捜し求めたが、二人を見つけることは出来ず、無力感にも襲われていた。

 それにしても、山王丸の変わらぬ静けさはどうだろう。ただ、静かにたたずむことが信念であるかのようで、香久夜と照司の所在には触れずに待ち続けていた。この鎧は以前から、あの二人と感情的に距離を置いていた。そんな山王丸の姿が吉祥の苛立ちを刺激した。

「あんたの強さはわかるよ、あの二人を守っているのも分かる。でも、あの二人のこと、心配じゃないの?」

 山王丸は黙して答えず、激高した吉祥の言葉が一線を越えた。

「あんたは鎧そのものね。心には生き物の感情がないの、それとも空っぽなだけ?」

 その後、吉祥が黙りこくったのは、言い過ぎたと気まずくなったのだろうか、しかし、何も出来ないことに耐えられないというように呟いた。

「私の照司と香久夜」

 吉祥の未熟な母性が二人の子どもの所有権を主張した。なすことなく部屋を歩き回る吉祥に、山王丸の兜が彼女の期待を否定するように横に振れた。吉祥は今まで高ぶる感情でかき消していた屋外に聞こえる物音に気付いた。香久夜と照司を探索に出ていた者たちが帰ってきた声が響いているのだが、その声に失望感がこもっていて、今日も二人を見つけることが出来なかったことが伺えた。

 山王丸は意を決したように立ち上がった。

「吉祥よ。私はお前を失望させることになろう」

 首を傾げる吉祥に無言で振り返る山王丸の様子は(ついてこい)と語っているように見えた。吉祥は山王丸の背を追った。


 やや空気が重い。里の者は貧しい生活で充分なもてなしが出来ないことに、訪問者はそのもてなしを受けなくてはならないことに対して。

 山王丸がふと確認することがあると口を開いた。

「ご老人、私の事、ご記憶にありましょうや?」

「おおっ、何か?」

 長老は首をかしげた、この歳になっても口をきく鎧には記憶がない。山王丸は続けた。昔を思い起こす口調である。

「私は、カヤミ様の鎧でありました」

「ほぉ、そういえば」

 兜の天突きの形や胸元に打たれた紋章に、長老は記憶を呼び覚ました。

 山王丸の意思が目覚めたのは、宵の巫女カヤミが率いる一隊のウナサカの脱出行の時だった。数百の衛士と巫女がカヤミの指揮の元、ウナサカに入り、彷徨って、あやかしや瘴気からカヤミを守る人々が数十名にまで減じた、カヤミ様を守り、再び都までお連れするという衛士や巫女の意識が、清められた鎧に乗り移った。

 山王丸の最初の記憶というのは、あやかしに引き裂かれ、毒気に冒されてもがき苦しむ人々という凄惨な記憶だった。その後、カヤミは都に状況を報告する、その一念で生還し、この里の者で救われたが、亡くなり荼毘にふされた。

 山王丸が老人に確認したかったのは、思い出話ではない。カヤミの遺品として鎧の自分と、太刀から外された聖玉は都に送られた。しかし、その太刀はカヤミの遺骨を守るために、共に葬られたはずだった。

「お願いがあり申す」

「何なりと」

「カヤミ様と共に葬られた太刀、海王丸を掘り起こしてはもらえまいか」

 山王丸はそれ以上言わなかった。ただ、やや兜を伏せ、長老達に向けて頭を下げる動作をしたのみだった。長老は山王丸の雰囲気に飲まれ、男たちに指示をした。

 山王丸は吉祥を振り返って言った。

「吉祥よ、失望したか? 私はカヤミ様を守れなかった。臆病者で役立たずの鎧だ」

 そんな山王丸の様子に吉祥は話題を変えた。

「あなたはカヤミ様の墓に行かなくても良いの?」

 長老の指示を受けた村人たちが、鍬や鋤を手にして駆けだしてゆくのを見送りながら吉祥が言い、山王丸が答えた。

「カヤミ様の意志は、いまは香久夜と共にある」

 不思議な言い回しで、吉祥は理解しかねた。しかし、すぐに何より適切な表現だったと分かった。


 太刀が届けられ、村人の注目を浴びた。長らく瘴気に穢れた地に埋まっていたものである。鞘は朽ち果て、刀身は錆び付いているという想像に反する美しさに、里の人々が驚愕していた。

 曇り一つない鞘から滑らかに抜けた刀身が朝日を反射して輝いた。山王丸に懐かしげに太刀の海王丸を眺めてつぶやいた。

「カヤミ様とカヤミ様を支えた者たちの思いが錆び付くものか」

 山王丸はそんな表現で、この太刀が輝きを失うことがないという説明をした。山王丸は言葉を継いだ。

「この太刀ならば、香久夜の太刀につけた聖玉と呼応するだろう」


 りっ・りっ、りっ、りりりっ……


 その太刀の鍔が震え、鳴り、響く。ぐるりと刀身を巡らせてゆくと、響きが大きくなる方向がある。吉祥は山王丸がやや微笑んだかのような雰囲気を感じ取った。事実、山王丸は見失った香久夜と照司の姿と、二人が眺めている光景のイメージを捉えている。

「タロウザ殿、こちらの方向に、やや森が開けた窪地があり、そこに沼がありましょう。その畔に岩屋の祠があり申すな。香久夜と照司はそこに」

 鎧の言葉をタロウザは聞いた。たしかに山王丸の言う地形は存在し、祠も間違いなくある。タロウザは肯いた。二人の顔を知っていて地形も熟知している。迎えに行くのは自分の役割だと考えた。


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